Novel | ナノ


  04 終極


会場に近づけば近づくほど、老若男女問わず人が倒れていた。
心を痛めながらも彼等を置いて行った。
ドアは開けっぱなしで、そのまま躊躇せずに入った。
円卓や椅子は散乱し、会場内は血の匂いがさらに濃く充満していた。

「…おや、まだ生き残りが居たのかね…」

その男は会場の上座にあるステージで妖艶に笑っている。
握手した時の面影はもう何処にもない。
彼の変貌ぶりに落胆するよりも、今は、目の前の敵を斬ることにしか気持ちが向いていない。
時間遡行軍の短刀が彼を守るように刀を咥えている。
目視出来るだけで敵は短刀2体、脇差1体、打刀1体、太刀1体、大太刀1体。
彼女の言う通り6体の時間遡行軍。
1対1ならば明石1人でも倒せるだろうが、1対6ではギリギリ倒せるか倒せないか微妙な編成だ。

「おーおー、確か陸奥国支部のお偉い審神者とちゃいますの?こんなとこで何してはりますの?」
「おやおや、明石国行じゃないか。君、わかって聞いているんじゃないのかね?」
「どういうことでっしゃろ?」
「ふっ。まぁ良い。どうせ君達もここで死ぬ」
「寝返ったのね」
「ん?」
「あなた、歴史修正主義者に寝返ったのね…。どんな思想を持って寝返ったのか知らないけれど、私は時間遡行軍を倒すために仲間の屍を超えてここまで来た。これ以上、仲間の死を無駄にしたくない。だからここで倒す…!」
「所詮、刀剣男士が居ないと戦えない人間が大口を叩いたところで何になる」
「随分とお喋りが好きな人やっちゃなぁ」
「!?」
「来派の祖、明石国行。行くで」

明石は瞬間移動でもしたのかという程、いつの間にか時間遡行軍の間合いに居た。
音もなく刀は抜かれ、その刹那、太刀を葬った。突然の斬撃に時間遡行軍達は身動きを取れていなかった。
それを見計ったように、近くにいた短刀1体と脇差も葬る。
打刀が反撃しようと明石に狙い定め刀を振りかぶる。
一度明石は下がり、円卓を盾替わりにし「はぁ」と息を吐く。
攻撃が緩んだのを見計らい円卓で打刀を押すと、打刀はバランスを崩しその場に倒れ、その隙に葬った。
残るは短刀1体、大太刀1体。

「はぁ…。しんど…」
「やれ」

男は静かに怒りながら短刀と大太刀に指示を出した。
大太刀の攻撃を明石は避けたが、明石が盾にしていた円卓を粉砕した。
短刀は明石の行動を狙っていたように、避けた明石の背中を取った。
「明石、後ろ!」
咄嗟に明石は背中を取られまいと避けたが、右腕を斬られたのか止血するように押さえている。
だが、声を出したのが間違いだったのかもしれない。
明石を斬りながら短刀はこちらに突撃して来た。
考えるよりも手が勝手に動いていた。
散乱した円卓の上に置かれていた瓶ビールを手に取り、短刀に投げつけると奇跡的に命中した。
一瞬だけ短刀は怯んだが、更に速度を上げてこちらに来る。
目の前に迫ってきた短刀は迷いなく私の首を狙ってきた。
恐怖で身体が竦む。あぁ、こんなところで死ぬのか。嫌だ、嫌だ。
歯を食いしばりながら貰ったお守りを握りしめる。

「はぁ、参りましたわ。……本気出すよりほかないやんか…!」

雷の閃光かと思うような斬撃は、私の目の前で繰り広げられた。
首の皮を紙で切ったと思うほど薄く斬られ、少しだけ出血したが無事だ。
散ってゆく短刀越しに見える明石の表情は今まで見たことがなかった。
黄緑色と赤の瞳は、赤を失っている。
初めて見た明石の表情に思わず身動ぎはおろか言葉さえ出なかった。
一瞬目が合うが、明石は目を伏せ大太刀の方へ向かって行く。
大太刀も迎え討とうと刀を構えたが、明石の速さには敵わない。
明石の一太刀を浴びて大太刀は無残に散る。
天に昇ってゆく人魂のような光を明石は眺めていた。
その背中は敵を倒した達成感よりも、何故か虚しさの方が勝って見えた。

