短編 | ナノ


リドルと美術部夢主 
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 四年生の頃だっただろうか、美術部に天賦の才能を持った生徒が居ると耳に入れたのは。最初は、たかが絵画だろうと気にも留めなかった存在で。しかし、一度その存在を知ってしまうと教授や生徒が言う、天賦の才能を持つらしき生徒への賞賛の言葉が、僕の興味をそそるようになり。
とどめを刺したのは校長が、その生徒に自分の肖像画を描いてくれるのだと嬉しそうに語ったことだった。
 校長や教授が褒め称えるほどの人材ならば、将来偉大な魔法使いになる僕の肖像画を描かせてみようか、と美術部に足を運んだのだが。

 彩り鮮やかな絵画や彫刻が並ぶ中、噂の生徒らしきブースは一言で表せば、無色、だった。チョコレートブラウンの髪を淡い黄色のバレッタで纏めた青灰色の瞳の少女は、リドルの存在に気付くことなく無心で筆を滑らせていて。周りには黒と灰色のみで描かれた、校長や教授、顔見知りの生徒たちが、にこやかに笑っている。


「他の色は使わないの?」


 気になったことには躊躇無く質問する、これは僕の奥深い探求心が招くものだ。本当に気付いていなかったのであろう、女生徒は肩を跳ね上げて此方を見る。ローブやネクタイから見るに、間違いなくハッフルパフ寮生で、歳も大差ないようだ。


「ごめんなさい、描き始めると集中してしまって周りが見えなくなるの...。 ええと、他の色は使わないのか、という問いでしたよね」


「ああ、初めて君の絵を見たけれど、どれも色が無いから」


 改めてブースを見渡してみても、やはりモノクロばかり。淡々としたリドルの問いに、彼女は肩を竦めて物寂しげに笑う。


「...私の目に映る全てのものは、何もかも黒と灰色と白なんです。 一度、他の色を使って描いてみたけれど、滅茶苦茶だと言われて」


 つまり、この女生徒の見る世界は全てモノクロに映る、そういうことなのだろう。色を知らないのならば自分の知る色を使うしかない、至極当然のことだ。それでも、モノクロでも、写実的な感性は素直に賞賛に値する。僕の肖像画を描くには申し分無い才能だ。色を知らないのならば、僕が直々に教えてやらんこともない。偉大な魔法使いに相応しい肖像画を描きあげさせれば良いだけのこと。


「僕はトム・リドル。 スリザリンの四年生だ。 構わなければ、僕を描いてほしい」


 優等生である僕は、処世術をしかと学んできた。人に頼みごとをするときは、下手に出れば容易に落ちてくれる。そう、高を括っていた。


「私はネリネ、ハッフルパフの五年生です。 でも、その依頼は受け付けられません」


「...どうしてか、聞いても?」


 沸き立つ苛立ちを抑え込み、笑顔を作って優しく問い掛けてやる。返答次第では、ホグワーツに居られなくすることも出来るのだ。常に優位に立つのは、この僕だと。


「...勘、でしかないですが。 あなたは将来、校長先生よりも偉大な人になるような気がして。 そんな方をモノクロで描くなんて、未来のあなたに失礼じゃないですか」


「そう。 なら、僕が君に色を教えてあげる、という条件なら、どう?」


 初対面で本質を見抜いたネリネの評価は高める。平和ぼけしているような印象だったが、流石は絵描き。人をよく観察していると、僕は内心ほくそ笑んだ。
首を傾げて、間の抜けた顔をするネリネは、弱々しい笑みを浮かべて、答えた。


「わかりました。 その代わり、嘘の色を教えないで下さいね」


「ああ、良かった。 ありがとう、放課後は常に此処に?」


 はい、と微笑んだネリネは簡単に僕の掌に転がり落ちてくれた。利用されているだけだと気付いている様子はなく。これからは僕の胸の奥に眠る野望にネリネが役立ってくれることを喜び、そんな愚かな彼女を腹の底で嘲笑した。

 翌日から、放課後には必ず美術部に赴くようになり。
ネリネに色というものを教えるのは、想像以上に難しいものだった。ネリネは生まれてこのからずっと見る世界がモノクロで。例えば青はどんな色か、原色にも濃淡があること。長い期間を要しそうだと思わず吐きそうになった溜め息を飲み込み、先ずはネリネ自身の肖像画を描かせることにした。


