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  01 予兆


真っ暗な場所だ。視界は暗く効かない。聞こえるのは自分の荒い吐息。
「ここは一体どこだろう」
そう思った矢先、ゆらりと光が揺れた。
反射的にその光を追っていた。その時、ゴンと何かに躓いた。
思わずそれを確認した時、全身の血という血が音を立て引いて行くのがわかった。
それと同時に鼻を劈くような匂いに気分が悪くなり、真っ暗だった視界が開けてゆく。
人が斬り殺されていた。
それも1人なんかじゃない。両手では足りないくらいの人が血を流しながら倒れている。
叫ぼうと思ったが声が出ない。恐怖で後退りすると背中に何かが当たる。
咄嗟に振り向けば、背後には時間遡行軍が居た。
太刀を振りかぶると、慈悲もなく私に斬りかかってきた。
避ける暇など無かった。重い一太刀を受け、その場に倒れ込む。
「死にたくない、まだ、生きたい」
そう思っていたが目の前が再び真っ暗になり始める。

「…た…け、て……あ…か……」

必死に振り絞って声を出すが、それが誤算だったのかもしれない。
太刀は、ゆらりと振り返る。
トドメを刺すように再び刀を振りかぶり―――


「―――はん」
「――――じはん」
「主はん」

誰かの声で現実に引き戻された。
思わずその声の主に飛びついた。

「ちょ、どないしはりました?」
「あ……あ、あか…し?」
「えぇ、そうですけど…」
「…どうして、此処に…?」
「主はん、自分よりいつも起きるの早いのに起きて来ないゆうから、蛍丸に頼まれて起こしに来やはったんですけど…」
「そ、そしたら、魘されていたと…」
「随分と盛大に唸ってはりましたわ」
「……ごめんなさい。急に抱き着いてしまって…」
「構まいまへん」

そのままゆっくりと明石の胸から離れる。
あぁ恥ずかしい。よりによって抱き着いた相手が相手だ。

「……秘密にしておいてね…」
「はいはい。わかってはります。このことは内緒にしときます」
「ありがとう」
「内緒ついでに聞きますけど、何の夢みてはったんです?」
「殺される夢」
「それはそれは…。でも、殺される夢は縁起がええって聞いたことありますけど?」
「うーん。良い夢だと良いけど、殺してきた相手が時間遡行軍だったからね…。正夢にならないと良いんだけど…」
「本丸に直接来ない限り、主はんが時間遡行軍に会う事なんてないから大丈夫でっしゃろ」
「そうね。まぁ気にすることなんてないか。起こしてくれてありがとう」
「さ、早う行かんと朝飯みんなに食べられてしまうで」
「うん」

明石はゆるく微笑み、思わず目を逸らした。
私は、明石国行が好きだ。
いわゆる一目惚れってやつなのだが、このことは本丸の誰にも言っていない。
政府的には刀剣男士と恋人になることは仕事に支障が無ければ基本許可している。
知り合いには本当に刀剣男士と付き合っている審神者もいる。
だけど、自分は仕事と恋愛。ましてや職場恋愛なんて出来る程器用な人間ではない。
もし機会があるなら、伝えたいとは思っている。
だが、彼に想いを告げることに関しては、後ろ向きだ。
彼の後ろ姿を見送りながら長く大きなため息をつく。

***

加州が取り置きしていてくれたので朝食は問題なく食べることが出来た。
だが、刀剣男士つまり人の身体を持ってしまった以上、食欲旺盛な育ち盛りも多いせいか一瞬にして無くなる。
その一瞬で消える食材にどこか安心もする。
1人で朝食を食べていると、愛染と蛍丸が寄って来た。

