温かい人 | ナノ



 すやすやと眠るアヤメにタオルケットを掛けてやり、散らかし放題のオモチャを片付ける。ただ、うさぎのぬいぐるみだけは手放さないアヤメに思わず笑みが零れた。中身が飛び出るんじゃないかというくらいにきつく抱き締めていて、もうそれは締め上げてるんじゃなかってくらいにも見て取れる。小さな子供というのは、何もしてやらずとも心を癒してくれると、アヤメの母親から聞いてから一人で遊ぶアヤメを見る度に心が落ち着くような、それでいて目が離せなくなったりした。
 でも、見ているだけに徹しようとすれば遊びに付き合わされ、今日は遊ばないのかと待っていれば寝入ってしまう。やっぱり子供の行動は予測不可能で、少し……いやかなり難解で忙しない。


「みーぅ……」
「……寝言、かな」


 うさぎのぬいぐるみが可哀想な状態でアヤメはなにか夢を見ているのだろうか、楽しそうに笑顔を浮かべている。オモチャも片付け終えたあと、眠るアヤメの傍に座り込んで、そっと寝顔を眺めた。小さな子供をこうしてしっかりと見たのは初めてかもしれない。イズチの中では僕もスレイも一番若く、最年少だった。だから、自分たちよりも下の子供はイズチから出てからだったけど……それでも子供は僕たちを認識できないから、こんなに間近は経験したことがない。アヤメの母親も出掛けているし、今はアヤメの昼寝の時間。この子が寝てしまえばすることが無くなってしまう僕は、この際に観察をしてみることにした。
 アヤメの母親とは似つかない髪色、子供特有の少し赤みのある頬。なにより、必死に離さんとする手の小ささにになんとも言えない気持ちが湧き上がる。小さな子供の可愛さなのだろうか、何事にも一生懸命で何事に対しても遊びにしてしまう。無邪気でありながらも、隣り合わせる危険。思わず、考えなくとも良いことが不意に脳裏をかすめるがすぐさま打ち消す。純粋に、僕はこの小さな人の女の子が可愛いと思ってしまっている。だからこそ考えたりしてしまうのかもしれない。


「……いつか君は、僕の事が見えなくなる時が来てしまうのかな」


 なんて、思わず言葉がこぼれ落ちる。小さな子供には見えない友達がいると聞くのは、きっと僕のような存在が小さなこの子たちを守るために、密かに導いているのかもしれない。とは言っても、それはこの世界での話。実際がどうかなんて、僕はまだこの世界での生活も、何もかもを知らない。僕が知る世界は、アヤメとこの場所だけ。




2.今ひと時の眠りを




 初めまして、私は愛菜です。彩愛の母親です。夫は只今海外へと飛んでおり、彩愛の誕生日までには一旦帰国をしてみせようと奮闘をしている娘愛の旦那が不在なのはとてもタイミング良いと言いますか、偶然の重なりです。
 私が何を言っているのか。そう仰る方もいられるでしょう。つい最近我が家へやってきた不思議な青年の事です。彼は所謂人には見えない存在のようで。普通の青年にも見えたのですが……見るからに彼は違うのだと、気づいたのです。何故私がわかるかというのは、そうですね……秘密としておきます。秘め事の多い女性というのは美しいと言われますでしょう? ちなみに夫はこういうことは信じないお方です。私はこういうことは好んでしまう質ですのでご安心ください。
――――では、本題と行きましょう。あの青年……ミクリオさんは、何かによってこちらへとやってきてしまったようなのです。色々と聞きたいところなのですが、今はまだ聞かないほうが良いと私は考えております。この先ミクリオさんが、彩愛にとっての力になれるのならば……私の勝手ではございますが、彼の世界へ今ここで帰すというのはして欲しいとは思っておりません。今現在では、ですが。不思議と彼には彩愛の成長を見届けて欲しいと、勝手に思っています。
 ちなみに私は今、買い物から帰っている途中です。ミクリオさんに彩愛の事を見てもらっているおかげでいつもよりもゆっくりと時間を過ごしてしまいました。急いで帰らなくちゃ、きっとミクリオさんは暇をしてしまっていることでしょう。ああ、そうだ。折角なのですからミクリオさんの洋服でもいつか見繕ってみるのも良いかもしれません。……まるで、一人子供が増えたような心境です。なにより、どこかでこの状況を楽しんでしまっている私がいるのは、なぜでしょう。
 本当ならば、知らない人をここまで歓迎するというのは、してはいけないはずなのに。思わず私は玄関を開けようとした手がドアノブを掴んだだけで動かなくなってしまいました。ああ、きっとこれは夫の両親の影響でしょうか。


「ただ今帰りました」


 自己完結して、私はやっとの事で家の中へ入ります。ここでミクリオさんか彩愛が来てくれるのですが……。と、私は買い物の荷物を持ったまま進めば、なんということでしょう。ミクリオさんは彩愛に寄り添って眠ってしまっているじゃないですか。思わず持っていた買い物袋をそっとその場に置いて、眠る二人の傍に近寄ってみました……。ミクリオさんの手は自然と彩愛の手を握っているじゃありませんか。でもなぜでしょう、ミクリオさんの表情は悲しそうです。ですがその時、彩愛の方からミクリオさんへと擦り寄りました。我が子ながらとても可愛いです。


「……ふふ」


 彩愛は夫によく似ているのです。いいえ、どちらかというと夫の両親の、お父さんでしょうか。おじいちゃんに良く似た娘、唯一私に似ているのはくりっとした目元だけ。ああ、でもこの可愛らしい目元は夫に……あ、思わず語ってしまうところでした。私のことは置いておくといたしましょう。
 満たされたような、とても微笑ましい二人を見れて、私はとても満足しました。あ、夕飯の準備をしなくてはいけません。起きた時に彩愛もミクリオさんもお腹を空かせてしまうことでしょう。急いで準備をしなくては。




――――
――――――



「う、うぅ……ん」
「みーくーいーおー」


 重い、というか苦しい。さっきから何度も僕の名前を呼んでいるようで呼べてない幼い子供の声に、意識が浮上する。あれ、僕はいつの間に眠ってしまっていたんだ? 目を開けようとした時頬をつつかれる。そしてまた「みくいおー」と名前を呼ばれた。どれだけ僕の名前を呼ぶ気なんだろう……。
 少し、遊んでみようかな。と言うことで目を閉じたままジッとしてみた。さて、小さな彼女はどうしてくるのだろうか。少し楽しみにしていたら何を思ったのか、僕の胸のあたりに頭を乗せたのだろうか。体を少し動かして胸あたりを触られたあと、頭を乗せたのを気配で感じた。まさか死んでると思われているのかな。


「うーん? みくいお、おはよーしない?」


 何をしても起きないと思ったのか、頭を上げたのを感じた後「じんこーきょきゅーですね!」と何かを言ったすぐに、僕の唇に柔らかい感触――って、え!?


「っ……ぷはっ!」
「あうっ、あ、みくいお、おはよーした! じんこーきょきゅーはせいこうしたね!」
「したねっじゃないよ! い、いきなりこれはマズイんじゃ……! っていうか、何してるんだ、全く……!」


 まさか人工呼吸のことを言いたかったの!? 突然アヤメからの口付けに僕は思わず口元を拭いた。ぼ、僕の初めてが取られた……。
 僕の顔をじっと見たあと、悲しそうな顔をアヤメは見せた。え、なんで。と動きが止まったのと一緒にアヤメが「じんこーきょきゅー、やだった?」と自分の唇をびろびろといじりながら聞いてきた。嫌とかじゃなくて、家族でもないのにこれは……。なんて言おうか言い淀んでいた時、アヤメの母親が夕食が出来たと呼びに来た。良いタイミングだと思ってアヤメを見たら完全に不機嫌な顔をして母親の元へ行ってしまった。
 これじゃあまるで僕がアヤメになにか悪いことをしてしまったみたいなんだけど、まず僕は初めてを小さな子に奪われたから……僕の方が被害者のはず。でも、小さな子供相手に真面目に考えたりしちゃいけないのかもしれない、なんてなんとか割り切ろうと僕も一緒に食事をするべく立ち上がった。


 案の定、食事の場は静かになってしまった。アヤメはご飯を散らかしながら膨れ面でご飯を食べていて、僕はそんなアヤメの様子が気になってしまっていて口に運んでいく量が少なくなる始末。
 そういえば、ここへ来てこんなふうに食べたりしているけど、実際天族は食事を必要としない。でも、人の食べる物というのは僕にとって慣れ親しんだものだし、今更食べないとか物足りない。人と同じように生きるのも、楽しい。それに、この世界の食べ物は僕の世界と似ている部分もあって興味深いところがある。


「……みくいおたべてなーい。いけないんだー!」
「った、食べてるよ。……ほら」


 食べている手が止まっていることをアヤメに指摘され、すぐさま大きく口の中に放り込んでみせる。さっきの事を根に持っている様子だね……これは。さてと、どうやって言えば良いのか。いや、何かを今言う必要はないのかもしれない。少し拗ねているだけだろうし、ここは時間経過で様子を見るとしよう。僕は食べることに集中するべく、口の中に入れて咀嚼を繰り返す。今日の夕飯もとても美味しい。
 食べることに集中を持って行っているからなのか、それとも僕の態度が気になるのか、口の中に持っていこうとした目の前に、小さなスプーンが目の前に現れた。言わずもがな、アヤメのスプーンだ。ちらりとアヤメに視線を持っていくと向こうも僕をじっと見ている。そして隣の母親はまるでそんな僕たちを気にしていないように食事を続けていた。母親がそれでいいのか……完全にテーブルに乗り上げてしまっているのに。だけど、アヤメにとってはこっちが重大な事なんだろうな。ただただ僕を見てくるアヤメの目は真剣だ。


「……みくいお、あーんして」
「え?」
「みくいお、あーんして!」
「えぇっと……?」


 どういうことかと見ていたら、隣の母親が「彩愛はミクリオさんに食べさせて欲しいんですって」と楽しそうに助け舟を出す。アヤメは頷いていて、僕は困ってしまっていた。僕が、アヤメに食べさせる? どういう意図でそう言い出してるんだろうか。だけど、真剣に僕にご飯を食べさせて欲しいようでテーブルに乗り上げてしまっているままだ。先ほどの不機嫌といい、子供は忙しない。僕は頷いて、アヤメの手からスプーンを受け取る。


「わかったよ。じゃあちゃんと椅子に座ってくれないと、食べさせてあげられないから、座ってくれるかな」
「うんっ!」


 最初こそ、とても慣れないし恥ずかしい事この上ない。でもアヤメは食べることを遊びにしているようで一口、二口とちゃんと食べていた。なのに最後には僕がどうアヤメの口の中へと食べ物を入れていくかという攻防が始まってしまった。僕が食べさせるスプーンから逃れるべく体をあっちこっちと動かしている。席に立たずにいるのだけはとても偉いことだけど。できればちゃんと大人しく食べて欲しい。
 やっとご飯も食べ終えれたかと思えば、お風呂に入りたがらなかったりと今日一日がとても忙しなく終わった、ような気がする。やっと一息つけて、はっと気づいたときにはリビングのソファで朝を迎えていた。タオルケットもかかっているから、きっとこれはアヤメの母親の優しさなのだろう。









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