「君の髪色は、濃いブラウンだ。 僕が色を作ってみるから、それを塗ってくれればいい」


 色を知る、ということはネリネにとって喜ばしいらしく。関わりを深める度、ネリネは愛想笑いを止めていった。瞳の色は薄い灰色に青を少し混ぜたものだと言えば、ネリネは心底から嬉しそうに微笑んだ。
肌や唇の色やハッフルパフの基調のカナリアイエロー。教えても実際に感じることは出来ないのだろうが、僕の作った色がカンバスを彩っていく様は、消し去ったはずの感情を取り戻していった。


「私の持つ色と似ていますか?」


「僕が作った色だ、似ているに決まっているじゃないか」


 カンバスに彩られたネリネは、此方を見て薄く微笑んでいる。まるで僕がネリネを描いたような気分になり、口角を上げて自画像を眺める自身に僕は目的を忘れていたことに気付く。
他人に勉学を教えることは多々あるが、色を教えた経験など無く、知らず知らずの内に僕自身が楽しんでいたのやもしれない。


「それじゃあ、本題に移ろう。 僕の肖像画を描いてほしい」


 無意識にネリネの醸し出す雰囲気に呑まれかけていた自身を引きずり上げる。あくまでも、目的は将来の僕の偉大さを表す絵を描かせることだ。


「はい、あなたの色を教えて下さい」


 何処か哀愁の漂う笑みを浮かべたネリネが何を思うのか。そんな下らないことは僕に関係無いと、此方を見ながらカンバスに下絵を描いていくネリネに自身の持つ色を伝えていく。

 髪はネリネのよく知る黒で、瞳は緋だと言おうとして、ふと思いとどまる。ネリネが僕に抱くイメージで描かせてみようと、そして描き終わったあとに本当の色を教えてやり、絶望に項垂れる姿を見たくなったのだ。
杖を振り、パレットに色の名前を綴る僕を愚かなネリネは不思議そうに首を傾げる。


「ネリネのイメージで、色を付けてみてくれないかな。 君が僕にどんな印象を持っているのか、気になったんだ」


 嘘を吐くのは得意だ。それこそ、今存在している僕ですら嘘の塊なのだから。困惑を露わにしつつも小さく頷いたネリネを置いて、大嘘吐きの僕は美術部をあとにした。
果たして絵画の才能と観察眼以外、呆けた普通を体現する女生徒は僕をどう彩るのか、楽しみで仕方無い。きっと美化したような色合いなのだろう。早く嘲笑ってやりたいと口角を上げた。

 しかし、ネリネは僕の企みをいっそのこと清々しいほどに打ち壊したのである。椅子に腰掛けるネリネはいつもと変わらない笑みのまま、僕にカンバスを手渡す。
其処に居たのは、深緑と銀に囲まれた黒髪に赤い瞳の僕で。誰か見ても禍々しいとしか言いようのない、だが、その中に隠された美を僕は見逃さなかった。


「...君、本当は色を知っているんじゃないの」


「まさか。 だったら他の絵にも色を付けています。 イメージで塗ってくれと言ったのは、あなたの方ですよ?」


 そんな馬鹿な、と目眩をおこす。本当に色を知らないのならば、どうしてここまで忠実に、そして望む未来の僕の姿を描けるのか。ネリネは僕の抱く仄暗い野望に感づきながらも描いていたのだろうかと、訝しげに彼女を見やる。


「肖像画を描くことに必要なのは、個人の本質を見抜くことなんだと思うんです。 未来のあなたは、きっと深い闇を率いている。 そう、思っただけ」


 そう言って柔らかに微笑んだネリネを、僕は計画通りにどん底に突き落とすことも出来ず、嘲笑うことも出来なかった。それ程に絵の中の僕は闇そのものだったのだ。
初めて人に裏切られた気分に陥り、感情に任せて絵に火を放つ。こんな屈辱を受ける羽目になるのなら、最初から関わらなければ良かったのだと。

 無惨にもめらめらと燃えていくカンバスをネリネは涙を流しながら見つめていた。


「君の思う通りだ、絵の中の僕は望む姿そのものだ。 だけど君は僕の企みすら知っていた筈。 これは立派な裏切りだよね」


「...ごめんなさい。 でも、一言だけ送らせて。 あなたの行く道に深い闇があらんことを」


 ネリネの別れの言葉を背に受け、美術部の扉を閉める。
あの変身術学の教授ですら気付いていない、僕の抱く闇をネリネはいとも簡単に見破った。そしてそれを責め立てることもなく、それどころか背を押すなんて。

 裏切りに対する苛立ちとネリネへの理解出来ない感情に、僕は拳を壁に叩きつける他にどうすることも出来なかった。


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