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  04 雨降って地固まる


彼女は力なく俺に寄り掛かったまま意識を失った。
何事も無かったように眠るその姿に不安になるが、命には別条ないだろう。
俺に出来ることは「突き放す」ことだった。本丸の連中はまるで主を腫物にでも触るように扱っていた。
それに主も違和感を持っていたことは知っていた。その違和感の積み重ねが、思い出せないことに対する焦りや不安を増幅させていたのだろう。
そんな感情を持っていては駄目なのだろう。主の心に溜まったものを吐き出させたかった。
こんなことで記憶が戻るかの保証はない。ただ、主の悲しい顔はもう見たくなかった。
眠る主の顔を眺めながら、俺は眠りについていた。

「……っ…」

鳥の囀りと風の音、うっすらと昇り始めた朝日がバス停を照らす。昨夜の土砂降りは嘘のように止んでいた。
俺に寄り掛かったまま器用に寝ている肩を揺らす。

「…おい、起きろ。朝だ」
「……ん…」

整った眉は微弱ながら動き、ゆっくり俺から離れる。目を擦りながら、周りを見渡している。
まだ目呆け眼ではあるが、俺の顔をぼやっとした顔で見ている。

「おはよ」
「……起きたな…」
「…というか寒ッ!此処はどこなの?本丸じゃないよね…?」
「思い出したのか?」
「ん…?それってどういう…。あれ、私…確か資料室で整理していて、それから…」
「…」
「えっ?あれ…もしかして私……記憶飛んでた…の?」
「……あぁ。だが今は記憶が戻っているだろう?」
「…うん、一応戻ってるよ」
「…ひとまず帰るぞ。光忠に怒られる」
「わ、わかった!」

荷物を持ち、久しぶりに太陽の下に出る。
こんなにも太陽が眩しく思うのは半日以上暗いところに居たからだろうか。
隣の主に視線を向ける。思わず目が合い逸らした。

「ねぇ、大倶利伽羅」
「…なんだ」
「記憶を失っていた私、何か変なこと言っていた?」
「……」
「えっ、ちょっとその反応は私、何か言っていたのね!?」
「…相変わらず、煩かったな。本当に……」
「はぁ…。そうなのね。記憶を失ってもアホみたいに元気だったのね…」
「…」
「ちょっとは女の子らしくもなってなかったのはショックかな…」
「……あんた…」
「ん?どうかした?」
「…いや、気にするな」
「えー?すっごく気になるんだけど…」
「……ふん…」
「ちょっと、鼻で笑わないでよ」
「…本丸の連中が心配していた。帰ったら謝った方が良い」
「わかってるよ。もう力仕事は無茶しない。光忠とか蜻蛉切に手伝ってもらうよ」
「そうか」
「…やけに素直ね。変なの」

能天気に主は笑っていた。その笑顔は本来俺達が見ていた物だった。
本当に記憶が戻ったことに安心した。
急に何か思い出したように主は、立ち止まった。
それに釣られるように俺も立ち止まる。

「…ねぇ、大倶利伽羅」
「なんだ」
「記憶、思い出せて良かった。忘れたくない人達や想いを忘れるって余りにも悲しいよ」
「…」
「…だから、約束して欲しいことがあるの」
「…」
「君は不器用で心を許すことは余りない。ある程度線引きをしている人だと思ってる。誤解されたくないから先に言うけど、光忠達を信用してないって訳じゃないよ。そういう訳じゃない」
「…」
「…だけど、君みたいなある程度距離感持ってくれる方が私的にはとても気楽かなぁって。……その、まぁ、君と一緒に居るのは居心地が良いし…」
「…」
「…大倶利伽羅、だからもし、また私の身に何かあったら傍に居て欲しい」
「……」

黒い瞳は、俺から目を離す気はない。
きっといい加減なことを言えば、見抜かれる。
今思っていることを伝える他ない。
ふっと息を抜き今にも泣きそうな彼女を見つめ返す。

***

全てを思い出してから恐怖を感じた。
もし、このまま思い出さなかったら、私はどうなっていたのだろうか。
考えるだけでも恐ろしい。
一度あることは二度ある。また忘れてしまうのかもしれない。そう思ってしまった。
その前に、どうしても速足ではあるが伝えたかった。

「悪いが俺は慣れ合うつもりはない。……俺は、あんたが騒がしいと感じる時がある。俺に構うなと言ってもお構いなしだ」
「…」
「…だが、あんたは諸刃の剣だ。本丸の連中を叱咤激励して送り出す代わりに、自分の気持ちを犠牲にする。弱音を吐かないのはそういう事なんだろう?だから、一人誰も居ない台所で晩酌しながら泣いていたんだろう?」
「……っ…」
「…晩酌くらいなら付き合う」
「…え?」
「それが俺の答えだ」
「…それって……」
「帰るぞ。光忠にこっ酷く叱られるのはご免だ」

