温かい人 | ナノ






「……これは、?」


 世界の遺跡を見て回り始めて一年と少し。僕は祭壇のようになっている開けた空間の一段高くなっているその場所で唸っていた。壁画にも、きっと当時は大切にされていたであろうモノ達があるそれとは比べ物にならないくらいに存在感が違う“それ”を凝視し、考えていた。
 どうにもこの遺跡には無関係にしか見えない色とりどりとした布を縫い合わせていると思われる“それ”は手のひらサイズの石にも思える。だが、石のように重いわけではない。持ち上げて手のひらで弄ぶと中に何か入っているのか、さらに小さな石を中に入れているようで音が聞こえてくる。投げるものとして使うのか? にしては軽すぎもするが。

 しかし、考えてたところできっとこれは誰かの落とし物だろう。この場に似合わず、色味を見ればまだ新しい。置いておくとも考えたが何故かそれを出来ないのは、かつての友がこんな小さな落とし物でも誰かに届けようと躍起になるかもしれない、なんて考えてしまっているからだろう。二、三個とある“それ”を拾い上げ仕舞い込みながら遺跡の続きを見るべくして立ち上がる。
 人や僕達天族の築き上げてきたものが今あるのは、過去の者達のこうした純粋な手の取り合いから僕達を崇める為(そうでなくとも何かしらの目的があって出来上がったものでも)として生まれ、後世に残していこうと代々受け継がれていったであろう遺跡は、とても意味深い。今となっては人々はここに訪れてくることなどないだろう。いや、僕や彼ならば遺跡探検なんて生易しいだけでは留まらない。
 当時の人々の考えや思考、行動や意味。何の為にここに住み、何の為に作り出し、何の為に残していこうと思ったのか。生き方や色々なことが考える事が出来て、とても面白いのだ。


「そうか、ここの石碑があの壁画に描かれて……」


 石碑に指を這わせ、先程あった壁画を思い出しながら一人呟く。もし友がいれば、ここで僕の言葉に異論を唱えたりもするんだろう。だが今は僕一人だけだ。それでも、二人で夢見た事を僕は成し遂げて見せたかった。いや、あいつが帰ってくるまで僕は一人でも成し遂げたいと思っている。そして本を書き、戻ってきた時にでも自慢してやろう。「一足先に、夢への第一歩を踏み出した」と。きっと驚きながらも、喜んでくれる姿が浮かぶ。
 遺跡の奥深くまで来て、僕はふと立ち止まった。祭壇のような場所と似たような構図をたどり着いた場所でも感じ、止まっていた足を一歩踏み出す。だがその一歩は地面に足を付けることができなかった。


「うわっ」


 咄嗟に体を後ろに引かせ、寸前で落ちずに済んだがそれでは終わりではなかった。後ろに下がった拍子に、地面が崩れ落ちていく。先程までこんな地盤が緩んでいるとは思えない。しかし結局うまく体が反応してくれず、そのまま落下していく。
 その時、持っていた“それ”が手から離れていってしまう。手放してはいけない! そう咄嗟に思い手を伸ばすが届くことなく、僕よりも先に底の見えない暗闇へと吸い込まれていく。落ちていく恐怖はない、その時になれば天響術を使えば全身を地面に打ち付けることなく済むだろう。だがどうだ、どれほど待っても終わりが見えない。どれくらい落ちているのかわからなくなった。


――……いい子、いい子ね。さあ、もう眠る時間よ。目を閉じて


 落ちていく中、どこからともなく声が聞こえてくる。だが声は反響しておらず、直接頭の中に響いてきたのだとわかり焦る。誰かが僕に語りかけているのか? しかしそれにしてはまるで赤子をあやすような声音だ。危機的状況にも関わらずに僕はそんな呑気なことを考え、そしてその言葉に従うようにまぶたが重くなってくる。どういうことだ――?

 考えようにも、突然の眠気と逆らうことのできない何かが僕を動けなくさせた。意識が遠のいていく時先程まで落ちていったのが嘘のように緩和され、ゆっくりと温かさの持つ大きな翼にでも包まれるような感覚を感じて、ついに意識が途切れた。



「あら……? どこからか、迷い込んでしまったのかしら?」






1.儚く消えるは、






「……う」



 頬をぺちぺちと叩かれ、小さく声を出せば「おはう〜?」と言葉を覚えたての子供の声が聞こえてくる。小さな子供が遺跡にいるなんておかしな話だ、と思いながら重いまぶたを開けば綺麗な紫色の目と視線がかち合う。純粋無垢で、とても綺麗だと思ってしまった。「まま〜!」と僕が目を開けたのと同時に小さな子供は僕から離れてどこかへ行ってしまった。それと同時に見えてきた景色に飛び起きて目を見開く。ここはどこだ?
 見慣れない場所だ。確か僕は遺跡にいたはず。なのに今いる場所は多分家なのだろう。テーブルがあり、その奥には人が一人と先ほどの子供がいた。全体的に白で、ところどころにおもちゃが放られており、きっとあの子のだろうとわかる。子供は母親だろう人物の腕を引っ張りながら、僕の元へとやってきた。しかしおかしいことがまだある。僕のことが見えているのか? 疑問が次々に浮かび上がってきて、収集がつかなくなってきた時、手を引かれてやってきた母親は僕を見て優しく微笑んだ。


「彩愛、少し遊んでいて頂戴? ママはこのお兄ちゃんとお話するから」
「あ〜い」


 アヤメと呼ばれた(混乱していて女の子だと今知った)子は舌っ足らずながらも返事をして僕の膝にあったうさぎのぬいぐるみを手に取って少し離れたところでぬいぐるみ相手に話し始めた。「うーたん、かんびょーできましたね〜」とぬいぐるみの頭を撫で、そして思い切り抱きしめる。内容からするにあのうさぎのぬいぐるみが僕のことを看てくれていたのだろうか。そばで小さく笑う声が聞こえ、ハッとして顔を母親の方に戻せば僕を見たあと、ぬぐるみで遊ぶ我が子に視線を向けた。僕と入れ違うように。


「……小さな子って、とても不思議ね。たかがぬいぐるみって言われるかもしれないけれど、子供にとっては大事なお話し相手で、遊び相手。子供にとっての生まれて初めての友達は、きっと与えられたぬいぐるみがそうなんでしょう。唯一の友達が、ぬいぐるみなんて……おかしいことだと、私は思わない。だってそれが、あの子の今見えている世界なのだから」
「世界……」
「ああ、ごめんなさい。いきなりこんなことを話してしまって。あの子……彩愛は、あなたのことが今は“見えて”いるみたいなの」
「“見えて”……?」


 母親は僕がオウム返しで呟いた言葉に頷いて、視線を少し僕に向けたあとどこに向いているかわからない視線を我が子に注いでいるようで、しかしどこを見ているのかわからない目をしていた。
 彼女が言うには、小さな子供には時折誰と話しているのかという事があるという。それはアヤメにだけには限らない、小さくて無垢な子はどのようにでも染まる。どの影響も受けやすい。そしてこの世界では僕のような存在は幽霊とされ、幽霊は「レイカン」が強い人にしか見えないのだという。ということは僕は幽霊に位置づけされるのだろうか。では僕は死んでいると思われている……?


「ま、待て! 僕は死んでない!」
「あら……そうなの?」
「……明らかにここは僕の世界ではないってことだね」


 僕は一人納得するように呟いていれば思考の海に身を投げ込んだ。ここは異世界ということか? ではあの遺跡に突然できた穴から落ちて、僕はこの世界へと降り立ったのだろう。いや、落ちてきたというほうがいいのか。では何故落ちてきたのかというところに疑問がいく。導師である彼なら、この状況に陥ってもおかしくはないのに、僕が?
 どれほど考え込んでいたのだろう、突然膝の上に乗っかってきた重みで我に返る。「にいちゃ〜?」と小さな存在、アヤメが僕を引き戻してくれた。なんだか考えたところで現状が変わるとも思えなくて、重いため息が口からこぼれ落ちる。


「あー! しあわせばいばい、めっ!」
「え? 幸せ……?」
「ん! にいちゃ、しあわせばいばいしちゃう!」

 もしかして、僕がため息をついたことで幸せが逃げてしまったと言いたいのだろう。無垢な存在のアヤメはなんでも素直に受け止め、信じて疑わない。子供っていうのは、不思議だ。早く帰れる手立てを探さなくては。とにかくまずは、この世界について知っていかなきゃならない。
 僕は膝の上で頬を膨らまし目くじらを立てているのに可愛らしく注意をしてくるアヤメの頭に、そっと手を乗せる。「もうため息つかないよ」と言えば途端に花が咲いたような笑顔を見せ、僕も思わず笑顔が溢れた。

 そういえば、とアヤメの母親はどこかと見回せばどこにもいない、出掛けているのか? 僕が思ったことがわかったのか、アヤメは母親が買い物に行ってしまったと教えてくれる。なるほど、僕がいるから心配なく買い物へと行けるというのか。


「にいちゃ、にいちゃ! あそぼ!」
「そういえば名前がまだだったな……僕はミクリオ」
「みく、みく?」
「ミ、ク、リ、オ」
「みくみお?」
「ミ、ク、リ、オ!」
「みくいお〜?」


 多分お兄ちゃんと呼んでいるのだろうが、僕はあえて名前を教えた。だが舌っ足らずなせいでちゃんとした名前を呼んでもらえない。お兄ちゃん、と呼ばれても構わないが折角の縁だ。覚えて欲しいと必死に教えるが、やはり覚えるまでには時間が必要なようだ。時間はまだある。僕はそうゆっくりと考えて「みくいお!」と元気よく僕の名前を遠からずも外れている名前で妥協することにした。

 ここは、僕のいた世界ではない。だけど何故だろう。不思議と焦らなくてもいいんじゃないか、そう思えた。







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