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  平行線上の彼方


「…私は…必ず、あなたに報いを受けてもらう」
「そうか」

冷たく、事務的な返事だった。
その返事は二人きりの部屋に響いた。
私はコイツが嫌いだ。



「チ、いや、リヴァイ兵長にはいつかそれ相応の報いを受けてもらわなければ…」
「ミカサ、おい今なんて言いかけた?つーかまだ、そんなこと言ってたのかよ」
「私は奴が報いを受けるまで言い続けると決めた」
「変な意地張ってんじゃねーよ」
「意地じゃない。対抗心」
「…そうかよ。まぁ、ほどほどにしろよ」

エレンは呆れたように言葉を吐いてから夕食を頬張る。私も口に運ぶ。
奴に復讐を決めていた。
エレンにあんな仕打ちをしたのだから、当然、それ相応の対応が必要になってくる。
だが状況は変わってしまった。


夜も更けた頃に彼の部屋の前に立つ。
彼に怪我をさせてしまった。
しかも私が彼に庇ってもらう形で。
人類の希望であった彼をだ。
そのうえ彼を罵倒した。その時の彼の気持ちも考えず。
腹をくくり部屋をノックし名前を名乗る。
部屋から事務的な「入れ」という返事がした。

「失礼します」
「なんの用だ」

ソファを独り占めするように座る小柄な男がいた。
相変わらず無愛想な表情しかしていない。

「…リヴァイ兵長、その」
「なんだ」
「どうですか…怪我の容体は…」
「まぁまぁだな」
「…そうですか」

彼は無愛想な表情を崩すことなく、ソファに堂々として座り続ける。
私はゆっくり、一呼吸置き、続けた。

「…すみませんでした」
「あ?」
「その、あの時、私は酷いことを言ったと、思う」
「…そうか」

沈黙が流れる。
お互いに口を開こうとはしない。
ただ、一つ言える。
彼は何を考えているか私には理解できない。
いや、したくもない。

「お前は自分を抑制するのが下手だ」
「…はい」
「お前はエレンのことですべて見失う」
「…はい」
「お前はそうなると衝動的に行動する」
「…はい」
「お前はもっと自分のことも考えろ」
「……え?」

三白眼がこちらを睨む。
だが戦場での目つきとは違う。
獲物を狩る目ではなかった。

「誰かを守りたいのなら、まず自分を守れ」
「…それは…私に対する嫌味、ですか?」
「嫌味ではない。忠告だ」
「…わかりました」

兵長の目を見るのが辛くなった。
俯き加減で口元をマフラーで隠す。
今の私はどんな表情なのだろうか。

「…私は…必ず、あなたに報いを受けてもらう」
「そうか」

返事は事務的だった。
感情のない返事が二人きりの部屋に響く。

「…だから…こんなところで大人しく引退するような人にならないでください」
「…」
「それだとつまらない」
「はぁ?」
「…つまらないんです…」

喉の奥が焼けるように熱く、そのあとの言葉が出てこなかった。
普段起こることのない現象で戸惑う。
だけど、喉から鼻、目頭へと熱くなっていたのがわかった。
だが、これ以上は自分で考えるのも恥ずかしいものだった。

「おい、どうした」
「なんでもないです」

睨むように奴を見る。
奴は私を見て表情は変えはしなかった。
が、ゆっくり口を開いた。

「…素直じゃねぇ女は可愛くないぞ」
「口うるさい男はモテないですよ」
「そうかい、そうかい」
「えぇ、そうですよ」

早く部屋に戻ってこの汚い顔をどうにかしよう。
必死に見られないように顔を隠す。
絶対見られたくなかった。
この人にだけは弱みを握られたくなかった。

「…失礼しました」
「なぁ、ミカサよ」

足が止まる。
出ていきたいのに、出ていけない。
ドアまであとほんの数メートルなのに。

「生きていれば喧嘩も怪我もする。だが、生きていればいずれ傷は癒える」

何を考えているかわからない声が、部屋に響く。
マフラーを握った手の血の気が引いていく。
早く、出たい。

「お前が何を考えているかは知らん。が、お前も人から生まれた子供だろう?」

足が動かない。
まるで足が石になったように動かない。
ただ、相手に表情が読み取れないのが幸せだったかもしれない。

「辛いなら誰かに背中を預けることを覚えろ。お前は一人じゃないだろうが」
「…失礼しました」

すぐさま部屋を後にした。
こんな顔誰にも見られたくなかった。
部屋に着くなりタオルで顔を拭う。
拭っても拭ってもそれは絶えない。
いやだ。こんなのいやだ。
あふれ出てくるものが止められなかった。
胸がズキズキして仕方なかった。
心臓が誰かに握られているような感覚だった。
私はなにかの病気になってしまったのだとベッドの上で考え、少女は眠りについた。


「あれ、リヴァイ、どうかしたの?」
「なにがだ」
「なんか嬉しそう」
「そうか?」
「うん。良いことでもあった?」
「さぁな」

茶をすすりながらハンジが作った巨人の生体に関する資料に目を通す。
一つも俺が知らない情報は無い。

「…ねぇ、リヴァイ」
「ん?」
「やっぱり、君たちどこか似ているよ」
「…誰とだ?」
「あー、やっぱいいや、なんでもない。もうそろそろ寝るよ。おやすみね」
「そうか。寝る前に小便行って来いよ」
「言われなくてもわかってるよ」

うるさい奴が出ていけば部屋は静まり返る。
静かな時間が一番楽だが、一番苦痛だった。
資料をそろえ机に置く。そしてソファに横になる。
何も考えない。が、ふと今日のやりとりを思い出した。

ミカサ。
お前は俺のようになるな。
認めたくないが俺とお前はどこか似ている。
故に気がかりだった。
だからと言って、自ら関わりたいという訳でもない。
触れるか触れないかくらいの微妙な関わりで良い。
考えながらリヴァイは睡魔に身を委ねた。

***

平行線。
それは平面上では決して交わらない二つの線。
だが球体に平行線を書いた時とする。
すると地球の経線のように極点で交わってしまう。

June 23, 2013

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