Novel | ナノ


  01 晴天の霹靂


「冷却材が減っているかもね。光忠。大倶利伽羅達第二部隊に遠征行ってもらうように手配してくるわ。それが終わったら資料室の整理をしてくるね」
「わかったよ。整理手伝うよ」
「いや大丈夫。そんな力仕事するようなことは今日しないよ」
「了解」

昼食時を過ぎ、本丸は暖かな気温に包まれていた。
第二部隊長の大倶利伽羅を見つけ遠征に行って欲しいと伝えた。
彼は「あぁ」と短く返事をする。
部隊が全員いることを確認し、玄関先まで見送る。

「大倶利伽羅」
「…なんだ?」
「みんな、遠征には慣れていると思うけれど気を付けて帰って来てね」
「…あぁ」
「あ、あと12時間遠征だからお腹空くかなと思って、おにぎり作ったから小腹が空いたら食べて」
「……他にまだ何かあるのか?」
「えっと、あとはもう無いかな」
「そうか」
「じゃあ、いってらっしゃい」
「…ふん」

彼等はそうして遠征へと向かった。
相変わらずそっけない態度ではあるが、私は彼を信用している。
そっけなく周りに誤解を招くような態度をするが、彼は悪い人ではない。
静かな所が好きで特に本丸にある茶室の影でよく休んでいるのを見かける。
だが、私はそれを知っていてもみんなと平等に扱うと決めている。
彼からきっと疎ましく思われているに違いない。それでも、私は構わない。
それは、私が彼を好きだから。
気を許してしまったら彼を特別扱いしてしまう。
今までは明るく気丈に弱音は吐かないをモットーに仕事をしてきた。
私は彼の背中を追うのが好きだった。彼に愛されなくても良いから、遠くで見守ていたかった。
だけど、彼を想うようになってから如何に自分が弱い人間なのか知らしめられた。
彼を想い過ぎて、彼の部隊にまともに戦闘指示や遠征指示が出来ない時があった。
仕事に支障を来たすのであれば、最悪彼等を失う可能性だってあり得るのに。
もっと強くなりたい。強がってでも弱い自分を心の奥底に押しつぶした。
それ故か時に仕事をしていて耐えきれなくなった時もあった。
これは酷いと思い「このままじゃダメだ!どうにかしないと!」と1人泣きながら晩酌したこともあった。
きっと私の傍でいつも仕事をしている光忠は、大倶利伽羅への想いを気が付いているのかもしれない。
だからこそ、私は彼を、大倶利伽羅を特別扱いしないと決めた。

「よっし!じゃあお片付けしますか!」

資料室には山になった戦術本や政府からの資料、刀に関する資料が壁を作っていた。
こまめに掃除をしていたつもりだったが、流石にこれを光忠達に見られたらなんと言われることだろうか。
一通り本や資料を整理する為に本棚から一度抜き出してゆく。
本棚から取り出した本が私の手に収まらず、こちらに降って来た。

「わっ…」

気がついた時には本が頭に直撃した。
思わず身体がよろけ、背後にあった本棚に背中をぶつける。
その反動でがら空きになっていた本棚から本が降って来る。
考えることを放棄し、降り注ぐ本達に全てを委ねた。
それが全ての始まりだった。

***

遠征に行くことが幾度かあったが、今回初めて強制的に呼び戻された。
本丸に着くと、そこは夜とは言え、人っ子一人居ないと言えるほど静まり返っている。
玄関先でいつもなら主が迎えるが、今日は光忠が血相を変えて俺達を出迎えた。
その表情は「何か」あったと思わせる要素として余りにも大きいものだった。

「おかえり。思ったより早く帰って来てくれて良かったよ」
「……光忠、何かあったのか?」
「…とりあえずみんな付いて来てくれないかい?その方が早い」

第二部隊の連中は光忠の後を付いて行った。
俺は一番最後をゆっくりと踏みしめるように続く。
光忠が案内し着いた先は主の寝室だった。
本丸の連中が布団に横になっている主を囲むように座っていた。
その光景は余りにも異様だった。

