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  04 いつか、必ず


手入れが終わり速攻俺と兄者はこっ酷く主に叱られた。
だが、それも今となっては良い思い出だ。
時は経ち。本丸に積もっている雪が解け始めた。

「膝丸―。そっちに置いてある資料取って貰っても良い?」
「これで良いのか?」
「うん、そうそう。ありがとう」
「あぁ」

相変わらず俺は主の仕事を手伝っていた。
仕事の内容も手伝い始めた頃と違い随分と慣れたものだ。

「はぁ。休憩しよう。膝丸もちょっと休もう?」
「わかった。今、茶でも持って来よう」
「ありがとう。でも今日は私が淹れて来るよ」
「だが…」
「良いってば。最近、膝丸頑張ってるし。私も負けてらんないよ」
「主、それは大袈裟だぞ…」
「そんなことないよ…ん?」

ピロンと電子音が執務室に響く。
主は電子端末を確認し、一瞬固まってから勢いよく俺の方へ向いた。
そして端末の画像を見せてきた。紋付羽織袴を着た男性と白無垢を着た女性が映っていた。

「白無垢…?これは結婚式の画像なのか?」
「うん、そうだよ。実はこの男の人、膝丸も知っている人だよ」
「知っている人…?ま、まさか会議の時の主の先輩なのか!?」
「正解!よくわかったね」
「…ん?え、いや、ちょっと待ってくれ。君は、その…彼と結婚を前提に交際していたのではないのか?」
「え?なんで?」
「い、いや、兄者が話していたからな…」
「確かに髭切には話したけど、私とじゃないよ。本当に私と先輩は上司と部下の関係だし、なんもないよ」
「そ、そうなのか…」
「それにしても、本当に先輩には勿体ないくらい綺麗なお嫁さんだよねぇ」
「君のほうが綺麗だぞ」
「え…?」
「…あ」
「ちょ、ちょっと、嫌ね。そんなストレートに言われたら恥ずかしくなっちゃうでしょ?」
「…悪い。だが、主も負けず劣らず綺麗なのは事実なのだ。…本当だぞ?」
「その、えっと…ありがとう。でももうこれ以上は、恥ずかしくて死んじゃいそうだから止めて…」
「…何故恥ずかしいのだ?」
「えっ!?そ、それは…」
「何故?」
「…」

全く俺も兄者と同様趣味が悪い。
俺の中で何かがブチブチと切れて行くのが分かる。
一体俺は何をどう間違ってこんなにも悩んでいたのだろう。目の前の主の姿を見てすべての答えを得た。
必死に手で顔を隠そうとしているが、ゆっくりと彼女の熱くなった手を握り顔から離す。
茹蛸のように赤くなった顔がこちらに恐る恐る視線を向ける。
主との距離は俺の心臓の音が聞こえてしまうのではないかというほど近い。
今なら…。
今の俺なら、彼女に想いを伝えられるーーー。

「主。聞いて欲しいことがあるのだ…」
「…はい」
「俺は、君の事がーーー」

バンッと勢いよく障子が鳴る。その音に俺達は驚き固まった。
その音の主は紛れもない兄者だった。

「主ーって。あれ、もしかしてお取込み中だったかい?」
「えっ!?あっあっ、そ、そんなことないよ」
「うーん。なら良いのだけど、実は馬が脱走してしまってね…」
「えっ!?脱走!?早く見つけないと!」
「もう本丸中には伝えているけど、中々速くてね」
「主、俺も手伝うぞ」
「ありがとう、膝丸」

真っ赤になった顔で俺に笑いかけた。
結局の所、告白の機会は逃してしまった。
だが、俺の中で靄がかかっていた物が一つ晴れていた。

***

心臓が破裂しそうな程速く力強く脈を打っている。
自分でもわかるほど顔はまるで打たれたての鉄のように熱を持っている。
それは脱走した馬を追いかけているからじゃない。
普段大人しく、私の前では「兄者」と話している印象が強かった。
それでも接しているうちに惹かれていった。

「主。聞いて欲しいことがあるのだ…」

彼の吐息がかかりそうな程近く、綺麗な瞳の瞳孔と虹彩がハッキリと見えた。
今思い返すだけでも息が止まりそうだ。
彼は髭切が来なければなんと続けるつもりだったのだろうか。
もし、もしも彼と私が同じ想いを抱いているのなら…。
私は彼と結ばれたい。ずっとずっと彼の傍に居たい。離れたくなんかない。
ハッと我に返り頭をブンブンと勢いよく振る。
今はそれどころではない。
必死に馬を追いかけ続けた。

***

阿津賀志山へ来ていた。
もう何度目此処へ来たかわからない。
ただ、今回の出陣で俺は練度上限の折り返しまで到達した。
本丸に戻り改めて今回の成果を報告する為主の元へ向かった。

「…膝丸。なんか前より増して蛇っぽくなった?」
「主、それはどういう意味だ…」
「ごめん。そういう意味じゃあないんだけど…。あれ、膝丸。いつも脚に付けていた布、左腕に移動しちゃったの?」
「あぁ、これのことか。今はこの場所のほうがしっくり来る」
「そっか…」
「…俺は、もっと強くならねばならない。…その、俺はもう君を泣かせたくない。君の泣き顔を見るのはご免だ」
「膝丸…。きっとこれからの戦い、今以上に厳しくなるよ。貴方に辛い思いさせる出陣だってあるのかもしれない。それでも一緒に戦って欲しい。…お願いします」
「…あぁ。任された」
「ありがとう。膝丸」

にこっと控えめに微笑んだ主は、どこか幼げで思わず頭を撫でていた。
ふと我に返り「すまない」と謝りすぐさま手を放し、主を確認すると燃えるような程真っ赤になっていた。
それを見て思わず俺は固まり、身体中の血が沸騰する程熱くなり、一人心の中で悶えていた。

左上腕に付け替えた、兄者と色違いの布は今の俺が在る原点だ。
結局俺は、真実を知るまで想いを斬り捨てることは出来なかった。
男に二言はない。それが出来ないのは己の未熟さ故なのも理解していた。
彼女の近くに居れば居る程それ出来なかった。
穏やかな笑顔と溌剌とした彼女の態度がより俺の想いを強くさせた。
俺と主はまだ恋仲ではない。あれから改めて告白も出来ていない。
だが、少しづつではあるが心の距離は近づいている。
俺と主が結ばれるのは時間の問題なのかもしれない。
自惚れと思われるだろうが、いつか必ず結ばれると、そんな気がしてならないのだ。

「膝丸、その良かったらお菓子でも食べて行かない...?」
「あぁ。頂こう」

春の柔らかく暖かい日差しは、まるで二人の温度のようだった。

February 14, 2016
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