「…ははっ…。まさか、1人でやるなんてな…」
「…まぁ、本気出さないかん状況やったしなぁ…」

明石は乱れた髪を掻き上げ、そのまま男の元へ向かってゆく。
彼の通った後には血が垂れている。
「大丈夫、もう動ける」
自分に言い聞かし、悲惨な祝賀会会場の上座へ向かう。
彼の背中を追いやっと追いついた。
男は妖にでも取りつかれたように笑っている。
こんな状況で笑っていられるのはまだ隠し玉があるのか。
いや、違う。もうすでにこの男は壊れている。
明石が男の前に対峙すると、男はさらに嗤う。

「なぁ、明石国行」
「なんや?」
「お前は本当に強い刀だな。どうだ、俺の仲間にならないか?」
「…」
「お前には変えたい過去が無いのか?今の俺にはそれを出来る力がある。あるだろう?何があっても変えたい過去が」
「なに言ってはりますの?自分にそんな過去あるわけあらへん」

明石はふわっと笑ったが全く目が笑っていない。
そして、切先を男の喉仏に向ける。
引き留めるように明石の左腕を掴み、ゆっくり首を振った。
「冗談や」と微笑みながらそのまま刀を下げるが、警戒態勢を解いていないのか納刀はしていない。
隣にいる明石は相変わらず飄々とした顔をしていたが、珍しくその表情から殺気を隠し切れていない。
そんな事は無いとわかっていても、あのまま止めなければ最悪斬っていたかもしれないと思ってしまうくらいの勢いだった。
あくまでも彼等刀剣男士が斬るのは「時間遡行軍」だ。人間なんかじゃない。
ここからは、私達人間の仕事だ。

「あなたに何があったのか、私にはわかりません。ですがあなたが行ったことは、審神者として絶対許してはいけないことです。出来ることならここであなたを始末したいくらいです」
「…」
「でも、あなたは生きてやらなければならないことがある。だからここで殺すわけにはいかない」
「…」
「それに私達の仕事は人間を殺すことじゃない」
「…」
「私はここに責務を果たしに来たんです」

そう本心を言うと男は、糸が切れ壊れた操り人形のように項垂れた。
その直後、政府の救援が来て男を取り押さえた。
それに安心したのか、私はその場にしゃがみ込んでしまった。

「主はん?」
「ど、どうしよ腰抜けた…」
「大丈夫ですか?今、救護班が来ていますから、ちょっと待っていてください!」
「あぁ、心配せんでもええです。自分、負ぶって帰りますから。でも、その前に主はんを手当てくれまへん?」
「えぇ!?恥ずかしいからやめてよ!それに明石だって怪我してるじゃん」
「これくらい怪我の内に入りまへん。じゃあ、頑張って立ってな」
「うっ…。お、お願いします…」
「はいはい」

明石はふわっと笑いながら、子供をあやすように私を扱った。
瞳はいつものように黄緑色と赤が交じっていた。

***

「重くない?」
「まぁ、蛍丸と愛染国俊と同じくらいの重さですわ」
「そ、そう…」

明石は、首にやたら大きい絆創膏を貼り付けた私を背負いながら、帰路に就く。
腰が抜けたのは治ったが、緊張感から解放されて3階から着地した時に身体を打った痛みに襲われ上手く立てず、結局おんぶされる形になってしまった。
と言っても、祝賀会会場から本丸までは徒歩10分で着く短い道のりだ。
あの後、手当てを受け政府から取り調べを行うと言われたが2人共疲弊しているということで、後日行うことになった。
今日行わない代わりレポートを提出することになってしまったが。

