コイツ、何か面倒くさいこと言うぞ。
 それは予感、というよりも、今までにあったあれやそれを背景にした経験則とでも言うべきものだった。
 なぁ、といやに甘ったれた声を出しながらのしかかってきたデカブツに、火神は大いに顔をしかめた。


「テレビ、見えねぇんだけど」


 並んで座った柔らかなラグの上。
 半分以上諦めを抱きつつも一応苦情を申し立てたのは、現在進行形で流れているDVDへの未練からだ。
 「一緒に見ようぜ」と青峰が電話の向こうで笑ったから、封を切りたい誘惑を必死ではねのけたNBAのスター選手のスーパープレイ集。二人の休みが重なった今日、ようやく見ることが出来たそれは期待を裏切らないエキサイティングな内容で――ああそれなのに。


「なぁ。なんか腹減ったんだけど」
「……作れってことかよ」


 青峰はニィ、と口角を上げた。
 覆い被さった上体。縫い止めるように握られた手首。
 近付く顔から咄嗟に顔を背けると、無防備な耳殻をやわらかく噛まれた。
 産毛が逆立つ。


「作らなくてもいいけど、それなら――……食っていい?」
「い、いわけねぇだろ」


 直に吹き込まれる胸焼けのしそうな声から身をよじって逃れた。夜ならまだしも、こんな日も高いうちからそんなのはごめんだ。
 肩を押しやり、被さる身体をどうにか退けた。取り返した手首にはまだ青峰の感触が残っている。
 馬鹿力。
 しかめっ面で手首を擦りながら、仕方なく今ある食料を思い起こした。出来るだけ簡単な、面倒くさくないヤツがいい。


「フレンチトーストでいいか?」
「何でもいいぜ」
「……今日だけだからな。次は、絶対、作らないからな!」
「分かってる分かってる」


 あからさまに適当な返事にイラッとするのに、うれしげな顔を見れば怒る気も萎えてしまった。
 甘やかしている。分かっては、いるのだけれど。

 リビングを横断してキッチンに立つ。
 エプロンの紐を後ろで結んでいると、両脇からぬっと伸びてきた手が下腹部の辺りで交差して、左肩の上に顎先が乗った。


「青峰サン」
「んー?」
「邪魔。なんですけど?」
「火神クンなら大丈夫だってぇ」
「語尾ウザい、し、それを決めんのはお前じゃねぇから。邪魔。とりあえず離せ」


 ため息まじりに横目で睨めつける。青峰は火神と目を合わせると、小さく首を傾げて言った。


「どうしても? 絶対?」


 そういう言い方は、ずるいと思った。


「大人しく、してろよ」
「りょーかい」


 ……甘やかしている。
 笑いのリズムで感じられる震動も、背中を包む温もりも、努めて全部ないことにする。半ば引きずるようにして移動して、必要なものを取り出し、並べた。
 ボウルに玉子と砂糖、牛乳を入れて手早く混ぜ合わせ、四つ切りにしたパンを浸した。十分に液が染み渡ったのを確認して、熱したフライパンにバターを落とす。バターが溶けた頃合いを見てパンを入れ、両面に綺麗な焼き色がついたら完成だ。


「ちょー美味そう」


 作業中、きちんとおりこうにしていた青峰が釘付けの視線でそう呟くので思わず笑った。


「美味そう、じゃねぇ。美味いんだよ」
「何だよ、自信満々?」
「当然だろ。だって、ほら」


 首をひねって、頬にキスする。
 息を呑んでこちらを見る男の「信じらんねぇ」とでも言いたげな顔と、なめらかなチョコレート色の頬にじわじわ赤みが差していくのがおかしくて仕方ない。


「な? 隠し味」


 青峰が復活する前に腕をほどいてその胸から抜け出した。


「冷めちまう。早く食おうぜ」


 皿をテーブルに置いた辺りでようやく復活したらしい青峰から、「食っちまうぞバカガミ!」と力ない罵声が浴びせられた。失礼なヤツだ。お前だって、そんなの。


End.
(恋してるヤツはみんなバカ@130219//Nさんちのフレンチトースト話がとっても素敵だったので)
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