「…何があった」
「主が倒れたんだ」
「見ればわかる」
「資料室の整理をするって言っていたんだ。だから僕も後で手伝いに行ったら本に埋もれていたんだ…」
「…」
「僕が一緒について行けばこんなことには…」
「…別にあんたが全部悪いって訳じゃないだろう。それに俺達が顕現出来ているんだ。命には別条ないはずだ」
「そうだとしても、主がこんな目に遭うのは近侍として失格だよ。僕が何かあったら守らないとならないのに。こんなの格好付かないよ」

ぎゅっと自らの手を強く握る。いつもと変わりは全くない。
もう夜は遅い。月は煌々と部屋を照らす。
ふと見渡すと光忠を含め本丸の連中は消耗し切っていた。
厄介だが疲労の色が濃い連中をどうにかして退かす。

「…おい、光忠」
「なんだい?」
「…その疲れ切った顔どうにか出来ないのか?」
「それはどういう意味だい?」
「あんた等もそんな顔、主に見せられるのか?」
「…」
「…わかった。みんな一度仮眠を取ろう。大倶利伽羅の言う通り僕達がこんな顔していたら主を逆に不安にしてしまうよ。だから、主の元を離れたくないのはわかるけれど一度休もう」

周りは光忠の意見に賛同し、しぶしぶ主の寝室を後にして行く。
そして最後に残った光忠が「一時間で戻るから」と言い残し部屋を去って行った。
部屋に残された俺は一人足を立てながら壁を背にし、主が眠っている布団を見守る。
寝息を立て上下する布団は、主が生きている証拠だ。
「……ん…」と小さく発した声に思わず反応し、身体は布団の方へ近寄っていた。
俺らしくない。
そう思いながら布団から見える顔を除く。

「……起きたか?」
「…ん?」

目を擦りながら、上半身を起こし周りを見渡している。
まだ目呆け眼ではあるが、俺の事をしっかり認識しているようには見える。

「おい、あまり無理するな」
「…」
「…なんだ?何か用か?用があるなら今光忠を呼ぶから待っていろ」
「……れ…」
「…」
「貴方は、誰?」

***

「医師の診断によると外傷性の記憶喪失だそうです」
「…それで、主の記憶は戻るのかい?」
「必ず戻るとは言い切れません。ですが、何かの拍子で戻ることもあります」
「そうか…。わかったよ」
「…それで、これから本丸の運営はどうするんだ?まさか記憶を失った主に任せるのか?」
「それはあり得ません。ただ、今しばらくは内番中心の運営になるかと」
「…」
「…主にこのことを話しても問題は無いのかい?いや、記憶が無いのは彼女自身が一番わかっているか…」
「恐らくそうでしょう。記憶を失った反動なのか性格も随分と穏やかになっていますが、今まで通り主さまに接することを心掛けましょう。今は長い目で見守りましょう」

こんのすけは少し寂しそうな顔をしながら話を終わらせた。
記憶の一部を失われた刀剣も本丸にはいる。
連中は思い出すことを諦めてはいないが、自らの記憶喪失を受け止めていた。
だが、人である主はどうなのだろうか。
執務室を後にし、光忠はひたすら前を見ていた。
だが急に何かを思い出したように俺の方へ振り向く。
琥珀色に輝く眼は何時にも増して鋭く光っている。

「…大倶利伽羅。覚悟は出来ているかい?」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だよ」
「…意味がわからないな」
「いつ何時も最悪の状況を想定しないとならないよ。全てを失う覚悟、君には出来ているのかい?」
「……知らないね。それに協力しろと言われても俺は、慣れ合うつもりはない」
「大倶利伽羅。今は慣れ合いたくないとか私情を持ち出すべきじゃないよ。だって主は君のこと―――」
「俺は一人でやる。光忠、あんた等は勝手にしろ」
「…あぁ。わかったよ」

