Novel | ナノ


  03 Faustregel


Faustregel

数日後、ストヘス区での女型の巨人と再び交戦した。
あの時とは違うのは、圧倒的な戦力不足。
だけど私は、戦った。
兵長には「くだらない考え」と言われたが、私はその「くだらない考え」を全うするために戦った。
もう自分の失態で誰かが傷つくのは、嫌だった。

女型との交戦後、凄まじい速さで物事が進んで行った。
五年前に私たちの家を奪った超大型巨人の正体。
エレンを再び連れ去った奴らとの戦闘。
もちろんエレンは取り返した。
とにかく信じられないくらい情報量の多くて濃い時間を過ごした。
兵長には「エレンを守るために自分の力を使え」「自分を抑制しろ」と念を押すように言われた。

私はその約束を守れた。
ちゃんと自分を見失うことなく戦うことが出来た。

***

気が付けばもう夜だ。
日付も変わったかわからない。
調査兵団本部に戻り、今回の件について書類を作っていた。
さすがの私でも、身体が重たくて仕方なかった。
早く横になりたい。

「…ミカサ…か?」
「…へ…兵長…ですか?」

書類作りをするため、資料室で使えそうなものを探している最中に突然現れた。
資料室にある小さな椅子に腰を掛けた。
私は、どうして良いかわからず、そのまま書棚の前で立ち尽くす。

「眠れなくてな。…無理して寝るくらいなら、書類の整理をしようと思った…」
「…そうですか…」

確かに机の上には多くの書類が山積みされていた。
やはり、兵長クラスになればこの程度の書類は当たり前なのかもしれない。
自分の受け持った少ない量の書類に手こずっているようでは、まだまだ、なのだろうか。

「そのまま立って書類を作るのか?座ってゆっくり作業したらどうだ」
「は、はい…」

必要な資料を書棚から取り出し座る。
なるべく兵長の遠くに…。
と言っても、机と椅子の数が少なく兵長とは三席分しか離れていない。

「おい。そんなに露骨に避けるな。端と端じゃねぇか」
「…い、や…その、私は散らかします。だからきっと仕事がし難い…はず」
「別に俺はそんなこと気にしねぇよ」
「…そうですか…」
「…ミカサよ…」
「な、なんですか」

三席分離れた兵長はこちらを見ていた。
いつものように鋭い眼光だった。
資料室は蝋燭の炎がゆらゆらと揺れていた。
ため息をついて、ペンを置いた。

「俺のことが、嫌いか」
「…そ…それは…」
「否定はしない、と」
「ちがっ…違います…。でも…」
「エレンをいじめたから嫌い、なんだろ?」
「…」
「当たり、だな。その反応は」
「…」

否定も肯定も出来ない。
実際、エレンをあんな目に合わせたから嫌いだ。
だけど、本当に「嫌い」という訳ではない。
せめて「気にくわない」と言ったら良いのだろうか?
自分が、兵長に今どんな感情を持っているのか、わからない。

「…わかりません…」
「は?」
「嫌いな時もある。けれど、普通の時もある。でも、好きではない…と思う」
「…最後の一言は余計だと思うがな…」
「…ごめん、なさい…」
「まぁ良い」
「…」

とても気まずかった。
どうしたら良いのか余計わからなくなった。
マフラーで口元を覆い隠す。

「俺の足があと数日で完治する」
「それは、良かったです…」
「あぁ、良かった」
「…」
「だからお前はしばらく俺の下で訓練を受けろ」
「…え…?」

突然の言葉に口元を隠していたマフラーを首元に戻した。
どういうことか理解できなかった。

「ミカサ、お前は強い。そんなの誰が見ても分かる」
「…は、はい…」
「だが。まだ甘い」
「甘い…?」
「あぁ。ミカサ。お前に足りないのは何だと思う?」
「…腹筋…」
「…」
「…じょ、冗談です…」
「冗談ならもっと上手く言え」

私は本気で言ったつもりだが、兵長から只ならぬオーラが出ていた。
これは誤魔化さなければ駄目だと、瞬間的に感じた。
兵長は頭を抱え、すこし髪を掻いた。
そして再びこちらへ目線を向ける。

「お前に足りないのは、経験だ」
「…経験…」
「あぁ。こればっかりは多くの戦闘を行う必要がある。が。壁外調査の基本の基本は「逃げる」ことだ。だから、俺が「戦う」ことを教える」
「…は、はい…」
「…もっと強くなりたいんだろう、お前…」
「…」
「嫌なら断れ」

疲れて夢でも見ているのではないかと思った。
手の甲をつねるが痛い。
これは夢ではない。
現実だ。
人類最強と言われた彼の下で経験を積めば、私は…エレンを絶対に守れる。
…それに、この人の足手まといに、ならないかもしれない…。

返事は決まっていた。

***

「そこの木で合図が出るまで待機だ」
「…はい…」

木々がうっそうと生い茂る森。
その森は調査兵団の訓練場でもある広大な敷地だった。
巨大樹の森の木々と比べるほど大きくはないが、それなりに大きい木が並ぶ。
私と兵長は木のてっぺんに近い所で、私は兵長の少し後ろの木で待機していた。

