あなたの為に | ナノ
――寒い。
 寒いのに、感覚は起きているのに……瞼が開かない。そう思っていた時、誰かが私のところに駆け寄ってくる足音、というよりザクザクとなにかを踏むような音と共に私はまた、意識を手放した。

 暖かい夢。それは私と彼女が一緒にひなたぼっこをして暖かいねって笑い合って、そして勉強してたら眠くなっちゃって、昼寝して。懐かしい暖かさ。なのに、少しズレるとルーティさんやカイルくんの笑顔が浮かんで、小さなあの場所で人々の楽しそうな笑顔、そして小鳥に犬に…土の上を歩く虫が、すごく暖かくて……同時に変だと思った。
――違う。私はここの人間じゃない、なのに……なんでこんなにも……。

 そこで私の意識はすぐさま戻され、暖かい風景が消えてしまう。暖かい風景を追いかけるように目を開ければ、そこは薄暗い場所だった。体には毛布がかけられていて、明かりはランプというものだけがあり、他を探すと私の持っていた剣が立て掛けてあった。ハッとしたように急いでそれを腕に抱く。
 知らない場所で知らない人に拾われた……。それだけでも怖いのに、もしかしたらあの女性に何かされてしまったんだという恐怖も沸いて来る。怖くて泣きそうになった時、傍で何かが擦れる音が聞こえた。そっちを向くと誰かが眠っていたらしく、それに気付けなかった自分を怒りたくなったがそれを抑えて人を見る。

「ん……ああ、起きたんだ。おはよー」
「え、あ……」

 呑気な話し方と危機感の無さ、そしてどこかで聞いたことあるような……。そんな考えをしていた時、その人は少しだけ近寄ってきて私の額に右手を添えて左手は自分の額に添えると『ん、大丈夫みたいだな!』と笑顔で答えた。赤と茶色が混ざったような、でも暗くもなく明るくもない髪の色。それに反して真っ青な瞳。髪の長さは肩に付きそうで付かない長さ、そして声。

「お前、雪ん中で倒れてたんだけど……どっかから逃げてきたの? にしては身軽で荷物なんてなかったし、あったのはその剣だけか……だとしたら道に迷ったとか? んなわけないか、こんな所で迷う人間なんてそうそういないよ」

 肩を竦めながらそんなことを言う声に、私はハッとして剣と目の前を交互に見遣る。やっぱりこの声は剣から聞こえてきた声だ! でもなんで目の前に? もしかしたら剣から出てきたとか? そんなことがこの世で出来てしまうんだろうか。悶々と考えても分からないし、剣が喋らないとなるとそういうことになるんだと自己解決して、目の前の人を見詰めた。その人はそんな私の行動を変に思ったのか『……もしかして君の剣と僕って、似てるの?』と自分を指差しながら聞いてきたけれど、首を振っておいた。

「……まあいいけど。んじゃ、大丈夫みたいだからここでちょっと待ってて。僕これから行かなきゃだから」

『あ、上に知らせなきゃダメなのかな?……いっか』と小さく呟いた後そのまま出て行ってしまう。残された私はどうするべきか分からなくて剣を抱きしめていたが、そこでハッと気付く。……剣が喋らない。もしかしたら自分が目の前に居たから違和感で喋れないのか、同じ人が存在していると話せないのか分からないけれど、少し心細い。話して喋ってくれないかな…なんて思ってしまう。
 出て行ったきりなかなか帰って来なくてどれくらい時間が経ったんだろう、また眠気が襲ってくる。さっき自分が横になっていた場所に横になると、頭の中に声が響いてきた。

『……なあ』
「ぅん…?」
『……お前、千年前に飛ばされてるって、気付いたか?』
「んー……」

 今にも眠ってしまいそうで、剣の声だと分かっていても曖昧な返事しか返せない。そういえばやっと今話してるなあ……さっきまで寝てたのかな? まあ、でもいいかなあ。

「んー……眠い……」
『ああ、そういえば名前言ってなかったかな……僕は……』

「ん? ああ、ごめん、寝るところだった?」

 剣が自分の名前を言おうとした時にさっきの人が帰ってきた。でも私は眠くて、ただジッと見詰めて頷く。すると『お前、ガキだなー』と笑いながら私の頭を撫でて、寝てもいいと言われた。その言葉で素直に寝ることにして私は目を閉じる。その時彼は『あ、僕の名前はユリアラ。バルセウス・ユリアラだよ』と意識が遠のく時に聞こえてきたから、口だけでも名前を呼んでそこで本当に意識を手放した。温かくて、落ち着くその体温のおかげなのか……見た夢がすごく安心できる夢だった気がする。

