あなたの傍に | ナノ
2話


 置いて行かれたように困惑した表情のスタンは自分の腕を引く存在に思い出したように振り返る。リオンと話していたであろうその子――アリアはスタンを見上げ、そして腰元の剣に視線を向けた。興味があるのかとスタンは問いて見れば、表情には出さずに綺麗な緑色の目が輝いて見て取れた。『おいスタン?』と腰元から離れた剣、ディムロスは戸惑った声を発する。少しだけだとアリアへと見せるように持てば、突然「初めまして」と剣相手に挨拶をしたではないか。

 この行動に驚かないわけがない。「まさか聞こえるの!?」とスタンは興奮気味にディムロスを元の位置へと戻してアリアに詰め寄る。何故そんなに驚かれるのかとアリアは僅かに後ろへと下がったことで行動に示し、不思議に思いながらも頷いてみせた。


「もしかして、君もソーディアンマスター!? でも、普通の剣を提げて……って、戦えるってこと!?」
「あ、あのぅ……」
「あ! ごめん、自己紹介がまだだったや。スタン・エルロンって言います! で、こいつがディムロス」


 アリアを置いていくように自己紹介したスタンにアリアは曖昧に笑みを浮かべた。「こらスタン! あんたなにやってんの!」とまるで助けが来たかのようにスタンを呼ぶ声にアリアは無意識に胸をなで下ろす。すかさずやってきた女性、ルーティはアリアに視線を少し寄越したあと何事もなくスタンの腕を引っ張って行ってしまう。何やら言うスタンの言葉を無視して歩くルーティの二人を見つめながら、アリアは果物を拾うべくしゃがみこんだ。踏まれたあとの林檎を見つけ、表情が微かに曇る。






 一行は海底洞窟へたどり着き、じめじめした洞窟を慎重に進んでいった。聞くにはここの地盤はとても脆い。その為足場を気にしながら進むのは精神も使う。しかしこの海底洞窟を通らなければ、先へは進めないのだ。どれほど黙々と進んでいたのか、ふとルーティが立ち止まりごそごそとし始める。


「あ〜もう、ガルドがいっぱいになっちゃったわ。ちょっと入れてる袋を移し替えるから待ってくれる?」
「うん、わかった!」


 律儀に頷いたスタン以外はそれぞれ立ち止まり周囲を見渡し警戒をするマリーと、クレメンテと会話をするフィリア。少し離れた位置でリオンはふ、とため息を吐く。
 主の様子にシャルティエは微かにコアクリスタルを光らせる。ここまで来るのにリオンは不要な会話はしないがアリアの出会いによってそれ以上にだんまりを決め込んでしまっているようだった。声を掛けようと『坊ちゃん……』と戸惑いがちに呼ぶが答えは返ってこない。シャルティエへの返事のようにリオンは僅かに口を開きシャルティエに視線をやるだけだった。


『……そんなに、思いつめなくていいと思います』
「……」
『実は僕は――』


 シャルティエが何かを言おうとしたとき、洞窟内にガルドの音とルーティの声が響く。移し替えるときガルドを壮大にばら撒いてしまったのだろう。リオンは耳で聞いたあと続きを促すようにシャルティエに視線を移す。散らばってしまったガルドの方を気にしてか、シャルティエは遅れてコアクリスタルを光らせる。


『彼女……アリアは、千年前。僕のオリジナルが生きていた頃にも、居たんです』
「それはどういうことだ。それではまるであいつが千年前から生きているということになる」
『いえ、そうではないみたいで……えっと、うまく僕にも説明が』


『すみません』と謝るシャルティエにリオンは納得ができなかったが紫色の目を伏せることで返事をした。考えてもわからないこと、ならば今は気にせずにいればいいだけのことだ。神の眼は目前、そのことにだけ集中すればいい。そう結論を無理やり持ってきたとき、ガルドが足りないと喚くルーティに眉間に皺が寄る。どれだけがめついのだろうか、少しなくなったからといって問題はないというのに。