そう言って大倶利伽羅は前に進んだ。
彼の答えは「構わない」と捉えても良いのだろうか。
涙で前が見えなかった。
大倶利伽羅は私を遠くで見守っていた。
例え情けない姿を見られていたとしても、彼は見ていてくれた。
少しだけ。ほんの少しだけ自分に素直になっても良いのだろうか。だからと言って仕事を疎かにするつもりは無い。
胸の奥に突っかかっていた物が、消えてゆく気がした。かつて憧れていた彼の背中を追って、私は彼の隣を歩む。
大倶利伽羅と目が合う。彼はフッと息を抜くように一瞬だけ口角を上げ、前を向いた。
本丸の門には光忠らしき人物が立っていた。気が付いたのかこちらに走って来る。

「やっと帰って来た!大丈夫だったかい?怪我はない?本丸で雨漏りあって中々行くに行けなくて申し訳なかったよ。丁度今行こうと思っていたから良かったよ…」
「ただいま、光忠!ごめんね心配かけて。雨漏りの方は大丈夫?」
「うん、ひとまず大丈夫さ。…え?今、僕のこと「光忠」って…」
「…そういうことだ、光忠」
「ちょっと待って。一体どういうことなんだい?」
「あの、ちょっと色々あって記憶思い出したんだ。その、迷惑かけてごめんなさい」
「…そうなんだね。何はともあれ、それは良かったよ。色々気になることはあるけど、今はゆっくり休んで。とりあえず大倶利伽羅。その荷物を片付けたら話があるから来てくれないか?」
「……」
「聞いているかい、大倶利伽羅?」
「……わかった…」

光忠は顔には出ていないが、声が少しいつもより感情的に聞こえた。
学ランを羽織るその背中はいつもより大きく頼もしく、何が起きても消えない背中をしていた。
「ごめんね。大倶利伽羅」心の中で謝りその場を後にした。
本丸のみんなに1人1人丁寧に謝罪と感謝の気持ちを伝えた。みんなの優しさに何度も前が見えなくなった。
その後は泥のように眠っていた。
目を覚ませば辺りは真っ暗で慌てて時計を確認すると針は“10”を指していた。
「お腹減ったな…」欠伸をしながらごそごそと布団から抜け出す。
本丸全体の明かりは落ちていたが、台所には明かりが付いていた。
入口に近づけば近づくほど、コーヒーのいい匂いが漂ってきた。
そこにはいつもの見慣れた背中があった。

「あれ、大倶利伽羅。起きてたの?」
「…あぁ。あんたこそ今起きたのか?」
「そうだよ。お腹減っちゃって、何か余ってるかなって」
「…光忠が夕飯を取り置きしていたぞ」
「本当?やったー!じゃあ、食べよう」
「…」
「大倶利伽羅も一緒に食べる?」
「……俺は慣れ合うつもりはない」
「うん、知ってるよ。じゃあ食べるかな。いただきます」

今日の晩ご飯は肉じゃがだったようだ。麦茶も用意し黙々と食べ始めた。
大倶利伽羅もコーヒーをテーブルの斜め向かいに置きゆっくりと腰を落とした。
慣れ合うつもりはないと言うわりには、同じテーブルの斜め向かいに座ってコーヒーを飲んでいる辺りは律儀な人だなと思う。
「晩酌くらいなら付き合う」
彼の言葉をふと思い出した。
コーヒーと麦茶。晩酌とは全くほど遠い飲み物だ。だが、彼なりの晩酌なのかもしれない。

「……大倶利伽羅、ありがとう…」

斜め向かいに座る不器用な瞳にお礼を言った。彼は私の言葉を聞いて目を伏せた。
「…別に」と小さく吐いた言葉はいつもより更に柔らかく聞こえた。
記憶を失っていた最中に何が起きていたのかはわからない。
それでも記憶を失っていた時に、彼と何かしらの出来事があったのだろう。
私は彼の背中を追うのが好きだった。彼に愛されなくても良い。それでも、遠くで見守ていたかった。だけど大倶利伽羅は以前と変わりなく。いや寧ろもっと傍にいる感じはする。
勢いに任せて告白じみたことを言ってしまったが、私の恋はこれからどうなるかなんてわからない。
それでも、今は十分幸せだ。

お互いのコップには並々と飲み物が注がれている。
私と彼の晩酌はまだ始まったばかりだ。

April 2, 2016
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