あなたの為に | ナノ

 暫くして降りてきた三人は、私の心配をよそに楽しく会話し始めた。その様子を私は少しの間眺め、一旦着替える為に部屋に戻る。だぼっとした服から、私の着ていた服へと着替えた。やっぱりどこかこの格好の方が落ち着く。
 小さな鏡の前で左半身の包帯をしっかりと確認をして、楽しく会話をする三人の邪魔をしないようにこっそりと外へと出る。考えてみると、初めてここに来てからの外出。……少し楽しい気持ちになるのはどうしてだろう?

 今日はとてもいい天気。そんなことを思いながら橋を渡ると、そこには多分噴水なんだろうそれがここを象徴するように綺麗な水を噴き出していた。噴き出す少し上では綺麗な虹が現れている。
 とても穏やかで、優しい感じがするこの場所に私はここへ来ずに居たんだと思うと、すごく外に出る事が遅かったんだと気づかされる。……ちょっと勿体なかった。でも、これからもここに来て外で一杯空気を吸おうと決めて私は歩き出す。知ったからには沢山外に出なくちゃ!

 お店や宿、それに畑や小鳥達。たくさんの自然がそこにあって、私は初めて実際の自分の目で見るものばかりで興味が沸いた。
 畑を見つめていたら小さな虫が土の上を歩いていたり、柵越しに犬がしっぽを振ってこっちに吠えていたり。とても気持ちが上がるような気分だ。
 そしてふと私は、この小さな町の境界線らしきところに立った。そこはここと違い草が勝手に生えていて私は一歩踏み出してみる。踏んでみて土とは違う柔らかさに私は興味を引かれ、その上を歩く。
 不思議と楽しくなって暫く歩いていたら、ふと前を見るとそこは木が沢山生い茂っていて、森だと気付く。……あの町近くにこんな森があったなんて分からなかった。
 でも、私は相当遠くまで来ていたらしく周りを見渡しても町の家の屋根らしきものは見当たらない。少し怖くなって、私はそのまま森の中に入って、さ迷い歩く。

 時々聞こえる生き物の鳴き声に草を踏む音。そして薄暗さに、私は自然と自身を抱きしめるようにして周りを気にしながら歩みは止めず、歩き続けた。

──もしこのまま帰れなかったら?
 ルーティさんやカイルくんに迷惑を掛けて、探しに来た二人がここに居た私を見付けて泣くのか呆れるのか。……それとも、はたまた忘れられてしまうんじゃないか。そんな考えが頭の中を支配して、怖くなって涙が出てきそうになる。
 まだ、死にたくない。死ぬなんて、まだ生きていて、ほんの少ししか生きていないから。

──その時。頭に響く声が聞こえて来た。
『こっち』と囁くようなそんな声に、自然と足がそちらに向く。頭に響く声は最初は小さかったのに、声の場所に近付いているんだろう。それはどんどん大きく頭に響いてくる。
 徐々に早くなる足に私はついに走っていて、高く成長しきった草を掻き分けた時、目の前にそれは現れた。

「わ……」

 大きな石と木で出来ている場所は生い茂っていて薄暗いにも関わらず、私にはその場所だけはっきりと見える。少し戸惑ったけれども、ゆっくりとそこに近付くと一本の剣が守られるように置かれていた。

「……剣?」

 ぽつりと呟いた言葉は、私以外誰にも居なくて自分の声だけ。後は木々のざわめき程度だ。私は、目の前にある見たことのない形の剣を手に取ろうとして、触れる前に止めた。
 もし、誰かの忘れ物だったら? あの声が、もしただの私の幻聴だったら?
 私は剣を手に取るのが怖くて、手を引っ込めて一歩下がった時にまた声が聞こえてくる。しかもそれは鮮明に、直接響く。

『ああ……僕のマスターになる人がやっと現れた。長かったー』
「え……と……?」
『ん? でもなんか違うな……あんたから感じるエネルギーってやつ? 普通より半分っていうか、作られてるっていうか……』

『ま、関係ないか』とか『久々に話せたー!』とか『僕、すごく退屈だったんだよ』とか勝手に話し出す声に私は驚いて周りを見渡すが、私以外誰も居ない。なんだろう、変な感覚だ。落ち着かない。