「明石」
「なんです?」
「…今日は、本当にありがとう。こんなことになるなんて思ってもなかった…」
「ほんまですわ」
「明石だって怪我してるのに、本当にごめんなさい」
「別に気にせんでええです」

最終的な生存者は、祝賀会に出席した審神者の10%程度しかいなかった。
死んだふりをして生き延びた人、物陰で息を殺し時間遡行軍を去るのを待った人、大怪我をしても応急処置をして痛みに耐えながら助けを待った人。
それぞれみんな生きる為に知恵を働かせていた。
また、会場内のスタッフの大半は、後で始末するつもりもだったのか手足を縛られて別の場所に監禁されていたそうだ。
こうしてほぼ無傷で生還したことは奇跡とも言える。
だけど、本当にこれで良かったのだろうか。
刀を大事そうに触れた彼女の顔が浮かんできて、胸が苦しくなる。
もっと私が冷静で落ち着いた行動をしていれば、機転の利く行動をしていれば、こんなことにはならなかったのではないか。
生き残ってしまった罪悪感に押しつぶされそうだった。

「―――はん」
「――――じはん」
「主はん」

明石の声に現実に引き戻された。
思わず捕まっていた明石の肩を強く握った。

「ど、どうかした?」
「急に静かになったもんで声かけましたわ」
「ごめん…」
「気にしてはりますの?」
「えっ…」
「主はんは精一杯のことやったとちゃいます?罪悪感なんて持つ必要ないと思うで」
「…それでも、もっと出来たことあったと思う…」
「それは結果論とちゃいますの?確かに犠牲は多かったのはほんまや。そんでも、主はんは使命から逃げなかったやろ」
「…」
「自分かて、流石に1対6は無茶苦茶やと思いましたわ。でも、主はんは決死の覚悟で“審神者として”最後まで仕事したやろ?」
「…」
「自分にはそんな正義感あらへんし、なんもやる気ありまへんから……いや、命掛かってる時は別やけど…。主はんのしたことは偉大やで」
「…」
「それに、少なくともあの女の人は報われたとちゃいます?」
「…………う、ん…」

明石の思いがけない言葉に目の前が歪む。
もう、我慢の限界だ。
堰き止められていた思いが決壊してゆく。
彼の首に抱き着き、肩を借りるように涙を流した。
私の涙で彼のスーツがぐちゃぐちゃになっていく。
それでも明石は何も言わず、肩を貸してくれた。

***

翌日。
本丸に帰ってからいつ寝たのか覚えていない。
泥のように眠っていて目を覚ました時には正午を過ぎていた。
本丸のみんなは昨夜あったことを物凄く心配してくれた。
終いには明石に「もう目覚まさへんかと思いましたわ」と言われる始末だ。
それと同時に、生きて帰って来れて良かった、そう思えた。
失った午前を取り戻すように雑務を熟し、気がつけば黄昏時だった。
私は明石と昨夜の出来事をレポートに纏めている。
可能なら昨日のことは思い出したくないくらい辛い出来事だ。
それでも、やらなければ終わらない。黙々とレポートを書いている。
どうやら明石は集中力が切れたようで、髪の毛をいじりはじめた。

「主はん」
「なに?手、止まってるよ。いつまで経っても終わらないよ」
「まぁ、休憩も大事ですわ。そういえば、いつからそのお守り持ってたん?」
「お守り?」
「会場で叫び声聞こえて、逃げた時に主はん転んで…」
「あぁ、これのこと?」

身につけていた真っ赤な愛染明王がついたお守りを明石に見せる。
昨日の朝、愛染と蛍丸に「頑張って!」と渡されたものだ。
明石は一瞬お守りに視線を向け「そうですわ」と返事をする。
なぜこんなことを聞くのだろうと思ったが素直に答える。

「昨日の朝。愛染と蛍丸から貰った」
「実は自分もなんですわ」

そう言って、明石はジャージのポケットから真っ青な愛染明王がついたお守りを出す。
どうやら私が2人から貰ったものと色違いのようだ。

「やけに2人もニヤついてたけど、そういうことだったん」
「そういうことってどういうこと?」
「主はんは、愛染明王が何を信仰してる仏さんか知ってはります?」
「え?あんまり考えたことなかったなぁ。明石は知ってるの?」
「当たり前ですやん。うちには愛染国俊おりますから」
「なるほどね。それで、どんな仏様なの?」
「恋愛成就」
「ん?」
「雑に説明すると恋愛成就ですわ。まぁ、ほかにも色々あるんですけど…」
「えっ?ちょ、ん?」

確かにあの時2人は「頑張って!」って言ったけれど、それって祝賀会で揉まれて来ることじゃなく、明石との恋愛成就を頑張れって意味だったのか。
ただでさえ使わない頭を使いながら文章を纏めレポートを書いて、尚且つ普段使わない筋肉を酷使して疲弊しているというのに、どうしてこんな追い打ちを掛けられるのだろうか。

「主はん」
「こ、今度はなに?」
「昨日、どさくさに紛れてしれっと自分に色々言ってましたけど、どういうことでっしゃろ?」
「は?…え?……ん?」
「忘れはりました?あれは確か、窓から―――」
「いっ!言わないで!あ、あれは、そそっ、その!決死の覚悟で、もしっ…あ〜〜〜もうッ!」
「そんな勢いよく叫んだり机叩いたら、周りに聞こえてしまうで」
「くっ…」

明石に視線をやると、彼は何を思っているのか全然わからない表情をしている。
というより彼は通常運転の表情だ。
もう、ここまで来たら後には退けないのだろう。
小さく息を吐く。
胸が昨日とは違う意味で張り裂けそうだ。

「……聞いてくれる?」
「はい」
「私、明石が好きです。好きって言っても上司と部下じゃなくて、恋愛の意味で…」
「…ええの?」
「え?」
「ええんですの、自分なんかで」
「うん」
「自分、働きまへんよ。それに何をするにもやる気もあらへん」
「知ってるよ」
「本丸にはえろう働く仲間もおるし、自分より男前なのぎょうさんおるんやで」
「それとこれは別」
「ほんまに自分なんかでええんですの?吊り橋効果とか言うやつやあらへんの?」
「明石がいい」
「その言葉、信じてええの?」
「信じて」

「はぁ」と小さくため息を吐き、彼は一度視線を落とした。
そして、間を開けて再び視線を送って来た。
本丸に居る時、戦闘をしている時とは違う視線。
その視線の射殺される。

「ほんま、主はんには敵わんわ」
「…」
「1回しか言わへんから、よぉ聞いてや」
「はい…」
「先越されてしもうたけど、自分、主はんのこと好きや。ほんまに好いとります。だから、これからもよろしく頼みます」
「え…?」
「もう言わへんで」
「えっ…?え?ええ?」
「さ、休憩終わりまひょ」
「あっ、明石、ねぇ?今、なんて?嘘…嘘だ…?」

私のあまりにも呆然とした表情に彼は少し困った顔をしながら笑い「嘘やないで」と答えた。
明石が言った言葉に思わず、彼の首を絞める勢いで抱き着いた。
ベシベシと明石は私の腕を叩き「昨日今日で1番死ぬかと思いましたわ」と呑気に笑う。
人の気も知らないで、なんて呑気なんだろう。
恥ずかしさと嬉しさが入り混じった複雑な気持ちが処理出来ずに涙を流す。

「……明石、私こそ…未熟者ですが、よろしくお願いします…」
「どうぞよろしゅう」

はんなりと笑った彼に応えるように、涙でぐしゃぐしゃになった私が今返せる最高の笑顔で応えた。

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