Novel | ナノ


  02 つながる想い


気が付けば亥の刻を過ぎていた。主と弟は未だ帰ってきていない。
よほど会議が長引いたのだろうかと考えていれば、噂をすれば影が差す。
少し疲れた表情をした弟が現れた。

「やぁ、お帰り。会議は楽しかったかい?」
「あ、あぁ兄者か。只今戻った。会議は楽しかったぞ。今度は兄者も行けると良いな」
「そうだね。考えておくよ」
「…兄者、悪いが先に寝るぞ」
「これを飲んだら僕も寝るよ。おやすみ」
「おやすみ」

そのまま弟は無理したように微笑み、何処かへふらっと行ってしまった。
あえて深く聞きはしないが、何か会議であったのだろう。
鶯丸と平野に淹れてもらった茶を啜りながら思っていると、入れ違うように主がやって来た。

「…あ、髭切。ただいま」
「おかえり。遅くまで大変だったね」
「いいや、そんなことないよ」
「ほら、お菓子でも食べて休みなよ」
「ありがとう。でもこんな時間にお菓子なんか食べたら太っちゃうよ」
「食べた分、動けば良いんじゃないかい?」
「…まぁ、そうね」

主は僕が差し出した菓子を口に含み、美味しいと笑った。
茶を啜り主が話せるまで落ち着くのを待った。

「今日、弟は大丈夫だったかい?」
「膝丸の事?…うーん」
「何かあったのかい?」
「…なんていうのかな、ちゃんと話を聞いていなかったような気がする」
「上の空ってことかい?」
「うん。具合悪くなったのか聞いたけど大丈夫の一点張りで…」
「珍しいね」
「やっぱりそう思うでしょう?…膝丸、本当に大丈夫かしら…。もし彼に何かあったらどうしよう…」
「まぁ、弟のことならあんまり心配しなくても大丈夫だと思うよ。じゃあ僕を今度の会議に連れて行ってよ。会議は楽しいと話していたし、一度行って見たいなと思っていたんだ」
「えぇ、構わないわ。次だと今日した会議より規模は小さいけど1週間後にあるわ」
「そうなのか。今日来た審神者達も、主のように参加したりするのかい?」
「それは人によりけりだけど、会議と言うより報告会に近いから情報共有したい審神者なら来るかもしれないわ」
「…情報共有ね」
「とりあえず、1週間後はよろしくね」
「わかったよ」
「もう今日は寝るわ。髭切も早く寝ないと明日寝坊したら、膝丸に怒られるんだからね?」
「あはは。それは心配ないよ。おやすみ」
「おやすみなさい」

主の華奢な背中を見送る。
まだ確認すべき事はあるが、これは会議に参加して見ないとわからない。
それまではしばらく様子を見守ろう。
手で湯呑の温度を感じながら、しんと静まり返った本丸で一人思っていた。

***

「兄者本当に会議に行くのか!?」
「あぁ。せっかく進められたのだから行きたいと思ってね」
「そうか…」
「お前が心配する程じゃあないよ。これでも仕事はちゃんとするから」
「わかっている。だが、やはり心配だ!」
「あはは。大丈夫。大丈夫だって」
「…わかっている。わかっているさ」

会議へ行くことは言わないでおくつもりだったが、どこかしらで情報を得たのだろう。
出発する間際、玄関先で弟に問い詰められるように心配されてしまったが、切り替えたように主の方へ目を向け「兄者を頼む」と念入りに頼んでいた。
主に頼んで満足したのか、僕達を何事もなかったように見送った。

「…本当に、膝丸はあなたに関してはいつも心配しているわ」
「僕は弟が思っている以上に、しっかりしていると思うんだけどなぁ」
「じゃあ、今日の会議でそんな姿見れるかしら?」
「任せてよ」

主は無邪気に笑って見せ、会話が盛り上がっているうちに会議の場へ着いた。
五十坪程の大きな会議室で、今数えるだけで審神者は二十はいるであろう。
さて、ここからが本番だ。
主の傍を離れずにいるが、主は至って普通に過ごしている。
もし、主に近づいてくる人物がいるのであれば、その人物こそが弟を沈ませた要因なのだろう。
そんな心配を他所に「彼」は主に近づいてきた。

「やぁ。今日も来てたのか。仕事熱心だな」
「あ、先輩!お疲れ様です!」
「お疲れ様。あれ、今日の近侍は前回来たのとは違うんだな」
「そうなんですよ。膝丸の話聞いて行きたくなったって」
「僕は源氏の重宝、髭切。貴方は随分と手練れた審神者とお見受けした」
「おっ、随分と目利きが出来る刀を連れているな。そうだ。俺は、こいつが審神者始める前から審神者で百戦錬磨の死闘を潜り抜けたからね」
「主にはこんな頼もしい存在の先輩が居たんだね」
「うん。でも、ここ最近私の扱いが雑な気がするんですよね」
「雑って言うな。これでも親しくしてるんだからな」
「だから、そーいう所が雑なんですって!」
「雑じゃねぇって」
「随分と二人は仲が良いんだね。…もしかして二人は恋仲なのかい?」
「えっ?」
「はっ?」

