あなたの傍に | ナノ
3話


 じめじめとした洞窟内では、皆の口数が少なくなってしまっている。とは言っても、モンスターが現れれば戦い時にそれぞれ言葉を交わすが、その程度と言ってしまえばその程度だ。それのお陰もあってか、離れたアリアの場所にはモンスターが来ることもなく、後ろから襲われることも無い。
 安心はするものの、複雑な心境だった。多分彼らは無意識にアリアの事も視野に入れながら戦っている。放って置いてくれても良いのにと思いながらも、彼らの(リオンはどうだかわからないが)優しさというものが感じられた。しかし、それでは彼らの邪魔をしているようなものだ。アリアはむす、と頬を膨らましながら前方を見つめた。怒っていることはなく、むしろ拗ねているという表現の方が近い。





 どれほど歩いただろう。徐々にじめっとした薄暗さが明るくなっていき、先頭を歩いていたスタンは「やっと出口だ!」と明るくなっている洞窟の出口へと走って行くのが、アリアがいる位置でもわかるほど嬉しそうだった。それほどこの空間は彼には堪えるものがあったのだろう。
 しかしアリアは後ろの気配に気付き、咄嗟に振り向いたと同時、列の後方にいたマリーが「まだ安心は出来ないようだぞ」と武器である斧を取り出し、アリアの先にいる敵をみやりながら静かに呟いた。
 目の前に現れたのはケイブクイーンだ。先程見た小さなケイブベビーの親玉のようで、周りにはケイブベビーが数匹と連れ立ってきたようなモンスターもいる。そして更に、目の前でもう数匹のケイブベビーをクイーンは生み出したではないか。


「うげ、気持ち悪ぅ……!」
「これ以上増やされる前に倒すぞ!」


 クイーンが生み出したケイブベビーを見てルーティはげんなりとした表情をし、隣のフィリアは目の前で見た光景を振り払うように頭を振っていた。すぐさま短剣とシャルティエを引き抜き走り出したリオンは、真っ直ぐに本体へと走っていきながら指示を出す。それに伴いそれぞれ武器を取り、そしてアリアも構えた。

 ケイブクイーンに近いアリアは本体へと切り込もうと剣を突き刺すように構え突っ込むが、あまり効いていない。咄嗟に距離をあけ、体制を立て直そうとした時、吐き出された何かが体を思うように動かせなくする。状態異常になってしまったのだ。
 それを見たルーティが状態異常を治す術を発動するため詠唱に入ろうとし、ケイブベビーによって邪魔をされてしまう。動きは鈍いのに、執着なケイブベビーに苛立ちながら倒した時「アリア!」と叫ぶスタンの声に、ハッとしながらルーティがそちらへ向けば状態異常により動けないアリアをケイブヘッドが食らいついていたのだ。


「ちょっとスタン!! 早く助けに行ってやりなさいよ!」
「そうは言っても、狙いが……!」
「チッ……僕が行く!」


 苛立ちを隠そうともせず、リオンはシャルティエの言葉を無視しながら突っ込んでいく。遠目から見ても危機的な状況に対し、シャルティエだけが行かなくてもいいような事を言い出している。だがアリアがあんな状態では長期戦になってしまい、ただでさえ洞窟内のじめじめとした空間、そして脆くいつ足元が崩れてしまうかわからない不安定な場所での戦いは危険極まりない。
 リオンは短剣をケイブヘッドへと突き刺そうと構えたとき、アリアの左肩に食らいついていたケイブヘッドが突然痛みによってアリアを手放したではないか。何が起きたのかとアリアを見るが表情は伺え知れず、アリアは左手をケイブヘッドへと向けて名残のように赤い火花が散っていた。「晶術だと!?」と驚きの声を上げるリオンに僅かに視線を向けたアリアだが、すぐに目前の敵へと視線を移した。


「おい貴様! 何故晶術を――」
『! 坊ちゃん、避けてください!』


 意識を目の前の敵から僅かに逸れてしまったリオンは、シャルティエの声にすぐに目前へと集中させた。今はアリアよりも、目の前の敵を倒してから問い詰める事にした方がよさそうだ。

