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  02 壊劫


会場に到着した時には18時を過ぎていた。
さすが、陸奥国支部の審神者が総出と言って良い程の大きな規模の祝賀会なだけある。
会場の入り口には審神者と刀剣男士でごった返していた。

「はぁ。ぎょーさん集まってはりますなぁ…」
「なんて言ったって陸奥国の審神者全員招待された祝賀会だし。行けない人もいるだろうけど、ここまで大規模な集まりは初めてかもしれない」
「というか自分来る必要あったんです?こんなカッチリしたスーツ着させられて、終いには帯刀禁止って…。随分と気ぃ抜いてはりますなぁ…」
「こういう場は近侍を必ず連れて来ることになっている決まりなの。でも刀は明石の商売道具でもあるもんね…。一応お祝い事だから我慢してね」
「まぁ、別にええんですけど」

明石は少し不満そうな顔をしつつ髪をいじりはじめた。
普段やる気のない明石でさえ疑問を持つ祝賀会。
彼の言う通り、確かに帯刀禁止の祝賀会も少し不安ではある。
祝賀会や会議の場を時間遡行軍に襲撃されたという話は聞いたことはない。
だが、どんな場であっても刀剣男士達には帯刀させていた。
一抹の不安はあるが、祝賀会会場に入る。

会場に入った瞬間、まるで霊力に鍵が掛けられたような気分になる。これはもしかして帯刀制限の施錠なのだろうか。
「えろう眩しいなぁ」と明石の呟きに思わず彼の方へ視線を向ける。
祝賀会会場のホールは吹き抜けで、天井には見たこともない大きなシャンデリアがある。
そのシャンデリアに見惚れていると、後ろで女性の審神者と獅子王の「凄い!」という声、平野藤四郎に帯刀させていたことを注意された審神者や、煌めくドレスに身を包んだ女性をエスコートする一期一振、目の前には早々と酔っぱらっている審神者の介抱をしているソハヤノツルキ。
周りの見たこともない、出会ったことのない審神者や刀剣男士に心躍った。
そして人の波に飲まれながら会場についた。
1000人ほど収容可能な大きな会場。
上座のステージは「陸奥国支部創設30周年記念祝賀会」の文字が大々的に飾られている。
会場内には円卓が目視しただけでも100卓以上は置かれている。
こんなの見たことがない。
いい年した大人ではあるが、テンションが上がっている。

「初めまして。ようこそ、陸奥国支部創設30周年記念祝賀会へ」

物腰の柔らかそうな紳士的な年長者の男性がこちら向かって握手をして来た。
あまりに柔らかな言葉に押されている自分がいる。
でも、よく見ればこの男性を見たことがある。
そうだ。この方は陸奥国支部創設時の第一線で今現在も活躍している審神者だ。

「は!初めまして!」
「こちらこそ初めまして。どうぞ今宵は思う存分に祝賀会を楽しんで欲しいな」
「はい!」
「どうも」
「…仕事の話になってしまうが、君はこのまま真っ直ぐ審神者として何があっても責務を果たしなさい」
「承知致しました!日々精進致します!」
「まぁ、お手柔らかにな」
「それじゃあ、今日は楽しんでね」

土下座でもするような勢いで礼をした。
「ふふっ」とにこやかに微笑み、私の後に会場入りした審神者の挨拶へ回っていった。

「主はん。今の誰なん?随分と勢いよお礼してはったけど」
「陸奥国支部の立ち上げからずっと今現在も第一線で戦っている審神者。簡単に言えば雲の上のような存在の人…」
「へぇ。わざわざ1人1人挨拶なんかして。律儀な人やっちゃなぁ」
「神と言っても過言じゃない人なんだよ、本当に。ま、まさかこんな所で出会えると思ってなかった…」
「あの人、そんな凄いおっさんなんやなぁ」
「ちょっと明石、聞こえちゃうから声抑えて」
「はいはい」

明石はよっぽどつまらないのか、欠伸をはじめる。
彼の言動に段々と不安が募るが、もう祝賀会は開始時間となっていた。
雲の上存在の大先輩はスピーチを始める。
今日集まってくれたことへの感謝。戦況は悪化しているがそれでも希望は捨てないで欲しい。たとえどんなに悪い状況であっても必ず私達は勝つ。
彼のスピーチは私の心に刺さってゆく。
ふと、周りを見渡すと血の海になっていた。
ゆらっと私の横を時間遡行軍が横切る。
何かの見間違いだと思わず目を擦ると、会場は普通通り。
まるで夢の続きを見ているような、生きているような心地がしなかった。

***

全身の血が震え、頭が揺さぶられる感覚に、思わず吐き気を催す。
どうして急に。
まだ、何も口にしていない。圧倒的なこの空気に酔ったのか。それとも今の幻覚のせいなのか。
原因はわからない。ただ、今は吐きたくて仕方が無かった。

「主はん?」

明石の声を無視し、一目散にお手洗いに駆けて行った。
誰一人居ないお手洗いは会場から漏れるスピーチが聞こえる。
「どうして急にこんな目にあっているんだろうか」
生理的な涙を流しながら、すべてを洗い流した。
窶れた顔とにらめっこしながら化粧を直し、お手洗いを出る。
明石は、私の後を追って来たようでお手洗いの出口正面の壁に髪をいじりながら立っていた。

「大丈夫でっか?」
「あ、明石…。ごめん急に席立っちゃって…」
「構いまへん。ただ、随分と窶れた顔してはりますよ?そんなで会場戻るつもりなんです?」
「うっ…。やっぱり酷い?……もう少し、そこのベンチで休憩しても良いかな」
「ええんとちゃいます?あのおっさんの話聞いててもつまらんし」
「こら。一応あの人お偉いさんだからね。…まぁ、こんな戦績が振るわない審神者がこの祝賀会にいること自体場違いではあるんだけどね…」
「…」
「ご、ごめん。湿っぽい話になって」
「別に自分なんとも思ってはりませんけど。それより急にどないしはったんです?あんな血相変えて走ってく主はん初めて見ましたわ」
「うーん…。まだ今朝夢を見たって話し覚えてる?」
「あぁ。主はんが殺されはった夢のことです?」
「そう。あの夢が急に現実になったみたいな感覚になって、なんだか生きている気がしなかったんだ。それで気持ち悪くなっちゃって…」
「…でも、現実の話にならんくてよか―――」

キャァアアアァァアァアァッッ!!!

断末魔の叫びのような命の危機を感じる声が会場から聞こえた。
思わず明石は刀を取るような仕草をするが、帯刀していないことを思い出しため息をつく。
異様な声が次々と会場の方から聞こえる。
会場に行ってはならない。
そう、直感した。
考える事よりも先に行動に移していた。
明石の腕を引っ張り、隠れることが出来そうな場所を探す。
後ろから人の苦しみ叫ぶ声やゴゴゴッと地鳴りのような足音がする。
今は、逃げないとダメだ。

「明石!逃げるよ!」
「わかってはります!主はん!こっち!」
「う、うん!うわっ!」

恐怖で足が上手く動かなく思わず転んだ。
明石が腕を引っ張りすぐさま立ち上がる。
彼は私が立ったことを確認し、走るように軽く背中を叩き促す。
走ろうとした途端、視界に何か見えた。

「あ、待って」
「…え?」
「ごめん、お守り拾ってた。行こう!」
「はいはい」

愛染と蛍丸から貰った真っ赤な愛染明王がついたお守りを大事に握りしめ、再びポケットに入れる。
こんなところで死ぬわけには行かない。
生きて、生きて帰らないと。
私が走り出したことを確認し、明石は会場の方を一瞬見て再び走り出した。
明石の指を指す方向へ無我夢中で走った。
命辛々その部屋に入る。
鍵を掛け、扉に背を持たれながら座った。
ドクドクと鼓動が止まらない。
外から審神者達の声や足音はするが、段々と声と音は消えてゆく。

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