Novel | ナノ


  03 紅涙


「…何が…何が起きてるの…一体…」
「さぁ?今わかることは会場で不吉な事があったとしか思えへんわ」
「…ね、ねぇ。明石…」
「なんです?」
「ドアの上、小窓があるでしょ。登ったらなにか見えない?」
「まぁ、頑張れば見えると思いますけど、自分の身長じゃ足りないと思いますわ」
「そ、そう。じゃあ、私が確認するから肩車してもらって良い?」
「構いまへんけど。まず、この部屋の状況確認せな。あ、迂闊に部屋の電気なんかつけたらアカンで。自分も探しますけど、非常用の懐中電灯とか部屋のスイッチの近くにありまへん?」
「あ、あった。懐中電灯付けるわ」
「頼んます」

部屋の中を懐中電灯で照らす。
どうやら、この部屋は物置部屋のようでパーティー会場にあった机や椅子がある。
人の気配はない。だが、カーテンが微かに動いた。

「今、動いた?風?」
「あぁ、自分が行きますわ。ちょっと懐中電灯貸してもらえます?」
「えぇ」

明石に懐中電灯を貸すと「おおきに」と余裕のある笑顔をしながら受け取った。
懐中電灯を構えながら恐る恐るカーテンに近づき、瞬きする時間もないくらい素早い動作でカーテンを捲った。
どうやら窓が少し開いていたようだ。そのせいでカーテンが動いたようだった。
遠慮なく明石は窓を開けれるだけ開けた。

「逃げ道は確保、と。…さて、主はん。自分、今何が起きているのか見ますけど。覚悟出来てはりますの?」
「…えぇ」
「ただ、あの窓から逃げたとしても仲間が下で待ち構えていないこともないとは限らんですし」
「そうね…」
「まぁ、ここ3階なんで飛び降りたとしても、主はん、ただじゃあ済まないと思いますけど」
「余計なことは事言わないで。今考えないようにしていたから」
「そんな怒らんと。眉間に皺増えてしまうで」
「もう、余計なお世話よ」

明石はふっと息を抜くように笑い、何も言わずに椅子をドアに寄せた。
そして、ゆっくりと椅子に上がり小窓から外の様子を伺う。
その様子を見ていたが、明石は表情一つ変えやしない。
一体外で何が起きているのだろうか。
気になるけれど「見ては駄目だ」と警鐘を鳴らす。
「よっと」と呑気に言いながら明石は椅子から降り索敵を終えた。
ゆっくり明石はこちらに視線を向けた。

「一言で言いますわ」
「うん…」
「主はんが見た夢、正夢になってはりますわ」
「そう…」
「どないします?自分、帯刀してへんから戦うに戦えまへん。ここも見たところ立ち向かえるような武器もない。絶体絶命のピンチってやつですなぁ」
「敵が時間遡行軍ならば戦ってもらう。責務を果たせって言われたしね。明石、行ける?」
「相変わらず無理言いはりますなぁ。…まぁ、なんでもって言うんやったら。まぁその前に、こんのすけはんに連絡した方がええんとちゃいます?」
「そうね…」

こんのすけに連絡を取るために端末を取り出した手が震えていたことに動揺した。
祝賀会会場に襲撃してきたのが時間遡行軍と伝えると、こんのすけは酷く驚いていた。
そして、手配が整い次第救援も遣わすとも話してくれた。
最後に「御武運を」と言って通信は切れた。

「それで作戦は?」
「この会場は刀剣男士が帯刀出来ないようになっているでしょ?それって刀剣男士じゃなくて、審神者に術が掛けられているからだと思う。その術をまず解く」
「どうやって解くんです?」
「確信はないけれど術を解くにはこの会場を出るしかない。だから、飛び降りる」
「無茶苦茶言いはりますなぁ…。主はん、最悪死んでしまうかもしれへんで?」
「私は、死なない。絶対。絶対に…!」
「…はぁ。なんで主はん、そない生き急ぐんです?飛び降りるのは駄目や…言うてもその顔見てたら無駄そうやな」
「…ごめんなさい。仲間をこれ以上見殺しにしたくない」
「…ちょっと待ってくれはります?」

明石は面倒くさそうに頭を掻きながら、カーテンをぶちぶちと外してゆく。
外したカーテンを窓から垂らし、これに捕まりながら降りるように言って来た。
「ありがとう」そう明石にお礼を言い、窓から顔を出す。
思っていた以上に高く感じる。
だが、そんなこと言ってる場合じゃない。
愛染と蛍丸から貰ったお守りをスラックスのポケット越しに握りしめる。
こんなところで、野垂れ死にするわけにはいかない。
でも考えたくないが「もしも」があるかもしれない。
だったら、今しかないのかもしれない。

「…ねぇ、明石」
「なんです?」
「こんな時に呑気って言わないでね」
「?」
「ここまで付いて来てくれてありがとう。私、明石が好きよ。大好き」
「…」
「行って来ます」

そのままカーテンを伝いながら飛び降りた。
びゅうびゅうと耳元で風が切れる音がする。
予想以上に速度が出ている。
長さが足りなくなり握ったカーテンがするすると手元から離れてゆく。
するとさらに地面に近づくスピードが上がる。
脳裏に自分が死ぬ瞬間が過った。
思わず生唾を飲む。
「ちゃんと、着地しなはれ!」
明石の声にハッと我に返る。
大きな音を立てて、私は地面に打ち付けられる。
咄嗟に受け身を取ったが上手く着地は出来なかったし、身体も痛い。
でも、痛いと感じるということは生きてると言う事だ。
どうにか、無事だ。
3階に視線をやり、全身全霊で手を振った。
それに明石も安心した表情をしたように見えた。

「…よし、なんとかなりそうかも…!」

会場に入ってからあった霊力の縛りのようなものが解けてゆくのを感じた。
明石に視線を向け、祈るような気持ちで明石の帯刀禁止を解除する。
「明石国行、制限解除」
心の中で呟いたその言葉がまるで聞こえているかのように、明石はニッと笑った。
すると明石は部屋から飛び降り、猫のようにしなやかに着地した。
会場に来るときちゃんとボタンを留めるに言ったジャケットは全開で、シャツも片方スラックスからはみ出ているし、左腕も律儀に捲っていた。左手にはしっかりと刀を握りしめている。
いつもの明石がそこにいた。

***

「良かった…!ちゃんと解除出来た!」
「えぇ、ほんま良かったですわ。ちょっとええですか、主はん」
「なに?」
「よお考えたら自分が先に飛び降りて、主はん受け止めたら良かったとちゃいます?」
「そ、それは無理」
「どないして?」
「最近、その、太ったし…」
「はぁ…。さっき肩車してと言ってはったのはどちら様ですの?」
「うっ…。あの時は比較的冷静じゃなかったし、一応私にも乙女心というのもがあって…」
「こんな生命の危機の時に何言ってはりますの。まったく乙女心ってやつはわかりまへんわ」
「ごめんなさい…」
「わかればええです。わかれば。でも、もう自分を犠牲にしてまで無茶はせんでええ。心臓いくつあっても足りまへんわ」
「わかったよ。…そろそろ行こうか。敵が時間遡行軍と決まれば殴り込みよ。こんな日に本当許せない…!」
「おぉ怖っ。そんな怒らんと…なんて言えない状況やからなぁ。まぁ、せいぜい死なん程度に頑張りますわ」
「明石、頼んだわよ」

「はいはい」と気楽そうに話した彼の瞳は笑っていない。
いつもと違う雰囲気に押されそうだが、そんな場合ではない。
時間遡行軍が居ないか偵察しながら進む。

「主はん、どうしますん?このまま正面衝突するつもりなん?というか、このまま戻っても帯刀制限されませんの?」
「帯刀制限の事は大丈夫だと思う。平野藤四郎を連れた審神者が帯刀しながら会場に入って関係者に注意されていたのは見ていたから。それって、裏を返せば帯刀しながら会場に入れば制限はされないってことじゃない?」
「へぇ。主はん、今日頭冴えてはりますなぁ」
「正面衝突に関してはしない。今、明石には刀装がない状態だし、迂闊に戦闘に持っていくのは厳しいと思う。それに、ここにいた審神者には戦える力なんて無いから、ほとんど時間遡行軍は生き残ってるでしょ」
「そうやな」
「この戦、いかに戦わないで祝賀会会場に行くかが重要になる」

