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  01 業


『…ごめんなさい』

ハッと目を覚ました。
夢を見ていたのに現実だった気分だ。
胸がざわざわとしている。思わず胸を抑えてしまう程だった。
目に入った時計が示す時間に絶句した。叫びながら朝の支度を始めた。
私の悲鳴がアパート全体に響いた。

窓から見えている景色はいつもの見慣れた景色だった。
ビルの窓や目が痛くなるほど強烈なネオン、時々聞こえる若者の酔っぱらった声。
今日は、華の金曜日。
周りの上司や同期はウキウキしながら定時時間を待っていた。
それにも係わらず定時前に急な仕事を頼まれ、社員一同いつもより遅い退社となった。
時計が示す時間は20時。自宅から近所のスーパーが閉まる時刻は21時。
今から行けば滑り込みで買い物は可能だろう。

***

最寄りのスーパーに着いた。
中では蛍の光が聞こえる。時間がない。
一切の迷いなく、ルーチンのようにカゴに入れ速足で店内を回る。
一通り目的の物はカゴに入れ終わり、レジに並ぼうと歩いて行くと背後からペットボトルを落としたような音がした。
私が落としてしまったのではないかと反射的に振り返ると、学ラン姿で大きなギターバッグを背負った高校生と思われる男の子いた。
どうやらその子が落としたようだった。

「…」

彼はペットボトルを拾おうとせず、石のように固まっていた。
まるで、彼だけ時間が止まったように動かなかった。
あまりにも心配だったので声を掛けた。

「……あの、大丈夫ですか?どこか具合でも悪いのですか?」
「…いや……」

彼は我に返ったように、そそくさとペットボトルを拾った。
栗色の髪と瞳に褐色の肌。目を隠すように伸びた前髪と黒縁の眼鏡。
表情は高校生独特の何処か少年っぽさと青年っぽさが残っていた。
独特な雰囲気を醸し出す高校生に恥ずかしいが見惚れていた。
思わず目が合ってしまい、内心とても焦りつつ目を逸らした。
だが彼はずっと私のことを見ている。

「…」
「…」
「……あんた、覚えてないのか…?」
「え?」
「…悪い。人違いだ」
「そ、そうだと思いますよ」

こんな男子高校生と知り合いのはずがなく、思わず職場で出しているような愛想笑いをした。
再び目が合った時、眼鏡の奥から見える彼の瞳が一瞬金色に見えた。
疲れているのだろうかと思い、立ち去り際に再度目を合わせたが栗色の瞳をしていた。
明日明後日は仕事が休みだ。この際だから目一杯身体を休ませよう。そう決意しスーパーを後にした。
この日の出会いが、私の止まっていた時間を動かし始めた。

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