 やっとのことで見つけたのだろう喜びの声が聞こえたあと、地面が僅かに揺れるのを感じたと思えばスタンとルーティの叫び声と崩れ落ちる音とが洞窟内に響いた。


「ルーティ!」
「スタンさん!」


 マリーとフィリアの声にリオンは立ち上がり、先程までいたであろう場所にできている大きな穴へと近づき覗き込む。穴のそこまで見えず、真っ暗だった。声は聞こえるがどう頑張っても這い上がれない。「世話の焼ける奴らだ」と零し、マリーとフィリアにここにいるようにと指示を出す。一度シデン領へ戻り、ロープを調達してくるとのことで二人は頷いてリオンを見送った。

 さっき来た道を戻りながら、リオンは肩を怒らせながら大股で歩いていた。とんだ迷惑なことをしてくれたものだ。洞窟の地盤が緩んでいると知っていての行為なら置いていくことも考えたが、ルーティのお金に対する執着は異常なもの。それに、ひとかたまりであの場にいればそうなっても仕方ないのかもしれないが。


「全く、あの馬鹿は……いつもいつも!」
『あはは、落ち着いてください坊ちゃん。きっと二人は大丈夫ですよ』
「別に心配などしていない! ただあの馬鹿はどうしてこうも面倒事を起こしてくれるんだと……!」
『でも、わざわざ坊ちゃんが動くのは心配してのこと……でしょ?』
「……勝手に言っていろ」


 シャルティエの言葉に反論しながらもリオンは洞窟から出れば駆け出す。満更でもなく、しかしなんとも言えない気持ちがリオンの中で駆け巡っていた。最初こそ鬱陶しいと、邪魔でしかならなかった存在が今ではリオンの中では確実に変わってきていた。それはリオン自身にはわからない変化だ。
 それに気づいているのは一番にそばにいるシャルティエのみ。本人がどう言おうとも以前よりも賑やかで、主の表情が柔らかくなっているのがわかる。それは本当に微かで、他の人から見ればわからないだろう。それほどまでに、微かなものなのだ。


『さ、急ぎましょう坊ちゃん! このままじゃスタンが穴の中で眠っちゃうかもしれませんよ!』


 元気よくコアクリスタルを光らせながら言うシャルティエにリオンは何も言わず、目前に見えてきたシデン領の文化独特の家々を見遣り、急いだ。ルーティがいるから心配はないが、そうでもしたらこっちが困ってしまう。








 アリアは持ち切れない果物と格闘をしていた時、道具屋の人がそんなアリアを見兼ね、籠を持って手伝ってくれた。お礼を言って立ち上がった時、その人はアリアにロープを渡す。どうしてかと聞けば以前アリアが服を乾かしたいが引っ掛けるものが無かったと言うのを覚えてくれていたようで今渡したという。長さはあまりないが、十分だった。


「ありがとうございますっ」
「いいんだよ。どうせ余り物だから」


 人の良い笑みを浮かべ、手を振ってアリアを見送る。アリアも手を振り返し自分の家へと帰ろうと歩いていれば振り向きざまに人にぶつかる。軽い衝撃ではなく、アリアが尻餅をついてしまう衝撃で思わず小さな悲鳴を上げた。しかしぶつかった本人は目を向けることなくそのまま走り去ってしまう。誰だったのかと顔をそちらに向ければ急いでいる様子のリオンだった。「あ、リオンさんっ」と大きな声を出すが見向きもしない。何かを探し、店の中に入っていくがすぐに出てきては辺りを見渡している。

 籠の中身がちゃんとあるかどうかを確かめ、すぐにまだ見える場所にいるリオンの元へと籠とロープを抱えながら駆け寄ろうとするが走り出す背中にアリアは咄嗟に先程より大きな声で呼んだ。やっとの思いでこっちを見たリオンになぜかアリアは安心し、無意識に肩に力が入っていたのか息を吐き出すのと同時に肩の力が抜ける。


「なんだ。僕は今……おい、それを僕に貸してくれないか」
「え?」


 落ち着いたあと駆け寄っていくと不機嫌な表情からアリアの持っている物にハッとして渡してはくれないかと言われ、困惑した。リオンが欲しがっているのはロープだ。しかもあまり長さのないせいぜい物を縛るか、吊るすかのちょっとした役割を果たすもの。それを欲しがるとはどういうことだろう。何に使うのかと口を開こうとしたとき、腰元のシャルティエが仲間が洞窟で穴に落ちてしまったのだと教えてくれる。


