燭台切光忠×女審神者
目覚めた時、執務室で一人だけで仕事をしていたはずだが燭台切が傍に居た。
「…どうかしたのか、燭台切」
「あぁ、やっと目が覚めた。寝ぼけてはないかい?」
「いや、寝ぼけてなんか…。ここはどこだ…?」
目を凝らせばここは執務室ではない場所。
部屋の距離感を失うほど天井も床も壁も真っ白な部屋だった。
飛び起きて出口が無いか壁を触ったり耳を当ててみたりとしてみたが、出口らしきものは見当たらない。
「あ、主!そこの壁…」
「…これは」
燭台切が指差した方向には真っ白な壁には目が痛くなるほど鮮やかな赤で文字が書かれていた。
≪この部屋は告白しないと出られません≫一瞬目を疑った。
思わず目を擦ったが文字は変わっていない。
「…告白しないと出られない…だと…?」
「……そうみたいだね…」
告白といえば大半の人が思うのはきっと、好きとか愛しているとか愛情を伝えるものだろう。
だが、残念ながら燭台切に対して、いや刀剣男士達には好きという感情は持って居るがそれはビジネスライク的な意味の好きだ。
それを踏まえるとどうやら愛の告白という意味の告白でなくても良さなさそうだ。
「…僕が告白すべきこと、か…」
燭台切よりも短いクセの入った髪の毛を無造作に掻きながら俯いた。
僕は誰がどう見ても見た目は男性だ。だが、身体は違う。
父方の家計は、長女は早死にという古臭い言い伝えがあった。
父は僕が早死にすることを恐れて、義務教育が終了するまでは男として育てた。
義務教育が終了したことで、母の反感も買ったこともあり、それからは女性として生きてきた。
だが、女性として振る舞って生きることがもどかしく、習慣づいていた男装している時の方が落ち着いた。
だから常日頃から男装をして本丸に居た。
彼等に嘘をついているつもりは無かったが、僕が女性だということを知られるのは怖かった。
「…主が思いつかないなら僕から先にいいかい?」
「え、あぁ。構わないけど、燭台切が告白すべきことってあるのか?」
「実は、最近新しく料理の幅を広げようと思って色々試していたんだけど、そのせいか鍋をボロボロにしてしまったから鍋を新調したんだ」
「そ、そうか…」
「あ、もちろん僕のお金から出したから心配しないでね」
「…その、ちなみに何を作ろうとしたんだ?」
「えっと…敵短とーー」
「いい。それ以上はいい。聞きたくない」
「うーん、いい感じになるとは思っていたんだけどね…。それで、主は思い浮かびそう?何か小さい事でも良いとは思うんだけどね」
燭台切は気楽そうに笑った。
案外この空間を楽しんでいるように見える気もするんだが気のせいだろうか。
「…それが、燭台切が言うような小さいことが思い浮かばなくてな」
「じゃあ、何か適当に何か言ってくから思いついたことを…」
「いや、でも告白しなきゃならないことはある。…ただ、その、燭台切、約束してくれないか。これから言うことは全部知らなかったことにしてくれ。この部屋を出たら忘れてとは言わない。……その…」
「…」
「誰にも言わないで欲しい。頼む…」
「あ、主!そんな深々と礼をしなくても僕は他言する気は無いから信じて」
「…すまない」
顔を上げると燭台切は隠しきれないくらい困った表情をしていた。
何か簡単に言えるような告白があれば良いのだが、機転が利かず全く浮かばない。
重い話になってしまう覚悟は出来ている。
爪が真っ白になる程手を握りしめ、覚悟を決め燭台切に全てを吐いた。
「……僕は、その、信じてもらえないだろうが…」
「…」
「女だ。色々と難しい家の出でな…。幼いころから男として育てられたから、今も男装しているほうが楽なんだ。嘘をついているようでずっと言えなかったのは申し訳ない。本当にごめんなさい」
「……そうだったんだね。知らなかったよ。でも、主は主でしょ?男とか女とか関係ないよ。だからそんなに謝らないで」
「燭台切…。あ、ありがとう」
彼の火の灯ったような瞳は、にっこりと閉じられた。
安心した瞬間、その場に思わず座ってしまうほど全身の力が抜ける。
力が抜けたと思ったら目を開ける事さえ難しくなってきた。
あぁ、これは夢だったんだ。
心地よい微睡に全てを委ねた。
「ねぇ、こんのすけくん」
「なんでしょうか」
「ちょっと君たち意地悪すぎないかい?」
「何の事でしょうか」
「…はぁ」
こんのすけくんにわざとらしく問うがは表情一つ変えやしない。
あの部屋に居たとき、僕が見た部屋を出る指示は綺麗な青い文字で書かれた
≪この部屋は嘘をつかないと出られません≫文字を見て主が放った言葉に耳を疑った。
同じ部屋に居るはずなのに見えている文字は全く逆。
そして、僕の主はあまりにも真面目過ぎる人間だから告白するとしたら、この事しかないとスイッチが入るに違いなかった。
「僕が主のこと何も知らないとでも思っていたのかい?」
「…」
「それとも、政府的には僕が抱く感情が異常だとでも思ってるのかい?」
「そんなことはありません。今回の件はあくまでも主と刀剣男士の絆を深めるためのレクリェーションです。燭台切光忠。貴方が不審に思っているようなことは全く心配ありません」
「疑って悪かったね。…まったく格好悪いね」
「…ただ、貴方が彼女を想う気持ちが仮初の物でないのであればあくまでも優先すべきものを考えながら行動して下さい」
「了解。公私混同はしないから安心してよ」
こんのすけくんは安心したのかその場を立ち去った。
この想いは仮初の物ではない。
だからこそ、あの時主を傷つけたくなくて嘘を吐いた。
僕よりも短いボサボサになっている髪を梳いて、すぅすぅと人間の子供のように寝息を立てる主に毛布を掛け、彼女の部屋を後にした。
August 11, 2016
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