「なんで」 「なんでと言われても」 「なんで俺は行けないのに、室ちんは行けんの?意味わかんない」 「意味わかんないって、仕方ないでしょ」 敦のわがままは今に始まったことじゃないけれど、今回ばかりはきいてあげるわけにはいかない。というより、私にはどうすることもできないことに腹を立てているのだから。 「学年が違うんだから」 だから、私のこの言葉で世界の終りみたいな顔をするのはやめてほしい。 「なんで」 「敦が私より一年遅く生まれて、私が敦より一年早く生まれたからだよ」 「でも室ちんは一緒に行くんでしょ?」 「だって氷室は同い年だもの」 「そんなのずるい」 修学旅行なんて、入学する前から決まっている行事である。そろそろ部屋割りだの、旅行プランだのを決めようという時期になり、私と氷室は自由時間を一緒にまわることを決めたので、どこに行きたいとか、ここが楽しみだとか、そんな話を部活の休憩中に話してしまったのがいけなかった。敦はちょっとお菓子を補充しにどっかにいっていたため、先輩たちが俺たちの時は〜なんて話をし始めた時にこの話の輪に加わったのだが、最初は自分も行けるものとなぜだか勝手に思い込んでいたから大人しかった。しかし、氷室も劉も行けるのに、自分だけが行けないと言うことが分かると烈火のごとく怒りだし、そのあとの部活をサボるほど不機嫌になってしまったのだ。私は死ぬ気で機嫌を取ったが、結局その日、敦は全くバスケをしないまま帰ってしまい、監督の目が大変痛かった。 そして今、今日も部活をサボろうとする敦を必死に説得中だ。 「俺も一緒に行く」 「いや、無理でしょ」 「だったら、俺と来年行こう」 「それも、無理でしょ」 「なんでそんなに意地悪言うの?」 「意地悪じゃないこと、わかってるんでしょ、敦」 「わかんねーし」 敦は机からかたくなに動かず、ぐちぐちいいながらもお菓子を食べる手は休めない。昨日より拗ねた表情は柔らかくなったと思うが、いつものゆるい顔じゃない敦はちょっとだけ怖い。大きな体と相まって威圧感があるのだ。しかし、その大きさとは裏腹に全く持って子どもそのものである。 「ねえ、部活行こうよ」 「やだ」 「敦が部活行かなくたって、私は行くよ」 「勝手に行けばいいじゃん」 「修学旅行も、勝手に行くよ」 「何でそういうこと言うの」 泣きそうな声で言うから、持ち上げたかばんをおろして、いつもより私の近くにある頭をよしよしとなでてやる。実際泣きたいのはこっちだ。さっきから携帯のバイブがしょっちゅう鳴っているのは、さっさと敦を連れてこいとのメールと電話のせいである。戻っても戻らなくても怒られるのは目に見えているので、早いとこ済ませてしまいたいのが本音だ。 「なんで」 「なんでといわれても」 「俺を優先してよ」 「それこそ、なんで」 「そうやって俺を置いてどんどん先に行く」 「置いていかないよ」 「置いてくじゃん、小学も中学も高校も大学も全部先にいなくなる。なんでも先にやって、俺のことなんか忘れるんでしょ」 そんなことを考えていたのか、と正直びっくりした。たしかに小学も中学も先に卒業してしまったし、先に秋田に引っ越したのは私だ。まさか高校まで同じになるとは思わなかったけれど。大学は今のところ分からないが、順当にいけば私が先にいなくなるだろう。私と敦の一年の差は、埋まらない。どうしたって私は先に生まれ落ちたのだ。 けれど、年上の方が置いていくなんて、そんなことはない。敦は私が置いていくというけれど、私の方がよっぽどおいていかれている。敦のいない中学や高校で、一年過ごして、敦が同じ場所に来て、そのたびに私が寂しい思いをしているなんて知らないんだ。知らなくていい、と思っていたけれど。 たった一年、同じ場所にいないだけで敦は全然違う人みたいになる。敦はいつの間にか大きくなってしまった。いつの間にか女の子にもてるようになっていた。いつの間にかめんどくさがっていたバスケも(本人は否定しているけど)真剣に取り組むようになって、すごいバスケの選手になっていた。この間の大会で、敦に話しかける人は多かったけれど、私の知らない知り合いばっかり。どこにいったってもてはやされるし、実はクラスにすごく仲のいい女の子がいるのも知っている。 そんな風に、待っている私を置いていくくせに。 それでも私に、愛してとぐずるの、まだ。 「俺を置いていかないで」 「私は、おいていかないよ」 「うそつき」 「嘘じゃない」 「そうやっていつもごまかす」 「それは敦でしょ」 「は?ちげーし、なんでそうなんの」 「私はここにいるから、敦は何にも心配しないで、遠くに行っていいの」 「…俺がどっかいってもいいの?」 「敦がそうしたいなら」 「どこにもいかないから」 お菓子が床に落ちるのも構わず、私を抱きしめる敦の腕は、昔よりずっとたくましくなっていた。そうやって、私をここに縛り付けているのに、敦は構わずどこかに行ってしまうだろうことを知っている。いつか必ず、あっさりと私を置いていくんだろうと思っている。私に興味がなくなるまでの、この執着心だと。けれど、愛してとぐずるこの大きな幼子は今、私がすべてみたいな顔をするから、その大きな男らしい手を振り払うこともできずに、甘やかし続けてしまうのだ。 130118 |