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  04 愛別離苦


昼下がりの本丸。
主がしばらく本丸を外すということで全員非番となり、各々好き勝手にやっている。
俺は、本丸の出入り口にある木の陰で涼んでいた。
そこに周囲を気にしながらこっちに向かってくる主が見えた。
その挙動不審は明らかに普通じゃない。

「…おい」
「っ!?…木陰から急に声かけないでよ。あぁ、ビックリした…」
「……」
「どうかしたの?」
「いいや。…あんた、しばらくここを出るんだろう?」
「う、うん。あ、でもすぐ帰ってくるよ?」
「…そうか」
「大丈夫だよ。大丈夫」
「……行くなと言ったら?」
「え?」
「行くな、と言ったら…あんたは行くのを止めるのか?」
「それは…」
「……今のは気にするな。早く行ったらどうなんだ?」
「えっ、う、うん。行って来ます」

主はいつもの似合わない愛想笑いをして本丸から出て行った。
俺は、あの日の主の背中を静かに見送った。

主は本丸を数日空ける事は数えきれないほどあった。
たしかに別れ際に数日空けるとは言われたが、一週間以上本丸に戻ることは今まで無かった。
本丸の連中は主が帰還しないことに疑問を覚え始めた。
矢先。こんのすけが現れた。
「主が本丸に帰還することが出来なくなってしまいました」
その言葉に連中は激高した。今まで見たことの無い表情をしながら怒る者も居た。
予想外の反応だったのか、こんのすけは俺達に提案を差し出して来た。
「一振りだけ現世に行くことを許します。但し、96時間以内に主を見つけ帰還すること。それが守られなければ、本丸は解体処分となる」
処遇に文句は出なかった。
だが、誰が現世に行くかで揉めた。話し合いでは決まらず、籤で誰が行くか決めることになった。
刀紋が書かれた紙を箱に入れ、それを陸奥守が引いた。

「おぉ、まだ居ったがか」
「なんだ」
「見送りぜよ」
「…そうか」
「わしがこの手で迎えに行く権利を掴み取っていたはずだったんじゃがのぉ…」
「…」
「赤い糸には勝てなかったぜよ」
「何を言っているんだ?」
「おっこうなくらい怖い顔しちゅう…。ともかく、主のこと頼んだぜよ」
「…わかっている」

陸奥守に強く肩を叩かれ見送られた。
本丸の連中、全員が主の帰りを待っている。
こちらを出る際にこんのすけから「あちらで変装する為に」ということで眼鏡とバッグを渡された。

***

こちらに来たのは木曜日の21時頃だった。
帰還するのは日曜日の21時頃。
現世に来る際に、こんのすけには主が行きそうな場所は聞いていた。
「詳しい事は伝えることは出来ないが検討を祈る」と言って、俺を送り出した。
だが、思っていた以上に主は見当たらなかった。
1日中一睡もせず飲まず食わずで探したが、見つからず一度態勢を整えようと近くの万屋に寄った。
中では曲名は知らないが歌が聞こえていた。恐らくこれは時間が無い合図なのだろう。
出来るだけ手軽に食べることが出来るようなもの。握り飯と茶さえあれば十分だ。
一切の迷いなく、店内を回った。
会計を済ませようと向かおうとした時、雷に打たれたような衝撃だった。
俺の目の前には主が居た。
気がつけば手に持っていた茶を落としていた。それに気が付いたのか、主は振り返った。

「…」

主は俺の姿に疑問を持ったのか、きょとんと固まっている。
何故だ。
何故俺を見ても何も言わない。
思考回路が止まったようにどうすれば良いのか浮かばない。

「……あの、大丈夫ですか?どこか具合でも悪いのですか?」
「…いや……」

思わず我に返り、平然を装いながら茶を拾った。
何が起きているのは整理出来ない。
だが、可能性として顔の似た別人ということもあり得る。
一瞬目が合う。それに慌てて女は目を逸らした。
逸らした目を見つめ続ける。
一か八かだ。鎌を掛けてみるか。

「…」
「…」
「……あんた、覚えてないのか…?」
「え?」
「…悪い。人違いだ」
「そ、そうだと思いますよ」

よく本丸で見た愛想笑い。
間違いないだろう。この女は主だ。
標的を定めたように主を見つめる。
主は一度確認するように俺の目を見たが、そのまま去って行く。
気付かれないよう主の後を追う。
着いたのは古臭い集合住宅だった。これがアパートというやつなのか。
主が入って行った部屋は2階の真ん中の部屋だった。
近くを索敵する。どうやら主の部屋の左隣には誰も住んでいないようだ。
鍵の掛かった部屋の握り手を再び回す。
元の生活を取り戻す為、俺は部屋に入った。

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