 リオンは攻撃を避けたあと、ケイブヘッド目掛けて斬撃をお見舞いする。鈍い動きながらも硬いようで効いている様子はないが、先ほどアリアの晶術を見れば術が効くのだろうと見て、後方に術で攻めるようにと指示を出した。動きが鈍い分、術で攻める方が良いだろう。
 前に意識を向けながらも、リオンは隣のアリアを一瞥した。先程まで穏やかな雰囲気は無く、ただアリアは敵をじっと見つめている。……かと思えば突然剣先を降ろし、左手に剣を持ち変え、構えも変わる。何をしようというのか。リオンはそう思いながらも視線を前に戻していた。


「……行きます」


 その時、近くにいたリオンがやっと聞こえる程の声量でアリアが何かを呟いた。すると突然、先ほど左肩に噛み付いてきたケイブヘッドへと突っ込んでいったではないか。
 だが先程とは違い、左手に持ち変えた剣はそのまま大きく開けたケイブヘッドの口へと吸い込まれるように、突き刺さる。乗り上げているような状態のアリアは剣先を突き刺したまま、右腕で何かを投げつけるかのように振りかぶったかと思えば獅子が現れケイブヘッドに直撃した。
 同時にケイブヘッドはレンズと化し見計らったようにマリーが突っ込んでいき、フィリアの晶術が本体へと叩き込まれる。リオンとスタンも続けて本体に攻撃を食らわせていく。





「ふー、やっと終わったな。はい、ルーティ」


 皆が畳み込むように攻撃をぶつけていき、辺りに呼ばれて来てしまったモンスターも排除すれば途端にルーティは散らばったレンズを拾う為に周りをうろちょろし始める。しかし先程のようにおちないよう、慎重にではあるが。スタンも少しではあるが、落ちていたレンズをルーティに手渡す。
 フィリアとマリーは一息を付き、スタンは早くも洞窟の外へと出たくて仕方ない様子だった。そんな彼にリオンは視線を向けてため息を吐く。落ち着きのないやつだ、とそう言葉にしなくとも聞こえてきそうである。その時、アリアへ先ほどのことを問おうと背後へと向けるとケイブベビーにちょうど良く真上から剣を突き立てるアリアの姿がリオンの目に入った。
 その姿は淡々としているようで、表情はもはや無に近く、今何を思いながらケイブベビーを一突きで絶命させたのかと不思議と考えてしまっていた。しかしそれはくだらない事だと頭を振る。そこにモンスターが居たから殺したまでであるのだろう、自分でもきっとそうした、とまるで言い聞かせるように完結させ、先ほどの様子など見ても、知りもしていないという風にしながらアリアに詰め寄った。


「おい、なぜ晶術を使える?」
「晶術……あぁ、炎の事ですか? なぜでしょうか、私にもわからないのです。体が勝手に動いて、勝手に出てきてましたから」
「……」
「あの……何か、おかしかった……ですか?」


 おかしかったに決まっている。ソーディアンを持たない者が晶術を使えるなど、才能がある以外で普通の人が扱える物ではないからだ。しかしそういう人間がいてもおかしくはないが、リオンは気になって仕方ない自分に戸惑い、それを誤魔化しぶつけるように「おかしいに決まっているだろう」と吐き捨ててアリアを睨んだ。


「ソーディアンを持たない者がそうやすやすと晶術を使えてたまるか。見たところ、お前は世間知らずのように見受けられる。それにシャルから――」
「おーい、リオーン! 何やってるんだよー!」


 タイミングが悪くスタンがリオンを呼ぶ声でかき消されてしまう。肝心の言葉を出せず、ぐっとリオンは下唇を噛み締めてアリアに背を向けた。アリアのことで時間を無駄に使うわけにもいかない、急いで泳がせたグレバムを追い、神の眼を盗んだグレバムを捕まえなくてはいけないのだ。
 スタンの呼びかけに歩き出そうとしたリオンはアリアの方を向くことなく、ただ「これ以上僕の視界に映り込むなよ」と言い、その場から急いで離れるように大股で歩き始める。その後ろ姿をアリアはよくわからないというように、首を傾げていたのを知っているのはシャルティエだけだ。