鋭く光る眼を伏せ俺が行こうとしている反対方向へ歩いていく。
その先には主がいる。短刀、脇差の連中と楽しそうに洗濯をしている。
主が見せる笑顔は、記憶を失う前と変わりない。
だが、時折見せる笑顔に少しだけ違和感を覚える悲しそうな顔を見せることがあった。
彼女を一見し落ち着いた場所を探し求め歩いて行った。

本丸にある茶室の影で、流れる雲を眺めていた。今日は随分と雲が早い。
近くから聞こえる主の声を聴きながら思い出に浸る。
俺が主に顕現されて一年が経とうとしていた。
俺が来た時には、本丸の刀剣達はそれなりに充実していた。
本丸の誰よりも遅く寝、誰よりも早く起き、仕事をしていた。何があっても一度も弱音は吐いたことはない。
あまり着飾ることはなく、いつも光忠に「たまには御粧しして出掛けようよ」小言を吐かれていた。
だが溌剌としていたその表情と、時には叱咤激励する態度に幾度も救われた者はいるだろう。
善く言えば本丸を照らす太陽のような人間。
悪く言えば首の皮一枚で繋がっている人間。
主の本心は聞いたことはない。だが、一度だけ。一度だけだ。
悪く思わせるような光景を見た。
夜は深く、寝静まった本丸で俺は喉が渇き台所へ向かったことがある。
真夜中の台所に明かりがぼんやりと付いており、その中で主は一人酒を飲みながら泣いていた。
その時は、何も言わず立ち去った。それから俺は、気が付けば主を目で追っていた。
そんな俺を知ってか知らずか。
主は俺に構うなと何度も言うが懲りもせず、毎日のように俺に話してきた。
時には真面目な話、くだらない世間話。沢山の話を俺にしていた。
俺はただ、主が楽しそうに話しているのを聞いていた。
ある日、光忠は主が俺に「恋をしている」と告げた。それには少し驚いた。
「大倶利伽羅も主の事を想っているんだろう?」
俺はその問いに答えはしなかった。自らの中で結論は得ている。他人に言うつもりは無いし、相手にも伝えるつもりもない。
光忠も俺を察したのか「…あぁ。君は言わないのはわかってたけど、つい聞いてみたかっただけだよ」そう言ってその場を後にした。

「…大倶利伽羅さん。そんなところで寝ていたら風邪引きますよ?」
「……俺のことは気にするな」
「気にしますよ。例え、記憶を失っていたとしても…その、私は貴方の主なんですから」
「…ふん」
「隣、失礼しますね」
「…」
「ここは少し日陰になっているので、肌寒いですね。でも随分と心地い風が吹きますね」
「……あぁ」
「大倶利伽羅さん」
「…なんだ?」
「ここの本丸の方達は本当に心優しくて頼もしい方ばかりですよね」
「...」
「……だからこそ、私、早く思い出したいです。本丸のみんなは『ゆっくりで良いよ』と優しい言葉を掛けてくれます。でも、それに甘えてなんかいられませんよね」
「……別にいつもと変わらないと思うがな」
「…ありがとうございます。貴方は優しいお方ですね。光忠さんと違った優しさです」
「…」
「あ、ごめんなさい。余計なこと言ってしまいましたね。なんだか大倶利伽羅さんは、皆さんと違った意味で話やすくて、つい。...それでは、戻りますね。大倶利伽羅さんも夜ご飯の前にはお部屋に入って下さいね」
「…あぁ」

ひらひらと舞うようにゆっくりと手を振った。それに眼で返事をし、主は柔らかく微笑む。
記憶を失ってから、主の性格は真逆とも言えるほどお淑やかになった。本丸に響くような雲雀のような声は聞こえない。
主の顔をした別人。
その例えが今は的確だろう。当人もそれは理解している。
俺との会話中、またあの悲しそうな笑顔をしていた。

bookmark / next

[ back to Contents ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -