Novel | ナノ


  同田貫正国×女審神者


目を覚ますと知らない場所にいた。
八畳程度の部屋に机と椅子が二脚、そして簡素な台所。
窓も無ければ、扉も無い。奇妙な部屋にいた。
一人かと思えば隣で呑気に主が寝ている。
「おい、起きろ」
主を揺さぶりながら呟くと、まだ寝かせろと言わんばかりの態度をしたのでデコをはたく。
機嫌悪そうに渋々と起きその場に足を崩し、くつろぎ始めた。そして俺が目を覚ましてからの状況を説明した。
すると待ってましたと言わんばかりに何もない壁に文字が浮かび上がって来た。
≪料理をして一緒に食べなければ出られません≫
扉という扉、窓という窓がない完全密室。
はっきり言うと意味がわからないが、この課題を達成しなければならないのは明白だ。

「はぁ?料理だって?あんたは出来るのか?」
「…」
「おい、聞こえてるか?」
「聞こえている」
「で、どうなんだ?」
「それに関しては問題ないと思われる」
「そうか」
「それにこの部屋を出るには、料理するしかないのだろ」
「そうだな。そもそも俺はこんな得体のしれない部屋で散るつもりはないからな」
「わかっている」
「よし、やるか」
「そうだな」
「そういえば何を作れとは指定されてないな。適当に卵でも焼いてりゃなんとかなるかもしれないぞ」
「言われて見ればそうだ」

主はむくっと立ち迷いなく台所へ向かう。
無造作に置いてあった前掛けを取り気合いを入れ絞めている。
「同田貫も」ととても趣味の良い色とは言えない色違いの前掛けを渡される。
ため息を吐きながら主から手渡された前掛けをする。
単刀直入に言うが俺の主は、何を考えているのかわからない。
常に仏頂面で、笑顔はおろか表情を変えることが珍しい。
本丸立ち上げ当初からいる古参刀ではあるが、未だに考えていることが読めない。
時折俺達、刀剣男士よりも機械的な時もある。
それがこの謎の密室でも起きているのは確かだ。

「同田貫、それで卵を焼くと言ったが肝心の卵が見当たらない場合はどうすればいい」
「はぁ?…だが言われて見れば食材になるものが無いな」
「聞こえてるんだろう?私たちを閉じ込めた人。卵は何処だ?」

呟いた言葉は空虚に響く。
だが、まるで考えていたように間を置いて再び同じ場所に文字が浮かぶ。
≪こちらで手違いがあり失礼致します。ですが、卵を焼く料理は簡単過ぎるので申し訳ありませんが却下させて頂きます。変わりにこちらで指定した料理を作って頂きます≫
こちらの反応を伺う前に文字は消え、机上に食材がまるで最初からあったように置かれていた。
ざっと見た所、豚肉、砂糖に酒、みりん、そして生姜。

「おい、これは生姜焼きを作れってことで良いのか?」
「生姜焼きか」
「久しぶりに食えるな」

≪ご名答です。卵を焼く料理よりは手間はあるかもしれませんが、比較的簡単な料理です。それでは健闘をお祈りしています≫
言うだけ言って文字は消えた。
材料の近くにはご丁寧に無機質な機械で打ち出された文字で調味料の分量や作り方を書いた紙もあった。
流石に料理が出来ない俺でもなんとかなるだろう。

「さて、やるか」
「あぁ」

まず初めに肉を焼く下準備として、調味料合わせる。
主にその合わせダレを作ってもらっている間に、俺は肉を軽く焼くことにした。
この程度なら俺でも出来るから案外早くこの部屋から脱出出来るだろうと思っていた。
だが、それは呆気なく覆される。
見ているこちらが不安になる程、ぎこちない手つきで主は計量していた。
「…まさか、な」
頭に過った不安は清々しい程的中する。

「終わったぞ、同田貫」
「お疲れさん。ほら、あとは肉を焼いてからタレ入れて終わりだ」
「…あぁ」
「…」

主は生唾を飲み今まで見たことのない表情をしながら鍋にタレを入れた。
肉を炒めようと箸を持っているが、先端は細かく震えている。
なにかに恐怖を覚えた子供のように、おどおどとしたようにも見えた。

「…おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ。問題ない」
「問題無かったらそんな箸まで震えるような手の震えはしないはずだぞ」
「…」
「…苦手なんだろ、料理」
「……あぁ…」
「だったら素直に言えよな。ほら、箸貸せよ。あとは俺やっとくから、主はそこの皿取ってくれないか」
「だが、それでは…」
「早くこの部屋から出たいんだろ?それに肉が焦げちまう」
「わかった。すまない…」

居た堪れないような顔をして箸を差し出す。
いつもは淡々とした言動が多い主が初めて見せる表情だった。
その表情に複雑な心境になったが、肉は焦げることなく焼けた。
主と二人で盛り合わせをし、調理は終了した。
美味しそうな匂いが充満する部屋に向かい合わせになりながら席に着く。

「さっさと食って、こんな部屋から出ようぜ」
「…あぁ」
「あんた、どうしたんだよ。部屋から出たくないのか?」
「出たい。だが、同田貫。お前に殆ど任せてしまった」
「…まぁそんな気に病むほどの事じゃないだろ」
「だが…」
「さ、とっとと食っちまおうぜ」
「……同田貫。何故聞かないんだ、嘘をついていたことを」
「…まぁ、確かに料理出来ない事には驚いたが、別に得手不得手なんて誰にでもあるだろうが。そんなこと深く聞いてどうすんだって話だ。それに、そんなに俺に任せたことが後ろめたいなら、もっと料理の練習した方が良いんじゃねぇか?」
「…お前は本当に真っ直ぐだな」

複雑に絡まった糸が解れるように主は柔らかく微笑んだ。
初めて見た表情に思わず箸が止まり口に運びかけていた肉が落ちる。
妙な気分に陥ったが、主は何事も無かったように仏頂面に戻り食事を始めたのを確認し俺も再び肉を口に運ぶ。
「ごちそうさまでした」と両手を祈るように合わせ食事を終えると、どこからともなく扉が出現した。

「帰るぞ、同田貫」
「あぁ」
「…」
「どうかしたか?」
「私が料理の勉強をしたら、誰よりも早く同田貫にご馳走するよ」
「…まぁ、それまで気長に待ってるぜ」

この扉を開ければ、日常に戻る。今日も明日も明後日も戦に明け暮れる日が続く。
だが、いつの日か主から飯をご馳走になる日を楽しみにするのも悪くはないのかもしれない。

August 25, 2016
prev / bookmark / next

[ back to Contents ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -