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  歌仙兼定×女審神者


「主!起きるんだ!」

歌仙のけたたましい声が脳内に響く。
今日は本丸全体休業日にしたはずなのに、一体何だというんだ。

「も〜…。今日はみんな非番にしたはずだよ?今日くらい寝てたっていいじゃん…」
「この状況を見てもそう言い切れるのかい?」
「…え?」
「……まったく、本当に困ったものだよ…」

私室で寝ていたはずなのに、違う部屋にいる。
そのうえこの部屋は本丸のどこにもない知らない部屋だ。
何が起きているか理解できない。
だが、この状況は異常だ。

「こんのすけ、聞こえる?こんのすけ?…ダメね、通信出来ない」
「窓も扉もない完全なる密室だね。恐らく罠だ。主、警戒を解かないでくれ」
「えぇ。わかってるわ」
「聞こえているんだろう。何が目的だ。ここから出せ」

歌仙の威圧的な声が部屋中に反響する。
抜刀しようと刀に手に掛けた瞬間、壁に何か浮かび上がって来た。
≪抱擁しないと出られません≫
余りにもふざけた文章だった。
敵の掌で転がされている。

「…ふざけるな。仮に抱擁したとして僕達をこの部屋から出す気は無いだろう?」
「抱擁している間に背後からグッサリ…とかもあり得そうだしね。どこの誰だか知らないけど、そういう手には乗らないから」

その後、再び文字が浮かび上がって来た。
≪なんとでも仰って頂いても構いませんが、この部屋から出るには課題をクリアしなければならないことだけは伝えておきます。どうぞごゆっくり≫
不愛想な文字はそのままゆっくり消えた。

「…ねぇ歌仙。どう思う」
「どうって…。僕は得体の知れない文字を信じるつもりはないよ。ただ、この部屋を出るにはそれしかないというのがどうにも納得いかないし雅じゃないね」
「何か違う方法ないかな。歌仙の刀は切れ味抜群だからこの壁くらい簡単に斬ってしまいそうだけど」
「それは流石に丁重にお断りするよ。でも、一度部屋を詳しく調べて見た方が良いかもしれない」
「うん」

部屋の様子を二人で恐る恐る探ることにした。
先程歌仙も話していたが、この部屋は窓も扉もない密室。
おまけに家具もない引っ越し後のような何もない部屋だった。
そんな部屋に壁に耳を当ててみたり、叩いてみたりしたが変化はない。

「…はぁ。こんなに出口を探しているのに、無いなんて…」
「あぁ、全くだ。壁のどこか隠し出口となる隙間のような物があると踏んでいたんだけどね…」
「……もう、諦めて抱擁しちゃう?」
「僕はこんな話、信用出来ないよ」
「じゃあ、ずっとこんな部屋に居続けたいの?私は嫌だよ。閉所恐怖症じゃないけど、何もない部屋に居続けたら狂っちゃいそうだわ…」

ぐぅぅうぅぅ…

「……ごめんなさい」
「…そういえば君は朝食抜きか…。わかったよ。やろう、やればこの部屋から出ることが出来るんだ」
「うん。じゃあ、はい」
「ん?」
「え?」

大きく広げた両腕に歌仙は違和感を覚えたようだった。
彼は私から来ると思っていたらしい。
歌仙には悪いけど、私から行くなんて恥ずかしいから絶対お断りだ。

「さ、歌仙おいで。さっさと終わらせよう」
「いいや、主。君から来るんだ」
「断る」
「即答されてもね…。僕からは行かないよ」
「歌仙、お腹減った」
「それは主が早起きしないからだろう?」
「うっ…」
「君が昨日の夜遅くまで日本号達と呑んでいたことを知らないとでも思っていたのかい?」
「…」
「ちなみに今日の朝は胡瓜の甘酢煮、蜆の味噌汁、鮭の塩焼き、揚げ出し豆腐、牛蒡の炊き込みご飯に日向夏」
「私の好きなものばっかりじゃん…。わかったよ!やるよ、やる!」

お腹が減っていることを良い事に上手い事乗せられた。
歌仙は大きく両手を広げて私が彼に飛び込んで来るのを待っている。
数歩踏み出せば彼の懐に飛び込める。
だが、いざやるとなったら行くに行けない。
思わず生唾を飲む。
ふと彼に視線を向けると花緑青の瞳が揺らいでいた。
もしかして彼も動揺しているのだろうか…。
神様仏様、どうか、私に一歩踏み出す勇気を下さい。

「……っ」
「…」

歌仙の胸に飛び込んだ瞬間、彼の香に全身を包み込まれた。
そして、同じ瞬間に真っ白な光に飲み込まれた。

頭が痛い。
きっとこれは昨日日本号達と呑み過ぎたからだ。
重たい身体を引き摺って布団から這い出る。
今日が本丸全体非番の日で良かった。
ぐぅぅうぅぅ…と腹の虫が鳴く。
朝食を求め台所へ向かった。

「…あ、歌仙、おはよー」
「……あ、おはよう主」
「ふあぁ…。今日は随分と張り切って朝食作ったね…」
「いくら非番とはいえ、食事は毎日食べるものだからね。抜かりはない」
「…あれ、よく見たらこれ私の好物ばっかりじゃん」
「今日は特別な献立なんだ」
「へぇ…」
「…今日は何の日だい?」
「えっと…米の日?」
「はぁ…」
「ちょっと、ため息つかないでよ…」
「主、お誕生日おめでとう」
「…え?」
「「「お誕生日おめでとう!」」」
「えっ!?ええっ!!?」
「あれ、主。今日が誕生日じゃなかったのかい?」
「そ、そうだよ。ありがとう、みんな…。本当、ビックリしちゃって…。というかね、今日が誕生日だったて言う事自体忘れてて…。あぁ、腰抜けそう」

歌仙の言葉に続いて何処に隠れていたのやら、本丸のみんなが出て来た。
今日が誕生日だったことが仕事に追われ過ぎて、自分でもすっかり忘れていた。
祝ってくれるみんなに丁寧にお礼を言った。
最後は歌仙だった。

「これからもどうぞ宜しく。さ、ご飯が冷めてしまう前に召し上がれ」
「歌仙…。ありがとう」
「お安い御用さ」

ふわっと花が綻ぶように彼は微笑んだ。
その微笑みに胸が温かくなった。
今日は最高の一日の始まりだ。

August 18, 2016
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