Novel | ナノ


  01 泡沫に消える出会い


亀甲貞宗が遠征から帰ってこない。
こんのすけに話をしたが、良い返事は帰ってこなかった。

「こんのすけ、亀甲貞宗はどの時代に取り残されたかまだ分からないの?」
「只今探していますが、反応が弱いです」
「反応が弱いって…。まさか!?」
「いえ、亀甲貞宗と刀本体が近くに居ない可能性があり反応が弱いだけだと思われます。追って調査は致しますのでご安心下さい」
「…わかった。頼んだよ。タイムリミットが迫っているからね…」
「彼が刀に触れた時すぐに通信出来るように手配はしておきます。念のためご準備を」
「了解」

彼は比較的最近本丸にやって来た刀剣男士だが、遠征に出したのは初めてではない。
だが、1人で遠征に行かせた初めてだ。
時間もそれほど掛からない「鳥羽・伏見の戦い」。
彼は何度も予行演習として行った遠征先だ。
だが、今回の遠征先もしくは帰還中に何かしら彼の身に起きた。
考えられるのは帰還中に起きた転送エラー。
原因がわからない以上、こちらも対応のしようが無い。
そのため、今私が出来る事は亀甲からの連絡を待つ事だけだった。
私が不安になっていては、周りの刀剣男士達も不安にさせてしまう。
気持ちを押し殺し、ゆっくりと息を吐き、亀甲が刀に触れる時をひたすら待った。

***

「……ん…」

目を覚ますと見知らぬ天井がそこにあった。
頭がボーっとして思考が鈍っているが、辺りを見渡す。
辺りが霞んで見えるのは眼鏡が無いことだと気づき、手探りで眼鏡を探す。
布団の傍にあった眼鏡を掛け、再度辺りを見渡すと布団の左側に何か蹲っている。
毛布を被った塊に恐る恐る手を伸ばし、毛布を捲る。
人間の女の子供がそこに眠っていた。
少女は毛布を捲ったのにも関わらず眠り続けている。
どうやらこの子供は敵ではなさそうだ。
はっと我に返ったように思わず首元を触る。
第一釦は外れていたが、どうやら“ぼくの秘密”は見えていない。

「…刀は、どこだろう…?」

きょろきょろと辺りを探すも刀が見当たらない。
一体どこに置いて来たのだろうか。
いや、そもそも今、ぼくは何処にいるのだろう。
すぅすぅと寝息を立てている少女を起こさぬよう、こっそり部屋から出て行く。
音を立てずに辺りを探る。どうやら今は本丸よりは小さいが、それなりに広い屋敷にいる。
ふと縁側から外を見ると、しとしとと静かに雨が降っている。
雨と土が濡れる独特のにおいが鼻を掠めた。
先程の少女もそうだが敵の気配は無い。
見知らぬ場所で、商売道具でもある刀が無いのは致命的だ。

「目を覚まされましたか」
「!?」
「す、すみません。驚かすつもりじゃ…」

気付かぬ間に老人に背後を取られていた。
思わず刀を抜く所作をするが、刀はない。

「…刀ですか?」
「あ、あぁ。あの刀は、大切なものなんだ。だから今は手放すことが出来ないんだよ。返して頂くことは出来ますか?」
「それは全然構いませんが…」
「それは良かった。それで一体何処に置いてあるんだい?」
「こちらになります。…孫が勝手に触って怪我をすると困るので鍵の掛かる部屋に置いていました」

老人の後を追うと鍵の掛かった部屋に案内された。
部屋には刀もあり、防具や外套も掛けられていた。
思わず小走り気味になる。
刀に触れると、身体中に稲妻が走ったような感覚に陥った。
それと同時に頭の中で声がした。
『聞こえる、亀甲?』
雑音が入っているがそれは紛れもなくご主人様の声だった。
今すぐにでも返事をしたくて堪らない。
『聞こえているなら返事をして。……返事を出来ない状況なら、一度刀を置いて。また刀を触れる状況になったら貴方から連絡して』
心の中で「今は返事出来ないよ」と返事をし、ゆっくりと刀を元の場所に置いた。

「……本当にその刀を大事にされているんですね」
「はい。これはぼくの身体の一部みたいに大切な物だから…」
「そうですか。お身体の方は大丈夫ですか?」
「全く問題ないよ。心配かけてしまったね。何かお礼が出来れば良いんだけど…」
「あぁ、そんな気にしないで下さい。大したことはしてませんので」
「ありがとうございます。…そうだ、悪いけれどお手洗いを使わせて頂けないかい?」
「構わないですよ。この部屋を出て突き当りを左に行くと見えてきますよ」
「じゃあ、失礼させていただきます」

置いた刀を握りしめ、ご老人に言われた通りお手洗いに向かう。
綺麗に清掃された個室に籠もりすぐさま鍵を掛け、刀を握りながら祈るような気持ちでご主人様に連絡を入れる。

「…ご主人様、聞こえる?」
『…聞こえるわ。そっちは大丈夫そう?時間遡行軍に会ったりしてない?』
「大丈夫だよ。今のところはね」
『それは良かったわ』
「今から帰りたいけど、戻る手筈は整っているかい?」
『亀甲、落ち着いて聞いて欲しい』
「……」
『貴方と連絡が取れなくなってから今日で3日と18時間になる。あと6時間しか貴方はその時代に滞在することは許されない。その意味、わかるよね?』

96時間。つまり4日間が、刀剣男士であるぼく達が本丸を離れて行動できる期限時間だ。
それ以上の滞在は検非違使に襲われる可能性が高くなる。
あと半日以内にこの時代から戻らなければならない。

「…あぁ。充分理解しているよ」
『ただ、今現在、貴方の取り残された時代が私の方で何処か見当が付いていないの。だから、帰城の手筈が整っていない』
「…そうなんだね……」
『でも、貴方を必ず迎えに行くわ。だから今は辛抱して欲しい。それに貴方の方でも取り残された時代がいつかわかったら教えて欲しい。ただし、人には見つからないようにして』
「……ご主人様、現在進行形でぼくはご老人に介抱されていたのだけどそれは大丈夫かい?」
『え?』
「どこか広い屋敷みたいな所に居たみたいでね…。その家主と思われるご老人…あとお孫さんにも顔を見られているよ。恐らくぼくが目を覚ますまで面倒を見てくれていたと思うんだ…」
『そんな…。今すぐその家から出て…いや、それは迂闊なのか…』
『…少々厄介ですが、そのご老人宅にお世話になるのはどうでしょうか』
「そ、そんなこと政府が推奨しても大丈夫なのかい?」
『今回は特例です。ですが、1つだけ守って欲しいことがあります』
「なんだい?」
『亀甲貞宗、貴方は刀剣男士としてではなく一般人男性として彼等と過ごしてください。そして、出来る限り歴史改変に関わるような行動は起こさないで下さい』
「それは弁えているよ。それにしても一般人、ね。佩刀する一般人なんてそう居ないとは思うけれど、ぼくも早く帰りたいから頑張るよ」
『亀甲、頼んだよ』
「了解」

ブツッとご主人様の声が途絶えた。
人の家にお世話になるんだ、暦がわかるものは必ずあるはずだ。きっと早く帰れる。
その時はまだそう、思っていた。
刀を佩刀し、息を整え、お手洗いから出て先程のご老人を探す。
落ち着いて辺りを見渡すと随分と広い庭だ。
気を抜いていると遠くから甲高い声が聞こえる。

「あっ!お兄ちゃん!」

声を掛けて来たのは、ぼくが寝ていた部屋に居た少女と思われる。
無垢に笑うその顔にこちらも微笑み返す。
少女の目線に合わせて屈むと、さらに少女は弾けるような笑顔になった。

「お手洗い行ってたの?」
「あぁ、そうだよ。貸してくれてありがとう」
「いいえ!」
「えっと、その…」
「どうかしたの?」
「今日は―――」

ぐぅうううぅうぅ
と地鳴りのような音に近いくらい大きな音が鳴った。
不覚だ。思わず手で顔を覆ってしまった。
少女にも当然丸聞こえで、彼女は目を輝かせた。

「お兄ちゃん、お腹減ってたんだね!今からちょうどおやつの時間だったの!一緒に食べよ!」
「え、あ、でも…」
「気にしなくて良いよ!おじーーちゃーーーん!」
「あっ、そ、そんな引っ張らないでも行くよ」

裾を引っ張られながら半ば強引に少女の後を追う。
台所には老人がおやつの準備をしているようだった。
彼はこちらに気付いたのか控えめに微笑み会釈をしてきた。

「おじいちゃん。お兄ちゃん、すごいお腹減ってるみたいなの。一緒に食べちゃダメ?」
「それは構わないけれど、お兄さんにも都合があるだろうに…。ちゃんと許可は得たのかい?」
「あっ…。まだ…」
「それじゃあ駄目だ」
「お、お兄ちゃん、ごめんなさい」
「そんなに謝らないでよ。ぼくも待ち人が居るのだけど、来るのかわからなくて困っていたし…。むしろ、ご馳走になってしまっても構わないのかい?」
「えぇ構いませんよ。こちらこそ口に合うかわかりませんが、召し上がって下さい」

目の前に差し出されたのはアップルパイだったようだ。
実際に食べたことはないが、兄弟からどういうものかは聞いたことがあって知っている。
少女は幸せそうに頬張っていた。その顔を見て強張っていた身体中の緊張が解れる。
アップルパイに手を伸ばし、ぼくも頬張った。
甘く上品な林檎の香りと味が口から身体全体に抜けてゆく。
美味しくて思わず頬が緩む。その顔を少女は見ていたようで、目を光らせていた。

「お兄ちゃんって王子様なの?」
「え?」
「真っ白なスーツに、おやつ食べてる姿もお上品だったし、それにイケメンさん!」
「いや、そんなことはないよ」
「あと、お空から降って来たし!」
「え?」
「お兄ちゃん覚えてないの?家の木に引っかかってたんだよ?」

とても不思議そうな顔をしながらこちらを覗く。
あまりに居心地が良くて本来の目的を忘れかけていた。
彼らには申し訳ない気持ちはあるが、カマを掛けるように話を持って行く。

「…全く覚えていないんだ。そうか…空からぼくは来たのか…」
「大丈夫ですか?まだ身体が痛みますか?部屋でゆっくり休んで構わないですよ」
「あぁ。大丈夫です。ありがとうございます」
「お兄ちゃん…」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「…うん……」
「そういえば…ぼくは此処に来てどれくらい時間が経ったんだい?」
「えーっと、4日だっけ?」
「今日は29日で、貴方が此処に来たのは26日だったので、正確に言えば3日半です。21時頃には4日目になりますが…」
「そんなに詳しく…。ありがとうございます」

ほらっと少女がテーブルの近くにあった新聞を差し出す。
日付は確かに“2185年5月29日”と記載されていた。
ここまで正確な日時までわかれば本丸に帰れるはずだ。

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