「…」
「…」

彼の下で訓練を受けて三日ほど経つがお互い必要以上の会話は無い。
むしろその方がやりやすい。
私と兵長で会話なんて続かないと思っていたから。

「…ミカサ…」
「…なんですか…」
「後悔はしていないか」
「…後悔、ですか…?」
「あぁ、そうだ」

初めての私語に少し驚いた。
そして唐突な質問にも驚いた。
何へ対しての後悔なのだろうか。わからない。
けれど、後悔すること自身私は少ない。
今までこの選択で良いと思っていた。
…多少、例外を除いて。

「後悔はしない方です…」
「…」
「…?」
「違う。俺の下で訓練を受けることだ」
「…そういうことですか…」
「質問の意味が分からないのなら、聞け」
「はい…」
「…」
「…ですが、私は、後悔…していません…」
「…」

鋭く光る剣を握る。
カチャッっと小さい音が森中に響いた。
そんな気がした。

「このまま、あなたの下で訓練を受けていなかったら…。私は、抑えが効いていない…ままです…きっと…」
「…そうか」
「でも、まだまだです…。私は…あなたの背中を追いかけるので精一杯です…」
「…」

追いかけるのが精一杯だというは本当だった。
この人は誰よりも早く飛ぶ。
速いのが良いと言うわけではないけれど。
兵長の速さと私の速さは違う、気がする。

「…あなたと並ぶには並みならぬ努力が必要…そんな気がします…」
「お前はお前なりに頑張っているだろうが」
「…え…」
「その剣。毎日調整しているんだろう?トリガーを握る音が他の兵士の物より軽く聞こえる」
「…はい…」
「それと、朝食前にいつも走っているだろ?」
「…は、はい…」
「あと―――」
「あの!…もう良いです…。…その、恥ずかしいので…」

確かにトリガーや立体機動装置は時間があるときは毎日手入れをしている。
朝食前にも走っている。
けれど、見られているとは思っていなかった。
あまりの恥ずかしさにマフラーで口元を隠す。

「…だが、その努力はいずれ実を結ぶ…」
「…えっ…」
「きっとな」

兵長はこちらを向いた。
その時、タイミング良く光が射した。
表情は逆光になって見えない。けれど、穏やかな顔をしている気がした。
そして合図の煙弾が放たれた。
「行くぞ」という声に「はい」と返事をし、木から飛び降りた。
風を切って進む。
少し風は冷たいけれど、それがとても心地良かった。

***

「ミカサの奴、最近、リヴァイ兵長と一緒に訓練してるようだけど、何かあったのか?」
「…たしかにそうだね。ここ最近はよく一緒に訓練しているね」
「それに、一緒にご飯も食べてないな」
「…うん」

食堂はいつもながら混んでいた。
そして今日もミカサと一緒にご飯を食べていない。
ミカサがリヴァイ兵長と一緒に訓練をするようになってから、一度も食べていない。
ほぼ毎日のように食べていたから、突然ミカサが一緒にご飯を食べなくなるということは不自然だった。
さすがのエレンでも変に感じたのだろう。

「…もしかしたら、このまま俺ら、別々の道…行くのかな…」
「えっ?」
「だってよ、あんなに毎日のように飯食ったりしたのにさ。急に居なくなるから…なんか、違和感あるなぁって」
「確かに違和感はあるね。でも、ミカサはミカサなりの考えがあるんだよ。きっと」
「…そうか?」
「うん。一緒にご飯を食べなくなったからと言って、家族のような仲は解消されちゃうの?」
「それは、違う」
「そうでしょ?だったら大丈夫だよ。あまり深く気にするのも良くないと思うよ」
「あぁ、そうだな」

ミカサはエレンに依存していた。
きっと僕じゃなくても、誰から見ても分かることだと思う。
けれど、リヴァイ兵長との訓練で多少はエレンへの依存は解消されたのかな。
喜ばしいことだけど、少し悲しくもあった。
ふと視線を変えると、ミカサがリヴァイ兵長とご飯を食べていた。
ミカサは表情を変えずに食べているように見えた。けれど、よく見たら少し笑っていた気がする。

何か見てはいけないものを見てしまった気がした。
思わず視線をエレンの方へ戻す。

***

「ちゃんと食え」
「…食べてます」
「全然減っていないぞ」
「それはあなたにも言えることだと思います」
「…うるせぇな」

いつもの味の薄いスープを啜る。
向かいに座るその人はあまり食べない。
小食なのだろうか。
エレンは好き嫌いせずに頑張って食べているのに。
もうお腹一杯なのかスプーンを置いている。

「残さず食べてください…」
「…俺はもういい。そんなに食べたいのなら食ってもいいぞ」
「食べてください」
「いいと言っているだろうが」
「作って残される気持ちを考えてください」
「…」
「…」

じっと睨みつける。
諦めたのか、ため息をついて残ったスープを飲んだ。
私は少し満足した。

「…戻る…。明日は平地訓練だからな。馬の体調はしっかり管理しておけよ」
「はい」

そう言って兵長は席を立った。
兵長が居なくなったところからエレンとアルミンが見えた。
まだ残っている食器と、食べ終わった食器を持って二人の所へ向かった。
二人は驚いた顔をしていたけれど、それもすぐ治まって笑顔になった。
…私は、二人が笑っているのがとても幸せ、だ。

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