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  03 決意


2人の御手杵は帰って来た。
どちらもあまり晴れた表情はしていない。
あまり良い話し合いでは無かったことは察した。

「おかえりなさい、2人とも」
「主、早速で悪いが任務は終了したので本丸に帰る」
「え?もう帰っちゃうの?」
「任務は達成されたからな」
「そっか。……あ…」
「どうかしたのか?」
「あーっと、その…。未来の御手杵は今日のブレスレット大事に持ってるのかなって」
「……持っているさ」
「本当?そっか、良かったぁ」
「…御手杵、帰還する」
「いってらっしゃい。未来でもよろしくね、御手杵!」
「……あ、あぁ。よろしく頼む」

そう言って御手杵は本来戻るべき本丸に転送された。
私は消えていった御手杵の影と、大空を眺めた。
とても今日は良い天気だ。

「なーんか、納得してなさそうな顔してるわね」
「そりゃそうだろ」
「そんなに未来の自分が嫌なの?」
「嫌ってわけでもないが、なんか冷たいなぁって思っただけ」
「御手杵も案外任務中はそんな感じじゃない?」
「そうか?」

御手杵はへらっと笑った。
凜とした御手杵も好きだが、笑っている御手杵の方が私は好きだ。
さぁ、帰ろう。結局こんのすけには武装解除の連絡はしなかったが、これで良い。
もう帰るのだからーーー。

「!?」
「う、嘘ッ!?」

上空を見上げると時空の歪みがあった。これは時間遡行軍が現れる時に起きる現象。
さっき倒したのが最後じゃなかったのか?この状況は夢ではないのか?色々と頭の中で焦りや考えが巡り巡って崩壊しそうだった。
この状況で本丸に帰還すれば、帰還の際に出る本丸の磁場を逆探知し奴らが本丸に襲撃してくることもあり得なくは無い。
なので帰還することも応援を呼ぶことも出来ない。
所謂積んだ状況だ。

「せめて未来の御手杵に私たちの帰還を見守ってもらうべきだった!」
「考えても仕方ない。これはやるしか無いだろう」
「えぇ!今、こんのすけには早急に武装解除するように頼むわ!」
「頼んだ!俺は、その場しのぎだがこれで戦う」

時間遡行軍の量に限らず、時空の歪みが消えるまでには時間がかかる。
この隙にこんのすけに「要武装解除」「要応援」とこれまでの一部始終を伝える。
こんのすけ曰く3分ほど時間が必要になるとの事。
短いようで長い3分が始まった。

「もう来たな」
「早すぎる!」
「…3体か。意外と少ないな。どうにかこいつで持たせられると良いんだが」

短刀と打刀、大太刀の3体だった。
御手杵は器用に真っ二つになった鉄の棒を短刀の頭に刺し動きを止めた。
そのまま大太刀に向かって行き、長い足で蹴って突き飛ばした。
だが、その隙に打刀に背後を取られてしまった。

「後ろ!」
「なっ…!この間合いじゃあ…ッ!」
「御手杵!」
「主、逃げろ!」
「―ッ!こんのすけ!まだなの!?ねぇ!!?」

御手杵から流れ出る血に審神者としての無力さしか感じられなかった。
息も絶え絶えな状態の御手杵を見てよぎったのは「死」の文字。
このままでは御手杵が死んでしまう。
死なせたくない。守らないと。
だけど、こんな無力な人間に何が出来る?
これは罰が当たったのか?刀剣男士を愛してしまった審神者への一番残酷な罰だ。

御手杵自身は自分の最期をわかっていた。

私が確信したのは彼が修行先から送ってきた手紙だ。
彼は修行先で知ったのか、それとも最初から知っていたが黙っていただけなのか。
それは本人にしかわからない。
私はあの手紙が届くまでは、毎年訪れる彼の最期の日が訪れるたびにどこか彼に負い目を感じていた。
彼が失ったのは人間の正義と正義がぶつかり合った結果が招いた悪夢のような結果だった。
彼は人間に作り出されて、人間に存在を消された。
天下三名槍で唯一現存しない槍。
そんな彼が自分の最期を知っても尚、私たちに手を貸してくれている。
一歩間違えば時間遡行軍になってもおかしくない。
でも、彼は、元の主の為に天下一の槍になりたいと帰って来た。
今の彼の主として、それに私は応えなければならない。
形がある以上いつかは最期が来る。でも、私が主である以上、刀剣男士は誰ひとりとして死なせない。
この2つが今の私の出来る事だ。

「御手杵」
「なんだ?」
「一か八か。やってみようと思う」
「え?!大丈夫なのか!?」
「大丈夫決まってるじゃない。だって未来には御手杵がいた。私は失敗しないで生き残るから」
「あぁ!そうだな!頼んだぞ、主!」
「任せて!」

未来の私はどうやってこの鎖のような刀剣男士の制限を解いたのだろう。
馬鹿な私には考えても、わからない。
でも、私はやったんだ。
考えても始まらない。やらなきゃ始まらない。
御手杵の左手をこれでもかというくらい握りしめた。彼も応えるように力一杯握りしめる。
彼の体温がじんわり伝わる。この暖かさを消したくない。守りたい。

「審神者権限により、御手杵の一時的武装を許諾する!」

だが、何も変わらない。
失敗した?そんな。でも、失敗は失敗だ。
時間遡行軍は私たちに確実に狙いを定めた。
あぁ、もうダメだ。

「針の頭を穿つが如く…!」

御手杵の殺気立った声に顔を上げる。
深緑の戦装束、元の主の兜をあしらった防具、そして彼の身長を優に超える大槍。
一瞬何が起きたのか理解出来なかった。
背後を取られた打刀が消滅したのは現実だ。

「主、大丈夫か?」
「ありがとう。大丈夫!御手杵こそ大丈夫?」
「大丈夫だ!さっそく来たな!」
「頼んだよ、御手杵!」
「了解!」

御手杵は水を得た魚のように生き生きとしていた。
躊躇無く足止めした短刀を串刺しにした。そして、残すは大太刀。
だが、時間遡行軍の大太刀も「負けるものか」と言わんばかりに御手杵に狙いを定め重たい一撃を喰らわせた。
一瞬怯むが、彼も負けてはいられなかった。

「くッ…!くそ!こんな所で負けてられっか!未来の俺の言いつけは守らねぇとなァ!」
「行け!御手杵―!」
「三名槍なめんなァ!串刺しにしてやるッ!」

光を帯びた槍が一瞬のうちに大太刀を串刺しにした。
そのまま大太刀は灰のように消えていった。
それを見届けると全身の力が抜けた。

「勝った…」
「あぁ!」
「勝った!良かった、御手杵、生きてる…!」
「主、ありがとうな」
「ううん!私は仕事をしたまでだから」
「主様、ご無事ですか!?」
「こんのすけ、無事よ!」
「たった今、武装解除の準備が出来たのですが…これは…?」
「理由はわからないけど気合いで乗り切った。火事場の馬鹿力かな?」
「そうですか…。でも無事で何よりでした!この後の処理は時の政府に任せますので、早速帰りましょう!」
「えぇ」
「おう」

私たちの足下は光に包まれる。
それから数秒もしないうちに本丸に着いていた。
あぁ、生きて帰ってきた。
みんなが不安そうに近寄ってきた。
特に初期刀の山姥切と初鍛刀の前田くんが心配そうにしているように見えた。

「おかえり。せっかくの休みだったのに、災難だったな。怪我はないか?」
「主君、お怪我はありませんか?」
「みんな、ごめんね。不安にさせてしまって。でも大丈夫。御手杵が守ってくれたから。ね?」
「お、おう」

私の言葉に本丸のみんなは安堵していた。
御手杵は誇らしそうに笑うが、どこか照れているようにも見えた。
疲れたこともあり、みんなに甘えることにし今日は早めに休むことにした。
私の部屋まで御手杵が送ってくれた。

「今日は散々な思いをさせてしまって、ごめんね」
「そんなこと無いぞ。楽しかった」
「良かった。…ねぇ、御手杵」
「なんだ?」
「御手杵って、本当に優しいよね」
「…」
「そんな不審な顔しないでよ。でも、未来でも御手杵と一緒に仕事できると思って安心した」
「あぁ、俺も。良かった」
「ふふっ。でも、今日の事は忘れないと。仕事だから」
「そうだな」
「御手杵も今日は早く休んでね。おやすみなさい」
「わかってる。おやすみ」

主は、静かに襖を閉めた。
今日は本当に散々な思いをしたのは確かだ。
でも、楽しかったのは本当だ。

「……今日の事は忘れても、この事は忘れないからな」

俺は左手に付けた黒紐のブレスレットを見て誰にも聞こえないくらい小さい声で呟いた。
なぁ「未来の俺」。
この気持ちはなんなんだ?俺はこれの正体を知っているのか?
いや、あの「未来の俺」は知らないだろうな。
良いんだ。これからこの気持ちに向き合って行けばいいんだから。

ふと空を見上げる。
今日の月はとても綺麗だった。

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