『あ、僕はこっちね。ほら、こーこ』
「……?」

 まるで自分を示すように言う声と同時に、置かれていた剣の一部分がチカチカと光っている。分からなかったけれど、それが呼んでる気がして後ろに下がってしまっていた足をまた前へ進めて、その剣の目の前に立つと『やっと来てくれたか』と元気な声が聞こえた。間違いなく、声はこの剣から放たれていたのだ。



『まあ。とりあえず、だ』と言った後すぐにここを離れるように言われた。どうしてなのか問い掛けようとした時、静かだった場所が突然騒がしく、木が揺れたり草が踏み付けられる音が響き、その音は多くなる。

『僕目当ての盗賊の奴らがお前の後を追ってたみたいだからな、早くしないとお前は殺されて僕は…どうなるかなんて知らねーけど、ある意味で僕も殺されるんじゃないかな』
「え、え……どうすれば……っ」

 呑気な声を発した剣は慌てる私に『早く僕を持って、逃げるぞ!』と大きく言ったのを聞いて、私は急いで剣を持ち来た道を戻るように走った。
 剣を胸で抱えるように走っていると、そこかしこから男の人の声が叫ぶように聞こえる。『あっち行ったぞ!』とか『絶対に手に入れてやる!』とか言うのが丸聞こえで、怖くて止まることなく走った。走っていないと、追い付かれて殺されてしまうんじゃないか。そう思うと止まれない。

『お前、トロいなー』
「うぅ……走るなんて、久しぶり……なんだもん……!」
『へえ……。にしてもお前、見た目に比べて喋り方ガキみたいだな!』

『だって、一年しか生きてないから』と言えば耳をつんざくような叫び声が聞こえた。それはもちろん剣からで、私はびっくりして剣を落としそうになったけれど、なんとか落とさずに走り続ける。

『はあ!? 一年って……っつーことはお前…………一歳?』
「うぅ……話し掛けないでよ、走るの……大変なんだよ……!」

 剣の質問を無視して、私は走るのに専念した。もちろん私の大変さが声で分かったのか黙り込む前に『いざという時は僕を使えよ』と言って黙ってくれる。集中して走ることが出来、何より夢中で走っていたせいか、盗賊らしき人達の声は聞こえなくなった時に森から出られた。
 やっと出られた。そう思った時、見知らぬ女性がまるで空から降りてきたように現れる。私は先程の疲れも相まって、驚いて足がもつれその場に尻餅をついてしまう。
 人とは思えない真っ白い肌に長い手足、まるでそれは本の中で見たことのある聖女そのものを貼付けたような姿をしている。
 その女性は私を見付けた途端、清楚な顔立ちからは思えない驚いたような焦ったような表情になっていて、私は目が離せなくて見詰めていたら切羽詰まるように言われた。

「お前は……私の脚本上には存在しない……。お前は誰だ……これでは私の計画は……!」
「──え……?」

 その人の言っていることが分からなくて私は首を傾げた時、いきなりその人は私に手をかざした。私は怖くなり剣を抱えたまま目をつぶったが何も起きなくて、恐る恐る目を開いて目の前の人を見たら私に手をかざしたまま、突然微笑んだ。

「ふふ、分かったぞ……。これも、私の知らない間に脚本に組まれているという訳か。なんと面白い……。こうでなくてはな……やり甲斐がない」

 一人で何か言っては満足したようで、私に冷たいような人とは思えない笑顔を向けて『お前には上手く動いてもらおう……』と言って去って行ってしまう。
 それと同時にまた盗賊の声に私はハッとして急いで立ち上がり、走り出す。手元にある剣は黙ったまま何も喋らなくて不思議に思ったけれど、気にすることなく走り続けていた時、石につまづいて転んでしまった。

「いったぁ……ううっ」
『お、おい……大丈夫か?』

 やっと話した剣に頷いて立ち上がった時、盗賊の数人が私の前に現れた。ああ、追い付かれてしまったんだ……どうしよう……!
 しかし考えても体は動く事も出来ず『死ねえ!』と叫びながら一人の盗賊が私に切り掛かろうとしてきて、咄嗟に私は目をつぶった。
――まだ、まだ死にたくない!
 そう思った時、頭の中に声が響く。冷たくも優しい、どこか無機質な……先程聞いたことのある声。

『やはりお前は、脚本上に存在してはいけない。』

 そんな言葉を聞いたのを最後に、私は意識を手放した。

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