大きく深呼吸をし、これから起こる戦闘に覚悟を決める。
きっと会場内は地獄そのものだろう。
それでも、私は逃げるわけにはいかない。

***

「明石」
「なんです?」
「行こう。ここの窓、どこに繋がっているのかわらないけど中に入るしかない。頼んで良い?」
「はいはい」

明石は柄頭で窓を割った。
そして再び会場に侵入する。
周りを見渡すが、どうやらここは職員専用の通路のようだ。
近くに階段が見えた。この階段を上れば、もしかすると会場まで行くことが可能かもしれない。
出来るだけ音を立てずに、そして素早く階段を上って行った。
あの時と比べ落ち着いたのか、周りの事を冷静に捉えることが出来るようになってきた。
ふと思ったが、叫び声や足音で騒がしかった会場は、今はやけに静かだ。
その静けさは気味が悪い。
思わず足を止めた。

「…ねぇ、明石…」
「はい?」
「なにかこの会場気持ち悪くない?」
「気持ち悪い?」
「どうして…こんなに静かなの…?」
「言われてみれば、そうやなぁ」
「普通こんな緊急事態なのに警報とか鳴らないの?いくら犠牲が多いからってこんなに静かなのはおかしい…。少なくとも会場スタッフは生き残っていそうなのに…」
「…」
「なのに、どうして…。まるで今も滞りなく祝賀会が開かれているみたいじゃない」
「…」
「もしかして、この祝賀会は審神者を抹殺する為の罠だったの…?」
「仮にそうやとしても、時間遡行軍は斬る。ちゃいますの?」
「…えぇ、間違っていないわ…」

明石は一瞬こちらに視線を向け、何も言わず階段を上って行った。
「待ってよ」と言いながら彼を追いかける。
前を走る彼の背中が何故か遠くに行ってしまったように見えた。
彼の姿に一抹の不安を覚えるが、3階に到着した。
ドアノブに手を掛ける。ここを開ければ戦場だ。
「開けるよ、明石」
その声に彼はコクリと頷き、一気にドアを開けた。
ドアを開けた途端、思わず腕で覆ってしまう程、鼻の奥を劈くような血腥い匂いに噎せ返る。

「…これはこれは…」
「酷い…」

夢で見た光景が広がっていた。
ついさっきまで見ていた同志が無残な姿をしていた。
目を覆いたくなるほど酷い惨状に、胸が締め付けられる。
「うぅ…」と小さな呻き声が聞こえ、思わず駆け寄った。
大きな刀傷を受けた女性が大事そうに太刀を抱えて横たわっている。
その刀はきっと彼女が連れていた刀剣男士なのだろう。
もう、彼女には刀剣男士さえ顕現させる力は残っていない。
それでも必死に何かを訴えて来た。

「………か…じょ……に、い……る…」
「もう喋らないで!血が…!」
「……ぶった…い…はっ……、ろ、く……た…い……」
「…部隊は6体なのね?わかったわ。必ず倒すから!必ず…!」
「…た……のん………わ…………」

彼女は全ての力を振り絞って私に伝えてくれた。
涙を流しながら、血だらけの指で恋人を愛でるような仕草で刀に触れ息を引き取った。
開けたままの目を瞑らせ、まだ温かい手でしっかりと刀を握らせた。
刀を握らせた彼女の手に雫が落ちる。
泣いている場合なんかじゃない。
私がここで死んでは、彼女等の犠牲が無駄になる。
涙を拭って、彼女に黙祷をし会場を目指す。

会場の付近まで近づいた。
ここに来るまで、不自然なほど時間遡行軍には遭遇しなかった。
もしかすると会場内に時間遡行軍はもういない可能性があるのかもしれない。
それとも、彼女の言う通り時間遡行軍は会場内に全員集まっているのか。
どちらかわからない。
だが、もうここまで来たら会場に乗り込むほかない。

「明石」
「なんです?」
「もうここまで来たら、腹は括ってる。私がどうなっても、あなたは最後まで敵を斬って」
「それは主命ですの?」
「えぇ」
「…はぁ。そんな怖い顔したっていい結果は来まへんよ。主はんの悪い癖ですわ」
「ごめんなさい」
「それと、すぐ謝るのもそうですわ。肩の力抜いて気楽にやりまひょ」

私の眉間の皺を伸ばすように人差し指で突っついて来た。
明石はいつものように飄々とした顔で、笑っていた。
その顔に思わず笑ってしまった。だが、少しだけ心に余裕が出来た。
力が入ってガチガチに固まった筋肉が解れてゆく。
「いざ、出陣」
小さく呟き、一目散に会場を目指し駆けて行った。

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