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  03 覚悟


ついにこの時が来た。
場所は予告通り近所のファミレス。
日曜日の夜ということもあって比較的空いている。
目の前に座る高校生に何を話せばいいのか。
Tシャツにジーンズといつものギターバッグでラフな格好ではあるが、大人でも子供でもない高校生独特の雰囲気に押されている。
当の本人は私と話す気は無いようで、頬杖をしながら夕暮れの空を眺めていた。

「まだ、注文の品来ないね」
「…あぁ」
「黒龍くんは明日、学校なの?」
「……いいや」
「休校日なの?羨ましいなぁ。私は明日お仕事だよ」
「…そうか」
「…」
「…」

気まずい雰囲気が流れる。
だが、珍しく彼から口を開いてきた。

「あんた、本当に覚えていないのか?」
「…なんのこと?」
「…本丸でのことだ」
「ほんまる?」
「……あんたは俺達の「主」で、俺達は歴史を守って戦っていた…。俺は、あんたを連れて帰らなければならない」
「…なんの冗談?」
「あんたが帰って来ないと何も始まらない。……本当に、覚えていないのか?」

初めて見る真剣な表情に思わず息を呑む。
だが、私には彼の言っていることが全く理解出来なかった。

「……なんのこと…?」

「そうか」と小さく答え、一瞬彼は目を伏せたように見えた。
更に気まずくなった雰囲気を切るように、目の前にハンバーグ定食が運ばれてきた。

***

あれ以降会話はなかったが、食事を終えファミレスを出ると外は雨が降りそうな匂いがしている。
2人も傘は持って居ない。黒龍くんに雨が降るかもしれないと伝え、足早に帰る。
せっかくだから、近道して帰ろうと彼に提案し大通りではなく裏路地に入っていく。
だが、その道中。雷が落ちたような音と光が私達を襲った。
地鳴りのような雷鳴に思わず心臓が出る程驚いたが、もっと驚いたのは目の前に現れたモノだった。

「ば…化け物…!?」
「…クソ。約束の時間よりも随分と早いな…。検非違使…!」
「こ、黒龍くん!逃げよう!」
「……下がっていろ…」

そのまま一歩づつ彼は化け物の方へ立ち向かうかのように歩いてゆく。
彼が黒縁眼鏡を外した途端、背負っていたギターバッグの鍵が開いた。
手際よく棒状の何かを取りだすと、彼の左手首から肩にかけて、まるで生きているように龍の刺青が腕に巻き付いてゆく。
その龍に気を取られていると、Tシャツ姿だった彼は学ランを羽織っていた。
朱色に染まった腰布を纏い、腰布には戦国時代の武将がするような武具をしていた。
どくんと心臓が跳ねる音が響いた。
夢で彼に会ったことがある。
きっと、彼なんだ。
呆然としていると、彼は棒状の物をスライドさせた。よく見るとそれは刀だった。
彼は迷いなく化け物に斬りかかるが、槍を持った化け物も見た目とは裏腹に身軽に攻撃を避ける。
目の前で何が起きているのか理解出来なかった。
だが、彼はあの化け物を倒そうと懸命に戦っている。
1体しか今はいないが随分と手古摺っているように見える。
ゆらっと揺れた槍は彼を目掛け刺そうとするが、彼は風に舞う木の葉のように避け敵の首を狙うように刀を振るう。
刀は敵の首を刎ねた。ごろんと落ちた首に身体全体が強張る。
殺された敵は成仏するように光の玉になって天に昇っていった。
その光に見惚れていたが、彼の背後で再び揺れる青い光があった。

「黒龍くん、後ろ!」

彼は今の戦いで消耗しきっていたのか、上手く避けることが出来ずに鋭い槍の一撃を食らう。
槍の穂先からは、赤い液体がぽたぽたと零れ落ちている。
黒龍くんの頬からは血がぼたぼたと流れている。その姿はあまりにも痛々しい。
肩で息をしていたが、彼は最後の力を振り絞るように刀を握り、敵を斬り殺した。
雨が降りそうな空は一瞬にして晴れた。
それに安心したのか、彼は刀を鞘に納めると膝から崩れ落ちそうになる。
咄嗟に彼に近寄った。だが、彼は気丈に振る舞い、私の介抱を拒もうとする。

「こ、黒龍くん、大丈夫!?」
「あぁ」
「病院…。病院に行きましょう!?この怪我は酷いよ!」
「……俺のことは俺が決める。あんたなんかじゃない…」
「そうは言っても、あなたボロボロじゃない!」
「…」
「病院に行こう!今、救急車も警察も呼ぶか―――」

殺気立った金色の瞳に射殺され、思わず身動きが取れなくなった。
下手にこちらが動けば殺される。そんな気がしてしまった。
彼は私が動きを止めたことに安心したのか、その場に膝から倒れた。
歩み寄り介抱するが「触るな」と言わんばかりに目で威嚇された。
刀を無造作に捨てられたギターバッグに入れ、それを背負う。
そして、威嚇する彼なんかお構いなく彼の腕を私の首に回し、背中をがっちり掴んで引き摺るように一歩一歩踏み出した。
引き摺られながら彼は、私の態度に諦めが付いたのか、目から先程の覇気が消え身体を預けられた。
ここから家までだいたい300mくらいだ。
職場の飲み会で潰れた上司を介抱した時より断然良い。
だが、酔っ払いの上司より体格の良い高校生を引っ張りながら帰るのが少しずつ辛くなって来た。
鉛のように重たい彼の身体と棒になっている足で、必死に前へ進むのは辛い。辛くて仕方ない。
辛いのに、どうして私は止めようとしないのだろう。
つい最近見知った男子高校生に何故こんなにも必死になるのだろうか。
スーパーで声を掛けられたから?お隣さんだから?彼が私を守ってくれたから?私が彼の「主」だから?
知らない。そんなの知らない。知るもんか。
私は私だ。それ以上でもそれ以下でもない。
そもそも人を助けるのに理由なんていらない。
アパートの階段を泣きそうになりながら、彼を落としてしまわぬよう一段一段ゆっくり上がった。
部屋の前に着いた時には化粧は汗でどろどろ、息は上がって情けない姿だ。必死になりながら枯れそうな声で彼に問う。
「ねぇ、鍵はどこ?」その問いに目で返事をされる。どうやらギターバッグにあるようだ。
彼の身体を器用に支えながらギターバッグから鍵を取り出し、鍵を開けた。
扉を開けたその先には、あまりにも殺風景な光景が広がっていた。
ベッドに机。それ以外は何もない。あるとすれば備え付けの棚くらいだ。
あまりの生活感の無い部屋に驚いてしまい、彼に視線を向ける。頬の切り傷が痛々しくて見てられない。
はっと我に返り彼をベッドまで運ぶ。

「…ほら、着いたよ…」
「…」
「傷、痛くない?今、家に帰って救急セット持って来るね」
「……放っておいてくれ…」
「え?」
「…」
「…でも、その切り傷は流石に痛そうだよ…」
「痛くはない」
「…そう。…でも、切れたところ絆創膏貼らないと傷口にバイ菌が入るわ」
「…」

彼を置いて自宅に戻り、絆創膏を探した。
だが、5cmくらいの傷を隠せるような絆創膏は家に常備していなかった。
滅菌ガーゼが救急セットに入っていたことに気が付き、これなら大丈夫だろうと確信し再び隣に戻った。
家に入ると彼はそのままベッドに横になっていた。
目を離したらふらっと何処かへ行ってしまいそうで不安だったが、よほど身体が辛いようだ。

「大丈夫?」
「……慣れ合うつもりは無い…」
「はいはい。ちょっと動かないでね」
「…っ」

彼は私を突き放す気満々だが、手の掛かる弟だと思えば可愛いもんだ。
不慣れながらも応急処置を行った。
ガーゼを固定する為にテープを切ったが数回ひっついてやり直した。
一番傷が深そうに見える頬の傷は、何重にもテープを貼った。

「…ふぅ。とりあえず応急処置終了したよ」
「……」
「さて、お粥でも炊くか。お米使わせてもらうよ」
「…もう、放っておいてくれないか…」
「どうして?」
「……あんたの声が煩くて仕方がない…」
「じゃあ、喋らないで作業するわ」
「……そういう態度が煩いと言っているんだ…」
「でも、あなたはそういう私を連れて帰ろうとしているんでしょう?」
「…」
「ねぇ。本当に私なの?他人の空似ではないの?」
「…」
「私があなたの主って確証なんかないのに、あなたは身体を張って戦っていたの?」

彼は人間ではないのかもしれない。
あんな化け物と対等に戦えるなんて普通の人間には出来っこない。
たとえ人間ではなくとも、彼は高校生にしか見えない。
私のせいで彼を危険な目に遭わせるのは申し訳なかった。
しかも私を「主」と勘違いしているからなおさらだ。

「……確証は、あんたの仕草だ」
「え…」
「ただ…それだけだ」

彼は全てを吐き出したのか、随分と穏やかな表情になっている。
そして、そのままゆっくりと瞼を閉じた。

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