旧、Bond of Affection | ナノ


エインズワースでお買い物 
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 現在人気急上昇中の魔法使い専用アロマ販売店、エインズワース。製品の安全保障のため梟便での通販は行っておらず店頭での販売のみである。しかしこの時世、ストレスや美容などに日々悩まされる魔法使いは絶えないのだ。
店はミセス・エインズワースの自宅の一階にあり、暖かな照明に落ち着いた雰囲気で、右の大きな棚にはマダム・イリス特製ブレンドの精油が入った茶瓶達と沢山のハーブ、左の棚にはこれまた特製のアロマキャンドルが並んでいる。商品の全てが、香りを嗅ぎたい者にしかわからない仕様となっていて、規制の厳しい魔法省や癒者にも人気だった。

「マダム、私クリスマス休暇まで来れないので、今日は沢山買っていきますね」

 常連客の一人の少女は左右の棚を見比べて言う。大きなアメジストが埋め込まれている白いカウンターに置かれた、淡い桃色の灯の小さなランプが迷う少女を柔らかく照らす。本来乳白色の長い髪は、この店に来ると必ず桜色に染まり、マダム・エインズワースは密かにそのグラデーションがお気に入りだった。

「ああ、そうよね! 今年念願のホグワーツ入学ですものね? ハルモニアちゃんの顔が見れないのは寂しいけれど、喜ばしいことだわ!」

「ありがとうございます、マダム。 突然ホグワーツ入学許可証が届いて、驚愕しているの。 やっと魔法省から許可が下りたらしいんですよ、五年も掛けて何をしていたのやら…」

 少女、ハルモニアは訳があって十一歳の時に入学することが出来なく、十六歳になった今年に漸くホグワーツの門をくぐることが出来るのだ。マダムは粗方の事情は知っていて、目を輝かせながら、まるで自分のことのように嬉しそうに笑っている。

「でも、素晴らしいことだわ、おめでとう! ホグワーツはとても楽しいわよ? そうだわ、今日は特別大サービス! カトレアも今年入学だからね」

「ありがとうございます。 カトレアも楽しみで仕方無いんじゃないですか? 私も同じですから。 まあ、もう卒業生に近い歳なんですけどね」

 それでもにこやかなマダムに微笑み返したが、ハルモニアは内心不安でいっぱいだった。大きな年齢差に加え様々な問題を抱えている。特にあの時期をどうするのだろう、と思うととても恐くなる。しかしマダムは暗い面持ちになったハルモニアを、敢えて気にせず明るく続けた。

「気に病むことはないわ、偉大なダンブルドアにお任せしなさい。 弟だって通えたんだから。 さあ、選んで選んで!」

「…そうですよね。 じゃあお言葉に甘えて! イランイランとローズウッドの精油三瓶、ああ、オレンジ・スイートとネロリとカモミール・ローマンも。 ティー用のハーブとキャンドルをいつもより多めで」

 任せて!と明るく笑い、素早く杖を振ったマダムは、注文より多めの商品をカウンターに並べる。超特別大サービスよ、と若々しいウインクに思わず口角が上がるハルモニア。常連客専用の、黒のベロア生地に金色で”イリスの癒やし”と刺繍された、メイクボックス大の箱を渡した。どんなに大量な購入品でも入るように魔法が掛けてあるのだ。
 マダムが商品を詰めている間に、ハルモニアはクラッチバッグから薄桃色の巾着を取り出し、大きな出費にも気に留めず、二十ガリオンを支払う。勿論チップも込みである。

「新商品の白檀とジュニパーベリーのキャンドルも数本オマケしておいたから、是非とも感想送って頂戴。 勿論ホグワーツの話も加えてね!」

「まあ、嬉しいわ! ええ、必ず送ります! …そう言えば、カトレアは?」

「そろそろ降りてくると思うんだけどねぇ。 あの子、最近美容に拘り出して支度が遅いのよ、マセたわねぇ」

 その時、タイミング良く店の奥からたんたんと軽快に階段を降りる足音が聞こえた。
エインズワース家の一人娘であり、マダム・イリスの愛娘カトレアだろう。暫くしてからひょこりと顔を出したのは、やはりカトレアだ。ハルモニアの存在を確認しぼうっと間の抜けた顔をしている。そして、くりくりとした明るい碧眼が瞬きを繰り返した後、満面の笑みを浮かべた。

「ハル! 元気だった? そうだ、ホグワーツ入学おめでとう!」

 快活で無垢なカトレアの笑顔が愛らしくて、ついハルモニアは自身の胸元にあるカトレアのベージュ色の頭を撫でる。マダムの言うとおりお洒落に興味が湧いているようで、サイドに結われた髪留めは彩りのビーズで出来た花が沢山付いている。

「元気だよ、ありがとう。 カトレアも入学おめでとう! 私達、同級生なのね」

「そうなの! 本当に同級生で良かったぁ。 天才のハルに勉強教えてもらったら、学年一位間違いなしよ」

 胸を張って言い切った娘の頭をはたいたマダム。心底から呆れた顔で娘を見下ろす。それに、むうと頬を膨れさせた十一歳らしいカトレアに、ハルモニアは口元に手を当てて肩を震わせていた。実は八割は本気だったカトレアも暫くしてから、ケラケラと笑い声を上げる。そのまま笑いながらハルモニアの胸に抱きついてきて、急に抱きつかれた意図がよくわからないハルモニアは取り敢えず優しく肩を抱いてやるが。

「大丈夫よ、ハル。 浮いちゃって友達出来なくても私がいるからね!」

 しかし予想外に、とんでもなく失礼で実はかなり気にしていたことを遠慮なく貫かれたハルモニアは頬の筋肉をひきつらせ、マダムに見習って頭をはたいてやる。従姉妹であり友人であるカトレアという存在は確かにとても頼りになるが、今のハルモニアには胸にぐさりとくるものがあったのだ。

「痛ぁ…ごめんなさいっ! 反省してます!」

「まあ、ジョークでしょう? わかってる、マダムの真似をしてみただけよ。 でも他の人には同じこと言わないようにね。 一気に嫌われるよ?」

 しょんぼりするカトレアの頭を今度は優しく撫でてやる。思うに、ハルモニア自身が様々な事情があり一緒に買い物が行けないことに対して、カトレアは拗ねているのだろう。ハルモニアとて一度カトレアと一緒に買い物をしてみたいが是ばかりは仕方無いのだ。

「マダム、オマケありがとうございました。 必ず感想お送りします。 では、クリスマス休暇にまた」

「ええ、楽しみに待ってるわ! 呉々も無茶はしないように、カトレアもよ!」

 マダムとカトレアとそれぞれハグをする。太陽のような笑顔のマダムと唇を尖らせまだ拗ねているカトレアに見送られながら、ハルモニアは箱を丁寧に抱いて暖炉に飛び込んだ。フルーパウダーを打ち撒き、インセンディオ、と頭の中で唱えると暖炉に新緑色の炎が現れる。

「マダムもおじ様もお元気で。 九月に9と4分の3番線で会おうね、カトレア。 ”ウソの舘”!」

 手を振る二人を見えなくなるまで頬を緩めて見つめたハルモニア。しかし煙突飛行独特の細い曲がりくねったパイプを無理矢理にすり抜ける感覚はやはり気分が良くない。ホームネームの酷さを改めて考えながら、やっと窮屈さが無くなった時にはロイヤルブルーの壁紙の見慣れた自宅に立っていた。


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