   *

 目が覚めれば部屋には誰も居なくて、ただ傍に剣のみがいた。

「おはよう、えっと……」
『ユリアラ、だ。お前僕のマスターになったんだから覚えてよ』

『ごめん……ユリアラ』と言えば少しした後に気にしてないと返ってきたので安心したのもつかの間、いきなり誰かが入って来たかと思いそちらを向くとユリアラではない知らない人がいた。びっくりして固まっていたら、相手も見詰め返してきてお互いが固まったままだった。

「お、お前……誰だ?」
「あの……私、ユリアラ……に……」

 いきなり発せられた言葉になんとか答えたら相手も分かったようで、さっきよりも柔らかい雰囲気で自分の事を紹介してくれた。彼はユリアラと一緒の部隊にいるアスティーと言うらしい。もちろん部隊とはよく分からないけれども、きっと王様に仕える兵というものだろうか……そういったのを本で読んだことがある。
 アスティーは私にユリアラのことを沢山話してくれた。そのあと、私の手元にある剣を見て戦えるかと尋ねられ、少しはと答えると驚かれてしまう。

「へえー、立派なモンだな。あんた美人だからてっきり……」
「美人……? 私?」

 いきなりのことでアスティーの言葉を遮り聞いたら笑顔で『ああ、美人だぜ、お嬢さん!』と言われ、何故か恥ずかしくなってしまう。美人と言われるのは初めてだし、なにより今までは子供扱いされていて悲しかった。けれど、これはこれで恥ずかしい気がする。暫くしてユリアラが帰ってきて、アスティーは交代するように出て行った。またユリアラと私だけになり、私はジッと見詰める。

「さて、アリア。君にはちょっと危ないかもしれないが、そこはここより安全だから移動しよう」

『ある人に話したら連れて来いって言われてさ』と苦笑しながら説明してくれ、私は了解して頷いた。出発はあと少ししたらするみたいで、それまではここでユリアラと一緒にのんびり過ごすとのこと。……でも、それはつかの間だった。


「ユリアラ! 突然変異した魔物達がこちらに向かって襲って来てるぞ!」

 いきなり入って来た知らない人は慌てている様子で、ユリアラにそう告げてすぐに外に戻ってしまった。ユリアラはそれに驚いて思い切り立ち上がり、私にここに居るようにと言ったあと出て行こうとした時立ち止まり私を振り向いた。

「……やっぱり一緒に来て。君を一人にしたら死んでしまうかもしれない」
「え……死ぬ……」
「とりあえず早く! きっとあの人が助けてくれるから!」

 私の元まで来て手を掴んで行こうとする間に私は剣を……ユリアラを抱き抱えるように持って外に出た。そこは一面真っ白で、でも空は灰色の薄暗い空だった。剣のユリアラの話によると、天地戦争の真っ只中に私はいるらしい。
 私はユリアラと走りながら行く先々には魔物と戦う人達ばかりで、私はあの時の事を思い出してしまう。でも、これは魔物と人だ。
 人と人ではないことに少なからず安心はしているものの、やっぱりこれは戦争なんだろうと認識せざるをえなくなる。私は頭を振って、無理矢理外に放り出して忘れたフリをした。これは違う、ただ状況が似ているだけで……全く別だから。

 暫く進んだあと、途中あったテントで一旦中に入って呼吸を落ち着かせた。あまり休んでられないと思ったのか、ユリアラは私に剣を構えるように言ってきたのに驚きはしないものの戸惑う。剣は持った事がなかった。持ったことがあるのは、弓ぐらいのもの。

「あの、私……剣、無理です」
「……はあ!? お前、なんの為に持ってんだよそれ。飾りなの? なんなら僕が……」
「いやっ! こ、これは私の……です、から……!」

 怒り出したユリアラは私の持っていた剣を取り上げようと手を伸ばすが、私は取られまいと強く抱きしめて背を向けて拒否を示した。彼には悪いけれど、使わせたくないし渡したくもない。
 そんな私を見てユリアラは何故か切羽詰まっているようで『もう知らない! 好きにどっか行け!』と言ってテントから出て行ってしまった。残された私は剣を……ユリアラの名前を呼びながらその場にうずくまって、剣を今だに抱きしめる。

『……アリア』
「……なあに、ユリアラ」
『いや、今の僕だったらお前を置いて行く事なんてしないって、思っただけ』

 小さく『そっか』と言えば『お前は僕のマスターだから』と静かに言葉が返ってくる。それだけでも嬉しくて、私はユリアラをもう一度強く抱きしめる。置いて行く事なんてしない……その言葉だけで私は一人じゃないって実感して、安心した。
 その時。焦げ臭い匂いとともに魔物がテントの中に入ってきた。私はそばにあったロープでユリアラを背負うように体に巻いて前で結ぶ。そして私は深呼吸をして拳を握り、構えた。