『あまりのんびりもしてられないんだ。それを僕たちにくれないかな?』
「あまり悠長にしていられないんだ」
「あの……でも、」
『あぁ!? 坊ちゃん!?』


 彼女の言葉を聞く前にリオンはロープをひったくる様に手から取り上げ、そのまま背を向けてしまう。突然の出来事とシャルティエの声が遠ざかっていく中、アリアは呆然としていた。何が起きたのかと理解しようとし、そしてアリアは道具屋へと急いで戻りもっと長めのロープを貰えば持っていた籠を持つことも忘れてリオンのあとを追いかけ、シデンを出た。







『ぼ、坊ちゃん! 今のはあんまりにも……!』
「うるさい。今は少しも時間を使えないんだ。もう少し……もう少しで神の眼が取り戻せるんだ」
『だからって……ああもう、知りませんからね! もしロープが短かったりしても知りませんよ!』


 シデン領を出てから止まることなく海底洞窟へと急ぐ。あまり長い時間留まってもいられない。マリーとフィリアがモンスターに囲まれ、二人までもが穴の底に落ちてしまえば元も子もないのだ。目的の物を持っていたのならば、本人の意思は今ここで気にしてはいられなかった。地盤が緩んでいるあの場所に長く居続けることも憚れた。

 海底洞窟にたどり着き、フィリアとマリーがリオンに気づいて安堵の表情をあらわにした。持っていたロープを伸ばせば、先ほどシャルティエの言っていた言葉が現実となってしまった。長さは申し分ない、だが大きな荷物を縛り上げるような丈夫なものではない。焦っていた気持ちが手に持てばわかる変化に気付けなかった事に対しての矛先がアリアへと向く。もはや責任転嫁だ。だがここで戻るのもまた時間がかかってしまう。

 彼女らがいる場所から少し離れた場所で立ち止まってしまっているリオンにマリーとフィリアはどうしたのかと声を掛けようとしたとき「リオンさーん」と少女の声が洞窟内に反響し、リオンの耳へと届く。


「や、やっぱりここにいましたねっ」
「っおい貴様……」


 何故ロープが短いんだ。そう八つ当たりをしようと口を開いたとき、少女――アリアは息を切らせながら、手に持っていたロープをリオンに差し出す。「これで、いいですか……?」そう言うアリアに吐き出そうとした言葉を飲み込み、乱暴にそのロープを受け取る。お前が間違えるからこんなことになるんだ。そう馬鹿にするような言葉にシャルティエの咎めるような声にアリアは首を振り、一言謝った。

 リオンも理解をしていた。悪いのはアリアではなく、焦りで状況判断ができていなかった自分だと。だがそれを認めることがまだできないリオンはアリアに当たった。一緒に旅をする仲間でもないのだからと、少し甘えのような部分を持ち合わせながら。


「ごめんなさい、私が持っているのが普通のロープじゃなかったから……」
『アリアは謝らなくていいんだよ! 確認も許可も取らなかった坊ちゃんが――』
「お喋りしている暇はない、早くあの二人を引き上げる」
『もー、坊ちゃんったらなんでそんなにツンツンなんですかぁ』


 いつもと違う主に先ほどとは違うように声を掛けるが無視をされ、仕方なしにコアクリスタルを僅かに光らせて黙り込んだ。まるでため息を吐き出したかのように。


「マリー、ロープを下ろすから引っ張れ。フィリアもだ」
「ああ、わかった」
「了解しましたわ」


 アリアの事が気になりながらも今はスタンとルーティを助け出すことが優先だ。二人はリオンの言葉に頷き、リオンの後ろにマリー、フィリアと並びロープを持つ。リオンが確認をするように僅かに後ろを見やればマリーが頷く。それを合図にし、リオンはロープを下ろす。
 そう時間がかからないうちにロープを引っ張る力を感じ、両腕でロープを握り締めなおせば途端に引っ張られる重さを感じて「引っ張り上げるぞ」と言うが早いか、マリーの力によってリオンもなぜか引っ張られていく。




