Novel | ナノ


  01 はじめての想い


人が恋に落ちる瞬間を見てしまった。
長い間人間の営みを見てきた身としては、それを見ることは幾度かあった。
だが、今見たものはかつて見てきたものとは違う。
胸騒ぎがして仕方がない。
彼女の視線の先に居る人物に俺は複雑な感情を抱いている。
そもそも、何故こうなったのだろうか。
思え返せばそれは一週間前のことだ。

***

深々と雪が降る本丸。
短刀、脇差達は雪に大喜びし楽しそうにはしゃいでいる。
だが冬は日が落ちるのも早く、辺りはあっという間に闇に包まれた。
洋袴から細袴に着替えてからというもの、少し冷えると感じることが多くなった気がする。

「冬は夜が早く来てしまうし寒いから、仕事を早く終わらせなきゃって気合いが入るわ」
「確かにそうだな。…主、この書類はここで良いのだろうか?」
「大丈夫よ。ありがとうね、膝丸」
「構わないさ」

主は柔らかく微笑んだ。
その微笑みに悴んだ身体が温まる感覚になる。
彼女の笑顔に思わず仕事に手が付かなくなることも幾たびもあった。
ハッと我に返り手伝いを続ける。

「…よし。これで今日の仕事は一区切りついたかな?膝丸、上がって良いよ」
「良いのか?まだ片付けるべき書類が残っているように見えるが…」
「大丈夫よ。それに今日はちょっと遅くなってしまったけど、あなた達兄弟の歓迎会があるんだから。主役が遅れちゃ駄目じゃない?」
「確かにそうだが…。だが、それは主にも言える事ではないか…?」
「細かいことは良いの。それに私もすぐ行くから、ね?」
「…わかった。失礼する」

ちゃんと主は定刻まで来るだろうかと心配したが、彼女も大所帯の長だ。
彼女の仕事場を後にし、そんなことはないと信じ、俺達の歓迎会をする広間に向かった。
広間には本丸にいる半分以上の者達が集まっていた。一部の者はすでに出来上がっているようにも見える。
ふと視線を変えると兄者が手を振り、こちらに招いていた。

「兄者の方が早かったか」
「あぁ、遅かったじゃないか。えっ…と…」
「膝丸だ」
「そうそう。ところで今日も主の所で手伝いをしていたのかい?」
「そうだ。これも近侍としての務めだからな」
「へぇ。近侍の務め…ね」
「別に主に対して疚しい感情など抱いてはおらぬぞ」
「僕は何も聞いてないんだけどなぁ…」
「…そ、そうだな」
「まぁとりあえず、今日は楽しもうか。そろそろ主が来るんじゃないかな?」

兄者が話して間もなく、定刻を過ぎる少し前に滑り込む形で彼女はやって来た。
主が席に着き乾杯の音頭を取り始めた。

「…えーっと。今日は髭切と膝丸の歓迎会と言うことで場を設けました。膝丸は随分早く本丸に居て練度も高くなってきたけど、本人の希望もあり髭切と一緒に行うことになりました。髭切に至ってはまだ来たばかりで不慣れなこともあるとは思いますが、何かわからないことがあったら本丸の皆、本当に優しいので遠慮なく聞いてくださいね。お二人共これからも末永くよろしくお願いします!せっかくだから改めて一言お願いできますか?」
「じゃあ僕から。僕は源氏の重宝、髭切。今後ともよろしく頼むよ」
「同様に源氏の重宝、膝丸だ。兄者共々よろしく頼む」
「…はい!じゃあ始めましょうか。もう数名出来上がっている方も居ますが、改めて乾杯しましょうか!乾杯!」

主の合図と共に「乾杯!」と一斉に声を揃え祝い酒を味わった。
俺達を本丸に迎えたことを心から喜んでいて、それも相まって味わう酒は格別だった。
それからどのくらい時間が経っただろうか。気が付けば広間には数える程度しかいなかった。
まだ騒いではいるが、この様子を見るにあと数十分もすればお開きだろうと気を抜いていた時だ。

「…ねぇ、膝丸」
「なんだ?」
「そういえば、今日伝えるの忘れていたけど、来週付き合って欲しいところがあるの」
「付き合って欲しいところ…?」
「えぇ。定期的にやっている審神者達の会議に一緒に出て欲しいの」
「それは構わないが、兄者を差し置いて俺が先に出席しても良いのか?」
「うん。膝丸の方が先に来たし、そこは兄弟関係なし」
「…そうか、わかった。出席しよう」
「頼んだよ。そろそろ私限界だから部屋に戻って休むね」
「わかった。部屋まで送らなくても大丈夫か?」
「ありがとう。でも大丈夫。おやすみなさい」
「おやすみ」

主は眠たげな眼を擦りながら広間から出て行く。
もっと気の利いた言葉を掛ければ良かったのだろうかと思いを巡らせたが、今はその華奢な背中を見送るしか出来なかった。
彼女を見送ったまま音も立てずに仰向きに倒れ、腕で自らの視界を遮った。
どんちゃん騒ぐ周りの声も気にならない程に、まるで身体が心臓にでもなったかのように脈を打つ。
戦場に立つ時とは違う脈動だ。深く息を吐き、全身の力を抜く。
すでに俺はその訳には答えを得ていた。
俺は、主を、彼女を一人の女性と意識している。
だからこそ、彼女を大事にしたいと思っていた。

***

「…思った以上に審神者が来ているんだな」
「驚いたでしょ?膝丸は来るの初めてだったもんね。でも、これはまだまだ序の口ってとこかな」
「そうなのか…」

政府が定期的に審神者を集め、報告会も含めた会議を行っていた。
百坪を超える大きさの会議室に通され、審神者の数はざっと五十を超えるかと言ったところだ。
これで序の口という程ならば、大々的な会議になれば相当数の審神者が出席するのだろうか。
それを考えれば凄いことではあるが、本来であればこのような会議がない世界にしなければならないのは確かだ。
遠くから主の名を呼ぶ声が聞こえた。主はその声に少し驚いた様子を見せたが、その声の元が誰なのかわかると表情を明るくして応えた。

「やぁ、来ていたんだね」
「は、はい!今日は先輩もいらしていたんですね」
「まぁね。あんまり会議に出てないと先輩として恥ずかしいだろ?」
「そんなことないですよ」
「…あれ、隣にいるのってもしかして源氏の…」
「膝丸だ」
「へぇ。君が膝丸ねぇ。本当に特が付いたら衣装替えするんだな。俺の後輩が迷惑をかけていないかい?」
「主は優秀だ。迷惑などかけられたことなどない」
「ほう。それはなにより。良かったなぁ自分の近侍に褒められて。少しは自信ついたんじゃないか?」
「そっ、そんなことないですよ。自分、まだまだ審神者としては下っ端ですし、先輩達のような活躍なんて出来てないですし…」
「それもそうかもしないが、彼らに信頼されてるのは良い事なんだから素直に喜べよ?」
「わ、わかってますよ…」

主の「先輩」という男は、主との会話中絶えず笑みを浮かべていた。
会話が終わり立ち去る瞬間、男は主の頭を慈しむように撫でた。
その時の主の表情は今まで見たことのない表情をしていた。
本丸に居る時の凛々しい姿ではない。一人の女性としての表情だった。
なにか、見てはいけないものを見た気分になり思わず目を逸らした。
人が恋に落ちる瞬間を見てしまった。
長い間人間の営みを見てきた身としては、それを見ることは幾度かあった。
だが、今見たものはかつて見てきたものとは違う。
胸騒ぎがして仕方がない。
彼女の視線の先に居る人物に俺は複雑な感情を抱いている。
この感情を処理しようと頭を働かせるがどうすべきかわからない。
ただただ時が過ぎるだけだった。

***

会議は滞りなく終了したようで、主に声がかかるまで気が付かなかった。
きっと主のことだ、会議の感想を聞いてくるに違いない。
一体どんな内容の会議だったのだろうか。話せるよう思い返すが、いくら思い返すが思い出せない。
そんなこと、分かりきったことだ。
会議中、俺は上の空だったのだ。思い出せる訳がない。
主にとってあの「男」は何者なのだろうか。
同じ職種で気の合う先輩なのだろう。だが、そうには見えなかった。
先輩と話していたが、主の表情から見ればそれ以上の気持ちを抱えているのではないか。
主はあの「男」を想っているのではないか。
それが肯定されたとて、主が幸せになれるのであれば構わないのではないか。
だが、何故こんなにも苦しいのだ。こんな想いが駆け巡るのははじめてだ。
そんな事ばかり思いを巡らせていた。

「…ねぇ、膝丸。どこか具合でも悪いの?」
「い、いや大丈夫だ」
「それなら良いけど…。でも、ちょっと顔色悪い気がするよ」
「大丈夫。俺なら大丈夫。大丈夫だ…」
「…もう9時前になるし、ちょっと早めに帰ろう」
「あ、あぁ。そうだな」
「…」
「…」

沈黙が続く。
重く鈍く苦しく感じる静かさだ。
会議場の廊下に二人の足音だけが響く。
俺はあまり主へ自分から話す方ではなく、それは仕事中も同じだ。
だが、今ばかりは俺から沈黙を破らねばと思い口を開こうとした瞬間。
まるで見計らったように、沈黙を割く声がした。
あの「男」だ。主の顔が一気に晴れてゆく。

「これからお帰りなのか?」
「は、はい!」
「相変わらず君は元気だなぁ。気を付けて帰るんだぞ」
「ありがとうございます。先輩も気を付けて下さい!」
「ありがとう。今日はゆっくり休めよー」
「お疲れ様でした。お先に失礼します」

男はひらひらと手を振りその場を後にする。
どこか飄々とした姿は兄者を思わせる。

「…帰ろう。本丸の皆が待っている」
「そ、そうね。行きましょうか」

そのまま会議場を後にし、帰り道は一言も会話も無かった。

bookmark / next

[ back to Contents ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -