私と君と
「好きだ」
それは学校祭の後、教室で行われたささやかな打ち上げのことだった。
片付けを済ませ、二人きりになった夕暮れの教室。
学生服の彼は余ったお菓子の入ったダンボールを脇に抱えて言った。
「え?」
「好きだ」
「リヴァイ、好きな人が出来たの?」
「先生、あんただよ」
なにかの聞き間違いだろう。
そう思って彼に「冗談でしょ」と言うと、彼の眼はいつになく真剣だった。
「俺は本気だ」
ハッキリ言って戸惑った。
教師歴3年目のひよっこ体育教師の私がだ。
生徒に告白されるなんて思ってもいなかった。
しかも教え子に。
「ミカサ、俺は本気だから。絶対、お前を幸せに出来るのはこの俺だけだからな」
そう言って、彼はダンボールを抱えて教室から出て行った。
だがよく考えると、そんなの高校三年の年頃の男の言うことだ。
からかって私の反応を見て楽しんでいるのだろうと思いその日は流した。
何事もなく。
***
「先生、返事聞かせて」
「は?」
翌日の放課後だった。
部活の指導も終わりこれから帰ろうと職員室を出た時、彼は待機していた。
もう時計の針は七時をまわっている。
「リヴァイ、何時だと思ってるの?もう、生徒は帰る時間…」
「返事するまで帰らない」
「何、言っているの」
少し崩した学ランに学生鞄を肩からぶら下げ、睨むようにこちらを見る。
ホームルームで見せる顔とは違う。
真剣そのものだ。
思わず後ずさりをするところだった。
「だから、昨日の返事、聴かせて」
そうだ。これは私をからかっているんだ。
子供が大人をからかって遊んでいるのだろう。
私もからかってやろう。
「ごめんね、リヴァイ。私にはもう、心に決めた人いるから」
本当は、そんな人いない。
それに近い人はいた。
でも最近になってそれが恋愛感情でないと気が付いた。
大切な人。家族のように大切な人を思う感情だと。
「…そうか…」
彼は表情一つ変えずにそのまま去って行った。
少しだけ背中が寂しそうだった。
のは気のせいだろう。私も家に帰った。
***
翌日、彼は来たが様子が変だった。
いつもだと、ホームルームでは眠たそうな顔をしているが、ちゃんと話は聞いていた。
だが、今日は机につっぷして話を聞くことすらしようとしない。
体育の授業もそうだった。
いつもはエルヴィン達とそれなりに楽しそうに授業を受けているのに。
今日はなんだか彼独特の殺気…のようなものが出ていた。
冷静沈着なエルヴィンでさえ、額に汗を浮かべていた。
これはさすがに変だ。
「ちょっとリヴァイ、良いかしら」
「はい」
彼を職員室に呼び出した。
少し不服そうだったが、すぐいつも通りの彼に戻った気がする。
職員室のなかにある面談室。
窓はあるのだが少しジメジメした室内は少し居心地が悪い。
「…単刀直入に言うわ。リヴァイ、今日の様子変。何かあったの?」
「別に」
「そう。なら良いわ。じゃあ、面談終わり」
「…もしかしてミカサ、俺のこと気にしてたのか…?」
「は!?」
思わず大きい声を出してしまった。
それに彼も少しは驚いたようだった。
「ミカサじゃなくて、アッカーマン先生でしょ?リヴァイ」
「そこかよ」
真顔でツッコミを入れられたが、知らんこっちゃない。
生徒が教師に向かって呼び捨てを…。
しかも下の名前を…。
「リヴァイ、とりあえず今日は許そう。明日からは普通に今まで通り学生生活に励みなさいよ」
「わかってる」
「それと、悩みがあったら私でも誰でも良いから相談できる先生に話しなさいよ」
「どうしたら、俺、先生に好きになってもらえますか」
何も聞いてないふりして面談室を後にした。
***
「で、その生徒どう思うエレン」
「…どうって言われてもなぁ」
よくあるチェーン店の居酒屋。
金曜の夜とだけあって少し混んでいる。
そこにカウンター席で二人ぽつんと取り残されたように食事をする。
ネクタイを緩めお酒が入っていつもより優しめの声で呟く、私の幼馴染。
以前話していた、家族と同じくらい大切に思っている人だ。
「でも、もしかしたら本気かもしれないぞ?」
「そんなわけあるわけない」
「否定をすることから始めるなよ。まず肯定してみようぜ」
「…肯定したら、彼は私を好いていることになる」
お酒の入ったグラスを手で包む。
グラスに付いた水滴が熱くなった手のひらを冷ます。
「肯定して、どうだ?」
「…どうって。なにもない。彼は生徒。私の可愛い教え子。それ以上でもそれ以下でもない」
「そうか。それは良かった」
「…うん」
ふと隣に座ったエレンと目が合った。
いつもの彼ではなかった。
思わずビクッとしてしまった。
「タコから揚げお持ちしました」
エレンと私の間に入るように伸びた腕で我に返る。
ふとその腕から目線を上に持っていく。
「…リ、ヴァイ…」
「え?」
「どうも、お疲れ様です。アッカーマン先生」
その表情は阿修羅のごとく、殺気立ったものだった。
彼は、そのままエレンの方に視線を移した。
「…では、ごゆっくり」
「えぇ」
そうして彼は去って行った。
エレンはグラスを持ちながら少し笑っていた。
何が可笑しいのだろうか。
「もしかして、あいつが言ってた生徒?」
「うん」
「なんか意外だな」
「え?」
「ミカサがあんな男に好かれるの。もっと、こう、キッチリしてる奴かと思った」
「先生に告白する時点でキッチリしてるとは思わないけど…」
「だな」
そう言ってまたお酒を飲み直す。
彼の持ってきた、タコから揚げをつまみにして。
***
精算を済ませ店を出て、家路に付こうとした時だった。
「先生!」
後ろから声がした。思わず後ろを振り向いた。
リヴァイだった。
睨むように私たち二人を見つめる。
「その男が、前言ってた心に決めた人か…?」
「え、えぇ」
「…そうか…」
エレンは少し驚いていた。
私も驚いた。
どうして、今の若い人は場を弁えないのだろうか。
それも、私の指導が足りないからか…。
「そうだとしても俺は諦めない。その人からあんたをぶん取ってでも俺は、ミカサを幸せにする」
「…なっ…」
「だから首洗って待ってろ!ミカサの男!」
「望むところだ!」
「…良い返事だ。悪くない…」
そう彼は満足そうに店に戻って行った。
エレンもエレンで、何を言っているの?
こんな子供の話、受け流せば良いのに。
「…ちょっと、エレン、今のは気にしなくて良い。彼、平常運転だから」
「売られた喧嘩は買わなきゃ、男じゃない。…お前が俺を…その、心に決めたって思っているなら…余計に、な」
「!?」
そうエレンは子供のころに戻ったように笑った。
私もつられて笑ったが、笑った所でなにも解決していない。
リヴァイは相変わらずとして。
私がエレンを好きということになってしまった…?
いや、好きだけど、その次元が違う。恋愛とは違う好きなのに。
元はと言えばその言葉の発信源は私で。
そのお陰で状況は悪化してしまった気がする。
それが、私と彼の始まりだった。
そしてこれから先、どうなるかなんてわからない。でも、これだけは言える。
教師と生徒の禁断の恋なんてありえない。