Novel | ナノ


  02 慈愛に満ちた幸福


亀甲と2度目の通信が来た。
だが、声はノイズが入ったようにガサガサとしていた。
これもタイムリミットが迫っている影響なのだろうか。
いつ通信が切れる状況かわからない。
だから必要最低限の情報を交換することにした。

「ありがとう亀甲。切るわね」
『は、い……ご主…人、様…』
「…」
『ど…う、か…し……の?』
「いいえ。必ず貴方を助けるわ。今すぐそちらに部隊を向かわせるわ」
『あ……がと…う…』
「えぇ。待っていてね」
『…わ…かっ……』

半分強制的に切れた通信。
きっとこれが最後の通信になったのかもしれない。
思い残すことは…。
いや、何を考えているんだ。必ず彼は帰ってくる。
目の前にいる物吉達に不安を与えてはダメだ。
スッと身体中の毒を抜くように息を吐き、指示を出す。

「亀甲から連絡が来たわ。彼がいるのは2185年5月29日。残念だけど場所までは特定出来なかったみたい。だけどここまで正確な日時がわかればどうにかなりそう、物吉?」
「大丈夫です!あと半日あれば探し出せます!」
「頼もしいわ。でも、ごめんなさい。こんな行き先の情報が少ないのに亀甲を探しに行かせてしまって…」
「必ず、必ずボクが兄弟を連れ戻します!安心して待っていてください!だから主様、笑ってください!」
「…ふふっ。ありがとう物吉。そうね、彼を迎える時はとびっきりの笑顔でお迎えしないとならないからね」
「そうですよ!」
「……物吉貞宗。貴方を隊長に命じます。5振りで協力し合い亀甲貞宗の遠征先から帰還を援助する特別任務を言い渡します」
「はい!」

彼らの背中を見送る。
2185年5月29日。
今から20年前。
彼を遠征に向かわせた時代とはかけ離れている。むしろ今現在の方が近いくらいだ。
何故こんなエラーとも言える現象が起きたのかは、解明出来ていない。
ただ、今は彼にどんな手段でも帰って来て欲しいと願っている。

「……亀甲…。早く、早く帰って来て。辛い…。辛いよ…」

誰も居なくなった部屋で1人泣いていた。
居なくなってわかった、彼の存在。
本丸の誰よりも変態だけど、いつも笑顔で、いつも一生懸命で、本丸の一員として馴染んできた彼が居なくなった本丸はいつもより静かだ。
こんなにも彼の存在が大きいとは思っていなかった。心に空いた穴はあまりにも大きい。
認めたくはないが、この感情はきっと仲間としての喪失感とは違う気がする。
私は彼が好きなのかもしれない。
自分の知らない、わかっていない所で彼に惹かれていたのかもしれない。
亀甲は、彼は今、20年前の何処かも知らない場所で辛くないのだろうか。
そこで出会った老人と孫はどんな人達なのだろう。
彼等は悪い人達ではないだろうか。
彼を想うと涙がボロボロ零れてしまって仕方が無い。

「泣いているのか?」
「!?」

急に声を掛けられて全く反応が出来なかった。
静かに三日月は立っていた。
振り返り様に咄嗟に涙を拭った。
私の表情を見ながら彼は微笑み、そして話を続けた。

「驚かせてすまないな。今し方、物吉達が部屋を出て行ったのを見かけて、つい」
「そ、そう」
「それで、亀甲貞宗は見つかったのか?」
「えぇ、20年前の何処かに飛ばされたみたい。場所は検討が付かないこともあって同じ刀派の物吉に行ってもらったわ。本当だったら太鼓鐘貞宗もいれば良いんだろうけど、如何せんまだ…」
「あははっ。そうか、それは良かった。早く帰って来ると良いな」
「そうね。きっと物吉達ならやってくれるはずよ。きっと」
「…」
「…ど、どうかしたの、三日月」
「こう見えて亀甲とは意外と仲が良いんだ。やつの事はよく知っていると思っているつもりだ。だが、ここ最近の亀甲の様子が変だなと思ったんだが…。そういう事だったのか」
「そういう事ってどういう事?」
「そういう事だ。さて、俺も出来る範囲の事をしよう。そうだな…平野と一緒に茶菓子でも用意するとしよう。邪魔をしてしまったな」

どういう意味なのか聞いても、はぐらかされたしまった。
悠長に笑いながら彼は私の部屋から出て行った。
どうも三日月と話すと調子が狂う。
でも、そのマイペースさに救われる部分もある。
もう泣いてなんかいられない。
物吉に言われたじゃないか。
笑ってと。
とびっきりの笑顔で迎えなければ。
両頬を気合いを入れるようにバシッと叩く。
真っ直ぐ前を見つめ、彼を迎える準備を始めた。

***

ぼくが知った情報をご主人様に共有し、助けが来ることになった。
きっとすぐ来るはずだ。希望はまだ捨てていない。
お手洗いから出ると、廊下からバタバタと大きな音が向かってくる。

「お兄ちゃん!」
「どうかしたのか?」
「遊ぼう!」
「いいよ。何して遊びたいんだい?」
「お外は雨が降っててダメだからー。うーんと、じゃあ、おままごとが良い!」
「ふふっ。いいよ。じゃあやろうか」

少女は瞳を宝石のように輝かせて笑った。
急いでと言わんばかりにぼくの袖を引っ張りながら部屋に招き入れる。
部屋の隅にあった大きな玩具箱からおもちゃの野菜や包丁を出し器用に並べる。

「じゃあ、お兄ちゃんは私の旦那さんね!」
「いいよ」
「えっと、お兄ちゃん…じゃない!あなた、今日のご飯は何が良い?」
「そうだね。じゃあカレーが良いかな」
「カレーね!わかったわ!今作るから待っててね!」
「はい」

おもちゃのニンジン、ジャガイモ、肉を包丁で刻んで鍋に入れる。
子供とはいえ手際よく作っているように見える。
きっと将来は良いお嫁さんになるんだろうなと思いながら少女を見ていた。
いつかご主人様も誰かのお嫁さんに行ってしまうのだろうか。
「あれ…?」なぜか胸の奥が痛くなり思わず胸に手を当てた。
少女は一段落ついたのか、手を止めた。
ぼくは咄嗟に胸に当てた手を離す。

「…ねぇ。お兄ちゃん」
「なんだい?」
「お兄ちゃんは本当に王子様じゃないの?」
「え…。うん。違うよ」
「じゃあ、お兄ちゃんは、えーっと。ひつじ…?……えっと…しつ、執事さん?」
「ちょっと違うかな?でも、ぼくはご主人様に仕えている身だから…。大まかに言えばそうなのかな?」
「そうなんだね!お兄ちゃんのご主人様はどんな人なの?」
「え?ご主人様はそうだね…。とても優しくて強い人だね。ぼくを含めてみんなを本当に大事にしてくれている人だよ。ぼくももう少し力になりたいんだけど…」
「………」
「どうかしたの?」
「う、ううん!なんでもない!」
「そっか」
「…お兄ちゃんのご主人様は幸せ者だよ、絶対!」
「どうして?」
「だってお兄ちゃんに大事に想われてるもん」
「ふふっ。そうだと、嬉しいなぁ…」
「自信ないの?」
「いや…。そういう訳ではないけれど本当に幸せなのか聞いたことなんてないから…」
「じゃあご主人様に会ったら聞いてみなよ!絶対に幸せって言うと思うよ!」
「ふふふっ。今度会ったときに聞いてみるよ。ありがとう」
「えへへへ」
「とても良い晩ご飯の香りがしますね」
「あっ!おじいちゃん!」
「実は私もカレーを作っていたんだ。せっかくだから召し上がりませんか?」
「ふふっ。ではありがたく頂こう?」
「うん!食べる!」
「それでは、後片付けをしてから居間に集合ということで」

少女とぼくは急いでおもちゃを片付けた。
片付け終え元気に走り回る少女の後をつける。
ぼくの目の前には暖かい家庭のにおいが充満していた。
兄弟はこのにおいを「幸福の香り」だと称していた。
人の身体を得て色々不便に思ったことは何度かあったけれど、食事をしている時は幸福感に満ち足りた。
でも、この幸福感はいつものように本丸にいる時と違う。
それでも、楽しそうに食事をする2人を見ていると少しだけ穴が埋まった気がした。
「早く、ご主人様に会いたいな」
ご主人様の顔を思い浮かべると幸せな気持ちと悲しい気持ちが入り乱れる。
1分でも1秒でも早く帰りたい。
だけどご主人様からの迎えはまだ来ない。

少女は食事を終えると眠りについた。
この時にはもう20時半を超えていた。
内心焦り始めたが、焦ったところでこの状況が変わるわけではない。
“奴ら”が襲来した際には迎え討つつもりだ。
だが、そんなことはないと祈っている。きっと迎えはもうそろそろ来るはずだ。