『お、おいアリア……! 僕を使わないの?!』
「だから……私、剣は使ったことないの……!」

 慌てるユリアラに、私は魔物に攻撃を浴びせる。倒す度に輝く何かが周りに散らばるのを見て、少し不思議に思いながら倒していく。やっと魔物が居なくなり、散らばっているものを見ようとしゃがみ込んで見てみたら、キラキラと輝いていて綺麗だった。
 ユリアラによるとレンズらしくて、大事なものらしいがよく分からないけれど拾っておいた。そしてふと焦げ臭さが強くなったのを思い出して、周りを見るとテントが燃えていて、逃げ場が無くなってしまっていた。

「うそ……燃えて、る……」
『は、早くテントから出るよ!』
「う、うん……っ」

 ユリアラの言葉に頷いて火がそんなに強くない場所に向かって走り、咳き込みながらもテントから出た。そしてまた真っ白で灰色の空が広がる薄暗く、人と魔物が戦う隙間を縫って真っ白い雪に足を取られながら、無我夢中で私だけを執拗に追ってくる魔物から逃げる。

 その時人の方であるユリアラが目の前に居て、向こうも私を見つけと思ったら驚いた顔をして私に手を伸ばしてきた。その手を取ろうとした時、私はそっちに気を取られていた。私を追って後ろにいた魔物に横に突き飛ばされ、近くの木に背中から体を打ち付けてしまう。
 魔物は私の周りを囲むように迫って来ていて、魔物の間にユリアラを見つけて私は咄嗟に『逃げて!』と叫んでいて、自分自身にも驚いた。でも、今ここで逃げてもらわなきゃいけない気がするから。私は体中痛みながらも立ち上がってここではない離れた場所へ行こうと森の奥へ逃げ、多くなる魔物に怖くなりながら走ることはやめなかった。

――ただ、死にたくないだけ。

 たったそれだけで私の体は自然と動いてくれて、あの時のように縛られていた私じゃないのだと自覚する。言われて動けない私じゃないから……大丈夫、大丈夫、生きる、私は、絶対に。いつか魔物も諦めてくれる……。
 その時だ。あの時、聞こえた声が聞こえてきた。『生きたいか』と。あの人は人なのか分からないけれど、なんでそんなことを聞くのか分からない。わからないけど……。

「生きたい、生きたいに決まってる……! 私は、私……は……!」
『お、おいアリア? 何一人で喋って……』
「ユリアラ、私……死にたくない……! 私、まだ……まだ……」

 だけど、それでも生きることに縋り付きたい。
 突然奪われた私の世界、突然現れた私の新しい世界。私はまだこどもで、考えとかちゃんと今はまだ出来ない。けれど、生きることにだけはどんなに無知でも感情的にはあるはずだから。
『なら、私の為に動け。そうすれば……生きられる』そう言った声に少し変な感覚を覚えた。昨日か今日かいつかは分からないけど、会った時に彼女は私を邪魔だと言っていた。なのに今彼女は私に生きろと言ってきて、よく分からない人。でも深くなんて考えたくなくて、私は言う通りにすると、この後何があるかなんて知りもしないで私はそう答えていた。それと同時に体が傾くのが分かり、下を見たら底が分からない崖で、体はそのまま落ちていく。

 ああ、きっと彼女に騙されたんだ。やっぱり、彼女は私に生きて欲しくないんだ。ユリアラが何度か私の名前を呼ぶけれど、分からない。落ちていくなか、私は意識を手放した。


”世の中、全て騙し騙される世界”
 それが裏での台詞で、紙一重なこの世の中の一つ向こうではよくあるやり方らしい。……なら、表の世界は? その答えを、誰も教えてはくれなかった。
 人は何ものにも執着して本当の事を忘れてしまう。大事なものはいつも側にあるのに、それに気づけないでいる。大事なものが居て幸せなのに、贅沢になり、いつしか乞うようになってしまったと。それが、私の世界だった場所での――



『……アリア』

 ふと、ユリアラの声が聞こえた。小さく、囁くような声。そこで思い切り目を開け、目の前を見詰める。私は荒い息を落ち着かせる為に深呼吸をしようと思ったけれど、今の状況を把握しようとするが分からず、ゆっくり起き上がって周りを見渡した。
 私が横になっていたのは二段ベッドの一番上だったようで、ベッドから降りて改めて周りを見渡すが窓一つなく、ただ大きな扉みたいなのが一つあるだけで他は何もない。仕方なく二段ベッドの上にではなく下の方に潜り込み、今の状況に恐怖しながら目をつぶった。そこで私はふと、よく最近眠るなあと思いながら、何故かいつも襲う睡魔に抗うことなく、意識を手放した。

……ここからが、はじまりだなんて知らない。
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