「いやーアリアって凄いんだなぁ!」
「ありがとうございます」
「しかし、あまり無理は禁物だ。突っ込み過ぎないように距離を考えなくてはな」
「……」


 いつの間にか輪の中に入っているアリアに、リオンは先ほどの言葉が無駄になってしまったと表情をしかめさせた。これではいやでも視界に映り込んで要らない言葉を発してしまいそうだった。前方で会話している姿を少し下がった位置から眺め、極力敵が居ないかとそちらに集中する。だが、そんなリオンにスタンは「リオンもそう思うだろ?」とタイミング悪く話を振ってしまう。腰元のシャルティエの慌てたような声は誰にも拾われることはなかった。



「ふん。何が凄い、だ。誰だかわからず、勝手に付いて来て怪しいと思わないとは……本当におめでたい頭をしているな」
「おいリオン、なんで怒ってるんだよ? 一人で向かうより、目的の場所が同じなら少しの間一緒でも……」
「仲間でもないのだから必要ないはずだが? もしかしたら、グレバムの仲間かもしれないんだぞ」


 止まることない二人の会話はエスカレートしていきそうな時、アリアが「喧嘩は……」と小さく言葉を発すると、リオンはそれに噛み付いてきた。



「喧嘩だと? 自分が元凶だとわかっているのか。ソーディアンを持っていないのに晶術など使って……しかも声が聞こえるとは、疑わない以外何も無い。それに、人としての寿命もおかしいところみたいだな。人の皮をかぶったモンスターなんじゃないのか?」
『ぼ、坊ちゃん! それは言い過ぎです!』
「シャル、こいつの肩を持つ気か?」
『違います! でも坊ちゃん、少し落ち着いてください……! 今ここでこんな話をしている場合ではないでしょう? 先を急ぎましょうよ!』


 なんとか主人を宥めようと必死のシャルティエに、アリアは微苦笑を浮かた。だがリオンはそれに気づくことはなくアリアを馬鹿にするように鼻を鳴らし、先を急ぐように歩き出した。フィリアはハラハラとしており、マリーはその様子を眺め、ルーティは「器の小さいお坊ちゃんだこと」と小さく呟いていた。
 スタンはアリアの方を向き謝って、リオンの後を追いかけた。ルーティも歩きながら追いかけ、フィリアはアリアのそばへ行き、申し訳ないとありありと読み取れる表情をアリアに向ける。


「リオンさんはきっと、焦っているのですわ。それでリオンさんは……。あまり、思いつめないでくださいね」
「……ありがとうございます。あ、早く行かないと……皆さん、行ってしまいますよ?」


 笑顔を見せたアリアに、フィリアはホッとしたようで無意識に上がっていた肩を下げ、すぐにスタンたちのあとを追いかけていった。そしてフィリアを追いかけるように、マリーも追いかけていく。
 距離があき、アリアは浮かべていた笑みから表情をなくした。確かに、リオンの言葉も一理があるのかもしれないのだ。



 拾われて目を覚ました数日後、アリアは一人、街の外へと出歩いていたりもしていた。ジョニーに護身術程度でいいからと教えて欲しいとお願いした。教えるというよりただアリアの振るう姿を見てくれているだけだったが。
 だがそれでも、初めて剣を振るったとは思えないほどにアリアの剣さばきは良かった。自己流が入りながらも、十分にモンスターを倒せるほどではあるようだった。その時、アリアは剣の練習をジョニーに見られている状態の中、ふとアリアは術を発動したのだ。勿論ジョニーは驚いたが。何も言わずにいた。否、何も言うことはしなかったという方が正しいのかもしれない。
 その時こそ気にすることはなかったアリアだが、今日リオンに言われてどれほど珍しい事なのかと思えてきていた。そしてなにより、自分ことを自分が一番わかっていないことが悲しかった。


「私が誰かは……思い出せないんです……」


 誰に言うでもなく、アリアは小さく呟いた。否、誰も聞いていないからこそアリアは言葉を吐き出したのかもしれない。視線を前方に向け、離れていくスタンたちの中、桃色のマントを見つけて微苦笑を浮かべる。自分の名前以外は思い出せることは何も無い。しかし、どうしても自分には何かをしなくてはいけないのでは、と彼をシデン領で見たときアリアはそう感じ、そしてそれに素直に従おうと思い、無意識に着いて来ていた。
 
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