「洗った食器、こちらで良いですか?」
「良いよ。ありがとう。さて、食後のコーヒーを淹れるよ。孫を寝かしつけた後の至福の一杯さ」
「頂きます」
「本当に今日はありがとう。孫があんなに楽しそうにしているのは久しぶりに見たよ」
「いいえ、こちらこそこんな遅くまでお邪魔してしまっているので…」
「構わないさ。君ならまだずっと居てくれても構わないくらいさ」
「そんな…。……それにしても良い香りですね」
「私が気に入っているコーヒーなんだ。とても良い香りもするが味も保証しますよ」
「ふふっ」
「…孫が寝た後にコーヒーを飲むひとときが私は好きなんですよ。『あぁ、今日も楽しかった』そう思いながら飲むコーヒーは最高なんですよ」
「素敵なことですね」

ぼくがそう言うと彼は静かに笑った。
彼の慈愛に満ちた瞳に荒んだ心が癒やされる。
だが彼の慈愛にも疑問に思うことがあった。
なぜ見ず知らずの空から落ちてきた男を介抱したのだろう。
少しだけ聞くのは戸惑ったけれど、聞いてみたかった。

「貴方は何故ぼくを助けようと思ったんですか?見ず知らずの男を4日間も介抱するなんて変わっています。刀を持ち歩いているし、ぼくが本当が悪い男だったらどうするつもりだったんですか?」
「…何故と聞かれるとわかりません。貴方の言うとおり、こんな時代に刀を持ち歩く人は居ないですし、そんな人が危ない方とも限らなかった」
「ぼくが危険な可能性もあるとわかっていて介抱したんですか?」
「えぇ。そうなりますね。…ただ、貴方を見たとき、貴方を必ず助けなければならないと直感しました」
「…」
「孫が泣きながら駆け寄って来た時は何事かと思いましたよ…。庭に向かうと貴方が木に引っかかっていたんです。孫は貴方が真っ白なスーツにマントを羽織る姿をまるで王子様と話していましたが、私には神様に見えたんですよ」
「…神様……ですか…」
「えぇ。まったくこんな老人が夢みたいなことを話して変でしょう」
「いえ、そんなことないですよ」
「あくまでも神様に見えたというのは例え話ですよ。でも、本当に貴方は―――」

全身に電流が走る。
ゾクゾクッとする感覚に思わず、快感を得そうになってしまう。
だが、そんなの幻想だ。この異様なまでの殺気と気配。
検非違使だ。
満を持して来てしまった。

「…今すぐ、お孫さんが寝ている部屋に逃げて下さい!」
「え?」
「早く!時間が無いんだ!出来るだけ物音をたてないで!」

無言で頷きご老人は少女を探しに部屋を出る。
“奴ら”の相手をしなくてはならない。
いつの間にか96時間経っていたようで、最悪な事にお迎えも無いまま戦闘となるなんて。
気付かれないよう音を立てずに刀を抜く。
「刀を抜けば、ご主人様は心配するかな」
自傷するように笑いながら刀を抜く。
ズシズシッっと床が軋む音が近くなる。
その音が消えた瞬間、蒼い2つの残影がこちらに突撃してくる。
それをするりとかわし、室内を荒らさないように気を配りながら斬る。
大太刀と槍はぼくの攻撃に呆気なく倒される。
室内戦という事もあって相手は弱体化している。
外に出ても夜戦で、こちらに分がある。

「あと4体はどこだろう」

奴らの足音を聞こうと耳を凝らすが聞こえるのは、しとしと降る雨音のみ。
検非違使達の足音はここからでは全く聞こえない。
まさか、別の場所に移動したのだろうか。
ここで全員と迎え討つつもりだったけれど、移動してしまった方が良いのかもしれない。
いや、一度彼らの安否確認を優先しなければ。
お孫さんの部屋を目指して、見つからないように進む。
ギシギシと軋む床音に対して無音な室内。異様な程静かだ。
強いて言えば聞こえるのは、静かに降る五月雨のみ。
するとぼくの足音とは別の音が聞こえる。思わず足を止める。

ギシッギシッキシッキシ…ッ

床の軋みが不気味に響く。
止まった足音の方へ恐る恐る振り返りながら、刀を握る手に力が入る。

「え?」

そこには半べその少女が立っていた。

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