「ふう、どうなるかと思った〜。ありがとな、三人とも!」
「……」
「あまり手間を取らせるな」


『坊ちゃんの慈悲に感謝だね』と冗談めかしたシャルティエにスタンは再度リオンに向かってお礼を言う。ふん、と鼻を鳴らすだけだったが満更でもないのだろうということが分かる。だがルーティは顔を俯かせたまま、小さく何かを呟いた。その言葉が聞こえずスタン以外はなんて言ったのかルーティを見つめれば顔を上げたルーティは「ごめん、次から気をつけるわ」と微苦笑を浮かべて皆の顔を見渡す。
 みんなが驚きながらも、笑顔を浮かべたところでルーティは気づいたように一人の少女を視界に捉える。自分に視線が向いたことでアリアは驚きながらも「助かって良かったです」とルーティに笑顔を向けた。


「もしかして、ロープ持ってきたのって……えーと?」
「あ、アリアって言います」
「そ。アリアね。ありがと、助かったわ」
「いえそんな。私はただ持ってきただけですから。……じゃあ、私は帰り――」


『敵です!』と叫ぶシャルティエの声にそれぞれ武器を構えた。アリアも構えようとした時リオンの足でまといだと言う言葉を聞き、動けなくなる。ここまで来たのも、戦闘ができたからだ。なのにまるでそれを理解してもらえていなかった。
 戦闘が始まっている中、アリアは後ろで戦うリオンたちを見つめ、無意識のうちに口をへの字に曲げていた。悔しいわけでもなく、不甲斐なさでもない。知らない人物であるのは理解しているし、アリアも彼らを知らないからわかる。だが、心の中に広がるのは悲しいという感情だけだった。

「私だって……」と呟かれた言葉は彼らには聞こえることはなく、ただ静かに戦闘音にかき消された。





 「あ、あの……」


 あまり長引くことなく戦闘も終え、タイミングを見てアリアは声を掛けた。それぞれアリアに顔を向けたあと、スタンは「あ、シデン領に送っていった方がいいよな?」と首を傾げてみせながら問うが、アリアはその言葉を聞くとその必要はないと否定の言葉を口にした。ありがたいとは思えど、ここまで来れたのも自分の力。相手の手を煩わせるつもりは毛頭もない。しかしここで帰ろうなんて思わなくなっていた。
 口を開いて閉じてを繰り返していればリオンの鋭い視線をアリアは受け、その視線に負けずに強くリオンを見遣った。たとえ毛嫌いをされたとしても、アリアはここで身を引くべきではないと。アリアの視線に気付いてか、一瞬見開かれるがすぐさま細められる。わずかな変化に見ていたアリア自身気づくこともなく、意を決して自分も一緒に洞窟を抜けると言い出した。


「私も、洞窟を抜けるまででいいです……一緒に……いえ、後ろからついていってもいいですか?」
「え、でも……」
「自分の身は自分で守ります。例えモンスターに襲われても、放って置いてくれていいです」



――“あなたは、皆が大切で、大好きだから……私を疑うしか出来なかったんだよね……?”


「っ……?」
『坊ちゃん……?』


 不意に、リオンの頭の中に声が聞こえてきた。しかしその違和感はほんの少しであまり気にもとめず、シャルティエの言葉に首を振ってみせた。顔を上げスタンが食い下がる姿を見て「先へ進むぞ」とこれ以上意味のない会話を断ち切るように言葉を投げかけ、一足先に歩き出す。
 アリアはリオンの背中を見つめ、自分のことは気にしなくてもいいと笑みを浮かべればスタンはリオンの元へと走って去っていく。それぞれの三人もアリアに何かあれば言ってくれていいと有難い言葉を聞き、頷いてみせるとルーティはフィリアに声を掛けて歩き出しす。だがマリーだけはアリアをじっと見つめ、考え事をしている素振りを見せた。


「あの……?」
「いや、まるで似ていると思っていた。気にしなくていい」
「えっと? ……はい」
「二人も言っていたが、あまり無理はせず頼ってくれ。ルーティとスタンの命の恩人だからな。わたしにとっても恩人だ」


 優しく微笑んで言葉をくれるマリーにアリアは肩に入っていた力を抜いてお礼を言う。笑顔を浮かべたアリアに安心してか、マリーは頷いて歩き出していった。その背中を見つめ、そして右の腰に提げている剣の柄を握り締め、アリアも少し離れた場所を保ちながら歩き始める。

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