空気が凍ったように冷たくなり、時が止まったように動かない。
寝耳に水と言ったところだろうか。二人の表情からはまだ真意は図り取れない。
石のように固まってしまったので僕が話を再び切り出そうとすると、会議の号令が鳴り二人は慌てて席に着いた。
怪しい。明らかに怪しい。さて、これからどうしたものか。
弟が沈んでいた原因を確認したいなと思って会議に来てみたが、これは僕が思っていたよりも深く厄介な問題なのかもしれない。
それに、これはあくまで当人の問題だから、僕が踏み込むのは良くないだろう。
だが、弟がこの先も本丸であの表情されるのは嫌という気持ちもあった。
少しだけ、ほんの少しだけ踏み込もう。

***

会議は滞りなく終了した。
主は欠伸をし、固まった身体を伸ばしている。

「髭切、今日はどうだった?」
「うーん。まぁ、皆難しい話をしていたけれど楽しかったかな」
「まぁそうだよね」
「…ちょっとここで待っていてくれないかい?」
「え?どこか行くの?」
「厠だよ?もしかして一緒に行きたいのかい?…もしや、連れションってやつかい?」
「ちょっ!?声が大きいよ!ほら、ここで待ってるから早く行っておいでよ」

ひらひらと主は手を振って僕を送り出した。
主には悪いけれど嘘をついた。
厠の場所なんて僕は知らないし、今は行く必要もない。
目的は一つだ。

「やぁ。今帰りなのかい?」
「ん?…あぁ、あいつんとこの髭切か。何か用か?」
「時間が無いから単刀直入に聞くけれど、僕の主とはどういう関係なんだい?」
「…」
「言いたくないのなら言わなくても構わないよ。僕がただ知りたいだけだからね」
「…あんた、あいつに恋しているのか?」
「いや。残念ながら僕は主に対して恋心は抱いていないよ」
「じゃあなんで気になるんだ?」
「ただの興味本位だよ」
「…ふん。話さないとあんたは厄介そうだしな。いいぜ、全部話す」
「…」
「俺とあいつはただの職場の上司と部下。それ以上でもそれ以下の関係じゃない。それにお生憎様、俺には結婚を前提にした恋人がいる」
「…」
「あいつは本当に良い後輩だよ。本当にな。…だから早くあいつにもプライベートでも幸せになって欲しいとは思っている」
「…」
「納得いかないなら俺の彼女の写真でも見せようか?」
「……いや、もう構わないよ。貴方の口からその言葉が聞ければ、僕は十分さ。迷惑をかけたね。それでは失礼するよ」
「髭切」
「なんだい?」
「…じゃあ俺にも質問をさせてくれ」
「何を聞きたいんだい?」

「男」の目は鋭く光っていた。
僕の言動から少しでも情報を収集しようとしているのが分かる。

「あんた、人と刀の付喪神が結ばれたら幸せになれると思うか?」
「随分と変わったことを聞くんだね」
「ずっと昔から気になっていたんでね」
「はっきりと言おう。それは僕に答えられない質問だ。幸せの価値なんて人それぞれだ」
「…」
「ただ、これだけは言えるよ」
「…」
「僕達付喪神は長い時間を掛けて愛されたから此処に存在する。だから、その想いを踏み躙ることは可能な限りしたくない。例え主を主従と思っていても、愛おしいとも思っていてもね。…まぁ強いて言うのなら、僕が愛した人は幸せにするつもりだから、幸せになれると思うよ。僕の場合はね」
「……そうか。なんかわかりきった事聞いて悪かったな」
「いいや、構わないさ。僕も主とはこんな話したことなんて無かったから楽しかったよ」
「ありがとうな、髭切。あいつのこと頼んだぜ。…まぁ頼むべき相手は、あんたじゃないかもしれないが」
「…ご尤も」

一礼しその場を後にした。
本来ならこの場に居るべきは僕じゃあないんだろうな。
だが、ここまで興味本位で突っ込んだんだ。もう後戻りなんか出来ない。
帰るべき場所へ向かい、主はこっ酷く注意された。どうやら帰りが遅い為、相当心配させてしまったようだ。
帰り道は口を余り聞いてくれなかったが、主も寂しくなったのか気が付けば会話が始まっていた。

「今日も本当に疲れたなぁ。でも新しい情報も収集出来たから良かったかな」
「僕も会議に参加出来て良かったよ」
「でしょ?」
「うん。…そういえば、会議が始まる前の話なんだけど…」
「…ん?なんか話してたっけ?」
「主と先輩が恋仲なのかって話」
「えっ…あぁ、あの話か…」
「…主は彼が好きなのかい?」
「いいや。…いや、でも、先輩としては好きだよ。本当に尊敬している」
「そうなんだね」
「ただ、たまに頭撫でられると恥ずかしくなるかな…。そもそも!彼女持ちなのにチャラチャラしすぎなんですよ、あの人!いつか絶対彼女さんに言いつけてやろうって思ってるんだけどなぁ…」
「…」
「あっ、い、今のは膝丸には内緒だからね」
「…どうしてだい?」
「え゛?あの、ほ、ほら!頭撫でられて恥ずかしがってるとか知られたくないし…」
「…」
「なっ、なんでもないよ……」
「……もっと早く話してくれれば協力したのに」
「はぁ〜、もう私ったらまだまだ未熟ね…」

主は両手で赤くなった顔を隠した。
無意識のうちに墓穴を掘ったことに後悔しているようだ。
はたしてどうしたものか。
紆余曲折していたものの、結局は互いに想い合っていることになる。
ここは兄として、僕がほんの少しだけ弟の背中を押そう。

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