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  05 一蓮托生


激しい戦の最中ではあるが、私は審神者としての役割を一時的に終えなければならなくなってしまった。
連日に渡る激戦地への出陣で刀剣男士より私の方が消耗しきっていた。
情けない話ではあるが、療養という形で戦場から退く形となった。
だが、この別れも一時的なものだ。私の見立てでは、5日療養すれば力も取り戻せるはずだ。
彼等には出掛けるという体で話をしていた。せめて吉行に相談すれば良かったかもしれないと後悔している。
すぐ帰ると本丸を出る時に彼に伝えた。それに数日本丸を開けることは日常茶飯事だ。
きっとまたあの場所へ帰れるはずだ。
そう、思っていたのに。
本丸に帰る日、こんのすけにそれは阻止された。

「お疲れ様です。主さま」
「あら、お迎え?」
「……主さまの力が復活する兆しが見えません…」
「え?」
「この5日間、主さまは療養に専念されていましたが全く本丸を出たときから変わらないのです」
「そ、そんな、嘘って言ってよ…」
「このまま本丸に帰還すれば主さまの命に危険が及ぶ可能性があります。大変心苦しいのですがこのまま戦線から退いて頂きます」
「嫌よ!だって私、まだやれるのに!こんなに、元気なのに…!」
「主さま。どうか、ご理解ください」
「あと3日待って。必ず力を取り戻してみせるから!」
「…わかりました」

だが、その3日も意味はなかった。
約束通り、私は戦線から退いた。
こんのすけは審神者としての経験を生かして後輩の指導者として政府に残って欲しいと頼まれたがそれも断った。
審神者を辞めた者が歴史改変を助長しないように、記憶を消してしまうと言われたがもう何をするにも手が付かなかった。
彼等になにも言えないままお別れなんて余りにも悔しかった。
せめてもう一度「彼」に会いたかった。
「…ごめんなさい」
一筋の後悔が流れると同時に、何もかも私は失った。

***

ハッと驚いたように目が覚めた。
ざわざわと胸が苦しい。今までの苦しさとは比でない。
ふと視線を向けると時計の針はそろそろ21時を示そうとしている。
寝息が聞こえる。未だに彼は眠ったままだ。
眠っているとは言え、看病中なのに彼に酷いことをしてしまった。
静かに眠る黒龍くんの顔を見つめる。
黒龍くんが言った言葉の意味が未だにわからない。
「本丸」「歴史を守って戦っていた」「検非違使」
だが、学ランや腰布をはためかせ、左腕の龍の刺青に刀を握り戦う姿は既視感があった。
あの時感じたが、ここ数日連続でも続ける夢の話し相手は紛れもなく彼だ。
不愛想だが、どこか穏やかな表情で話す彼は黒龍くんだった。
私と彼の繋がりは一体何だろうか。彼の言う通り私は「主」なのだろうか。
心のモヤモヤが取れない。今さっき見た夢はここ数日見た夢の続きだ。
「きっとまたあの場所へ帰れるはずだ。」そう、私は願っていた。
だが、私は今ここに居る。
彼の話を聞く限り、私を連れて帰るつもりなのだろう。
もしも、彼に付いて行ったら、今の生活はどうなってしまうのだろうか。
でも、私の心の中の違和感はこの生活を拒んでいる。
心の中で引っかかるものが取れる気配はない。
私は一体どうすれば良いのだろうか。
すぅすぅと穏やかに寝息を立てる彼の顔を見守り続けた。
黒龍くんのぴくっと眉が微かに動く。

「……ん…」
「…あ、目、覚ました?お粥作ったけど食べれそう?」
「…何時だ」
「今?20時58分だよ」
「…そうか…」

彼は右腕で目を覆う。
目から表情は読み取れないが、きつく結ばれた口に胸が苦しくなる。
カチカチと秒針が動く時計の音が、2人の間で虚しく響く。
だが、秒針の音が止まった。
夜のはずなのに光の筋が私達に射している。
目の前には狐のような生き物がいた。
その狐はさっき夢で見た「こんのすけ」にそっくりだった。
一瞬目が合うがすぐさま逸らされた。

「主さまは見つかりましたか?」
「…いいや、見つかっていない」
「…そうですか。ですが、そちらの人は…」
「関係ない一般人だ」
「…わかりました。では、帰りましょうか」
「……あぁ…」

動かない身体を無理矢理動かしながら、彼は導かれるように光に向かって行く。
彼は一瞬私に目線をやる。
その目は憂いを帯びたものだった。
どうして、そんなに悲しそうな、辛そうな瞳をするのだろうか。
得体の知れない敵と戦っても、傷つけられても決して見せなかった瞳だった。
あの時計の針のように私の時が止まった気がした。
心の奥底でドロドロとしたものに飲み込まれてゆくような、今まで経験したことがないくらい気持ちが悪いものが押し寄せる。
今にでも吐いてしまいそうなくらい、胸がざわざわしている。
一体何が起きているの?目の前がじわじわと曇ってゆく。

「……どうして…なんで…?」
「…」
「私、どうして…。なんでこんなに涙が出て来るの…?」
「…」
「私、あなたのこと最近見知ったはずなのに、どうしてこんなに苦しいの…?」
「…」
「こんなに胸が張り裂けそうなくらい痛い。痛いのに、なのに、なんで、なんでこんなに…!」
「…時間です。さぁ行きましょう」
「……あぁ」

光に彼が吸い込まれて行く。
一歩一歩踏み出していく。
全身の血が凍っていくほど絶望している。
絶望で手や足の震えが止まらない。
待って、待って、行かないで!

「待って、大倶利伽羅!」

ぴたりと彼の動きが止まった。
彼は驚いたように振り返る。
隣に居た狐も足を止めて振り返った。
咄嗟に出た言葉に自分が何を話したのかも理解出来ていなかった。

「あんた、今…なんて…?」
「…お、大倶利伽羅…」
「もしや、思い出したのですか?」

自分が発した言葉に、脳みそがぐらんと揺れる感覚に陥った。
壊れてしまった時計が再び動き出したように、私の運命も動き出した。
ぞわぞわと全身の皮膚に鳥肌が立っていくのがわかる。
先程の血が凍る感覚が薄れていく。
安定しない心の騒めきは薄れてゆき、清々しい気持ちが込み上げてくる。
私が今必死に叫んだ名前は、彼の「本当の」名前だ。
言わないと。続きを、続きを…!

「…と、刀帳番号116番、…大倶利伽羅…ッ!」
「…」
「ごめんなさい…。私、私…ッ!」
「…」
「あなた達に謝っても謝り切れない…。こんなの主失格だもの!だって―――」
「……御託はいい。帰るぞ…」

俯きながらひたすら涙を零していたが、彼の言葉にハッと顔を上げた。
涙で前が見えないはずだが、彼の表情は読み取れた。
今度は、私が応える番だ。

光の中で差し出された彼の手を躊躇いなく、握り返した。

January 15, 2017
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