「主さん、今から食事なのか?」
「うん。ちょっと今日寝坊して。あ、蛍丸、気利かせてくれてありがとうね」
「気にしないで良いよ。そんなことよりさ。今日って夜出掛けるんでしょ?」
「そうだよ。陸奥国支部創設30周年記念祝賀会が近所であるからねぇ」
「祭りなのかぁ良いなぁ!」
「そう思うでしょ?でも、あんなパーティー行った所でなんの為にもならないよ。それに、なんか今回の祝賀会色々と変」
「変?」
「近侍の帯刀制限が掛けられてたり。…まぁ、記念祝賀会なんてそんなものなのかしら」
「へぇ…。でも今日は、国行と一緒に行くんでしょ?」
「そうだね。一応今近侍にしてるの明石だし」

陸奥国支部創設30周年記念祝賀会。
意味としてはそのままである。
私はここ最近審神者として仕事を始めたばかりなので、まさかこんなお祝い事に招待されるとは思っていなかった。
演練で出会った審神者にも聞いたが同じく招待状が届いていたようで、陸奥国支部に所属する審神者全員招待されているようだ。
本来だったら、私なんかが行けるような祝賀会ではないのでお断りしようと思っていたのが、祝賀会場まで徒歩10分程度の距離だった。
だから、断るに断れなく出席に丸を書いていた。
本丸のみんなには今日の夜は、近侍の明石国行と出席すると数日前から伝えていた。
私の気持ちを知ってか知らずか、2人は顔を合わせてなにやら楽しそうな表情をしている。
働かない思考で色々と考えながら、無心で食事を摂る。
「ねぇ主さん、これ」と愛染が私に赤い物を差し出す。
よく見ると手作りのお守りのようだ。

「わぁ。凄く綺麗な赤色のお守りね」
「これ俺と国俊で作ったんだよ?」
「2人も意外と器用なんだね。びっくりした」
「まぁな!」
「それで、これ主さんにプレゼント」
「え?良いの?」
「おう!どうだ!この愛染明王!オレが描いたんだぜ!」
「すごいじゃん!ありがとう!大事にするね!」
「主さん、今日、頑張ってね!」
「うん!」

2人は太陽のように眩しい笑顔で私を元気付けてくれる。
ここまでされてしまっては、今日の祝賀会は頑張らないと。
彼等から貰ったお守りを大事に握りしめた。

***

朝食を食べている主さんの元を後にする。
蛍がボソッと呟く。

「主さん、大丈夫かなぁ」
「大丈夫に決まってるだろ?なんたってオレが愛染明王描いたんだし」
「国俊が描いたから大丈夫か」
「愛染明王の加護ぞあらんってな!そんな心配すんなよ。いつものお気楽さはどこに行ったんだ?」
「へへっ。確かにそうかも。って、来た来た。国行ー」
「んー?なんやぁ?」

眠そうな眼鏡は欠伸をしながらこちらにやって来た。
オレ達にはあともう一仕事残ってる。
盛大な祭りには下準備も大事だ。

***

時計の針は17時を示す。
祝賀会は19時から開始だ。ここから祝賀会場までは徒歩10分程度で到着する。
だが、下っ端の下っ端とも言える私が社長出社するわけにはいかない。もう時間が無いと慌てて準備を始める。
パーティー用のドレスも一応持ってはいるが、あくまでもこれは職場のパーティー。
クリーニングに出したばかりの清々しいほど綺麗に仕立てられたパンツスーツで行くことにした。
2人から貰ったお守りもスラックスのポケットにこっそり忍ばせる。
バッチリ身だしなみは整えた。燭台切のチェックも無事切り抜けた。

「明石。そろそろ準備出来た?」
「終わったで」
「ちょっと!頼むから、今日だけで良いからスーツはちゃんと着て!」
「自分、ちゃんと着てますけど?」
「…」

返す言葉が無かった。
スーツのジャケットはボタン全開。シャツも片方スラックスからはみ出ている。ネクタイもだるだる。
簡単に言えば明石の戦装束と同じで、どこかだらしない。
「本当に頼むから!」と必死に訴えかけ、渋々シャツを仕舞い、ジャケットもちゃんとボタンを留め、ネクタイも上まで上げてくれた。
あとは、このキッチリしたスーツがいつまで持つかが勝負だ。
本丸の皆に見送られ、私は長い夜の戦場へ向かう。

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