短編 | ナノ


セオドール・ノットと夢主 
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 暇さえあれば僕の周りを彷徨く女生徒。日々募る苛立ちは既に喉まで出かかっているのに、それは凝固し詰まったままで。近付くなと一喝することも出来ず、同級生であり加えて同じ寮生なのだから、どうしようもない。手を打つことは一つも無いのだと自身に言い聞かせ、毎日をやり過ごしている。組み分け帽子は何故こんな喧しく鬱陶しい生徒をスリザリンに選んだのか、訳は理解は出来ても到底納得がいかない。
 同年代の女子より小柄で華奢なこのストーカー、もといネリネ。ほぼ丸一日、四六時中付き纏われては嫌でも名くらい覚える。また聞きだが、ネリネの両親はアズカバン監獄要塞に収容中なのだとか。恐らく"例のあの人"が行方不明になった後も、忠実に仕えていたのだろう、僕の父と同じように。

「ねえ、今日の呪文学、二人一組なんだって!」

「ああ、そう」

 精一杯首を伸ばして此方を見上げるネリネの姿は、傍から見れば可愛らしい仕草だと映るだろう。僕はそう見える人たちに訴えたい、目線を落としてみろと。腰に突きつけられた赤茶色の曲がりくねった杖。これが主な原因で僕はネリネを冷たく扱えど、引き離すことが出来ないのだ。
一年の終わり頃だっただろうか。もう付き纏うなと声を荒げた僕に向かって、ネリネは容赦なく攻撃魔法を放った。突然倒れ込んだように見えたのだろう、心配そうに僕の様子を観察する生徒達に上手く紛れ込んだネリネは、不安げな面持ちで小さく冷たい声色で言い放った。僕が土に還るまで忘れない、忘れられないであろうことを。

 ーあなたのお父さんはね、少しでも罪を逃れようと私の両親を売ったんだよ。

 それからというもの、袖の中に杖を構えたまま周りを彷徨くネリネを突き放すことが出来なくなった。一人になれる時間は男子寮に駆け込んでからか、トイレの間くらいだ。
 僕の父がしたことを恨んでいるのなら、何故表面上だけであっても親しげに付き纏うのか、必要以上に関わろとするのか。僕にはネリネの思考が理解出来なかった。

「...組めばいいんだろ」

「やった! あーあ、セオドールは勉強できるから授業も不安じゃないんでしょ。 わかんないところがあったら教えてね」

 三年前に一年生が知るはずも使えるはずもない攻撃魔法を放っておきながら、どの口が物を言うのだ。間の抜けた無害そうな笑顔の裏に一体なにを隠しているのか、わからない。浮き足立つネリネを見下ろして、僕は深く溜め息を吐いた。
 結局、二人一組の呪文学ではなにも教えることは無く、いとも簡単に呪文を成功させたネリネはさぞかしご機嫌のようで、隣で鼻歌を歌っている。当然、机の下で僕に杖を突きつけたまま、だ。
 こうしてネリネは卒業するまで僕を脅し、付き纏うのだろう。自由を奪われ精神を殺された両親の敵討ち、と言ったところか。

 しかし五年生のとある日から、ネリネは僕に取り憑くのをぱたりと止めた。日刊予言者新聞の一面を飾る、闇の魔法使い集団脱獄の文字。脱獄者リストにはネリネの両親の名も、僕の父の名も載っている。戀しい両親が脱獄であろうと事実上帰ってきたため、もう僕に付き纏い精神的に追い詰める必要が無くなったのだろう。
 そう、僕は裏側で複雑に絡み合う事情を知ろうともせず自己解決させた。隣にネリネが居ないことに寂しいという感情を抱いたことを、掻き消して。

 蘇った"例のあの人"に再び膝をついたのはネリネの両親だけでなく、僕の父も同様だった。僕とネリネの違う点と言えば、僕はただ暗雲立ち込めるホグワーツで学生を続け、ネリネはクリスマス休暇以降ホグワーツに現れなかったということだけだ。今頃、両親と共に死喰い人として暗躍しているのだろう、僕の父も同様に。

「寂しくは、ない。 ただ不安なだけだ…」

 杖を突きつけ僕を脅しながらも、開いたばかりの花のような笑顔を絶やさなかったネリネはもう隣には居ない。手の届くところにも、居ない。

「邪魔だった、鬱陶しかった、消えてくれと願ったこともあった。 …でも」

 ネリネが僕に付き纏わなくなってから、負の感情はいつの間にか愛着へ変わり、寂しさは愛着を愛情へと成長させた。掻き消しても目を背けていても、感情というものは勝手に膨らむのだと知った時には手遅れで。約五年もの間、日々募らせていた苛立ちが今や恋しいとすら思えた。
ふと隣の空席を見やりネリネの面影を探す。居れば鬱陶しいのに、居ないと寂しいなんて馬鹿馬鹿しいことこの上ないとわかっていても、僕は常にネリネの面影を探し続けた。何処かで僕ではなく死と隣合わせているネリネの無事を願いながら。

 卒業間際、ホグワーツで双方の壮絶な戦いが繰り広げられた末、勝ち星を手に入れたのは英雄の方だった。泥のような暗雲が嘘だったかのように澄み渡る、雲一つない青空を見上げた僕は、余程の事情が無い限りもう足を踏み入れないであろう母校を振り返る。
充実した学生生活とは言えなかった。けれどまだネリネの笑顔や狂気が残っているような気がして。

 一人前の魔法使いとして母の待つ家に帰った僕を悲しみの底に突き落としたのは、雑に切り取られた一枚の羊皮紙だった。今まさに裁判にかけられているであろうネリネからの、簡素な手紙。
 記された日付はたった数ヶ月前。事の詳細を知ったと、僕の父はネリネの両親を売ったわけではなかったと。私の両親があなたのお父さんを庇った結果だったのだ、と。逆恨みも甚だしい、大切な学生生活を潰して本当に申し訳ない、そうネリネは綴っている。どうか無知で愚かな私を一生許さないでほしい。震えていたのだろうか、綴られる文字は細かに歪んでいる。

 羊皮紙の端に小さく残されたネリネの想いに、僕は終ぞ頬に涙を伝わせた。


 ─勘違いでしかなかった憎しみがいつの間にか、愛に。
あなたの隣に居られて、良かったと心から…。


 一生杖を突きつけられたままでもいい。四六時中目の前を彷徨かれても、攻撃されても構わない。ネリネが隣に居てくれれば、それで良かったのだ。
 事実を知れば酷く滑稽で遠回りをし過ぎたが、僕は漸くネリネと出会えた意味を理解し、納得出来た。惨めで無慈悲な運命だからこそ、噛み合わないからこそ、僕たちは同じ想いを抱けたのだ。

「また隣でネリネが笑ってくれるまで、許さないよ」

 溢れる想いをいつか愛しい人へ渡せる日が来ることを、ただ願い続ける。


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