深い深い眠りの底で、わたしは多幸感に包まれていた。穏やかで淡い色使いの霧の中で、あるいは海の中で、ふわふわと身体が浮いているような感覚があった。やがて、誰かの温かな手がどこからともなく差し伸べられる。わたしは迷わずその手に触れ、指を絡ませて握りしめ、その手が導く方向へと進んでいく。ここがどこなのか、どこへ向かっているのかもわからないけれど、この繋いだ手を離さない限り、何が起ころうともすべてがきっと上手くいく。そんな根拠のない、けれど確かな安心感を抱いていたのを覚えている。

「……夢、か」

気付いたときには、見慣れた自室の天井が視界一面に広がっていた。

あんなに幸せな気分になれる夢は初めて見たし、もっと夢の中に包まれていたかった。わたしを導いてくれた優しい手の感触が、まだ確かに残っている気がする――

「デュース……?」

――わたしの右手は実際に誰かの手を握りしめていて、視線を移せば、わたしの隣ですやすやと眠るデュースの寝顔を確認することができた。
どうして、どうしてわたしはデュースと同じベッドで寝ているのか。このイレギュラーな状況を、寝起きの頭で理解するのに少し時間がかかってしまったが、徐々に昨晩の記憶が鮮明によみがえってくる。

金曜日の夜はエース、デュース、グリムとわたしの四人で、オンボロ寮の談話室に集まって過ごすのがつねだった。しかし昨日に限っては、エースがバスケ部の集まりがあると言って早い時間に退出して、グリムは夕食を食べ過ぎたと言ってあっという間に爆睡してしまった。デュースとふたり談話室に残されて、手を繋いだり、軽くキスを落としたりしている間に、お互いにそういう気分になってしまった。付き合っているとは言え、この寮生活では、完全にふたりきりになれる時間はそう多くない。チャンスだと思った。わたしたちは昨日この場所で、身体を重ねた。その証拠に、今、わたしもデュースも服を着ていない。

痛かったけれど、気持ちよかった。怖かったけれど、優しかった。不安だったけれど、幸せだった。そんなひとつひとつの感情までもが思い起こされ、急に気恥ずかしくなる。

「……はは、顔が真っ赤だな」

目覚めたデュースに柔らかな笑顔を向けられて、心臓が止まるかと思った。

「おはよう」
「おはよう。……心臓が持たないからその顔、やめて」
「そんなに照れるなよ。可愛いからいいけどさ」

デュースはどうしてそんなに平然としていられるのだろう。通常運転どころか、昨日の行為を経て、さらに彼氏としての余裕が生まれているような気もする。格好いいし、大好きだけど、羞恥心が勝ってしまって直視できない。

だって、わたしはすべてが人生初の体験だったのだ。初めての彼氏もデュースだし、ファーストキスの相手もデュース。裸の姿を見られることも、しっとりと汗ばんだお互いの肌をぴたりと重ね合わせることも、溺れてしまいそうなほどにデュースの匂いを感じながら、太く硬く熱くなったものを身体の中に挿れることも。

「……デュースは、え、えっちするの、慣れてたの?」

ふたりで初めて迎えた朝に言うべき台詞ではないと思いつつも、聞かずにはいられなかった。

「はあ!? 僕だって初めてだって、昨日言って、……ないかも……」
「余裕がある。わたしばっかり恥ずかしがっててやだ」
「いや、まじで……。余裕なんてねえから……」

繋いだままだったわたしの右手を、デュースが自身の左胸の辺りに導いた。手のひらから伝わる心臓の鼓動はとても速い。デュースも、こんなにどきどきしているの。それから、わたしの右手はそっと下半身のほうへ連れて行かれる。遠慮がちに触れたそこは、昨晩わたしを何度も突き刺したときと同じように、熱く勃ち上がっていた。と思う。

「慌てたり焦ったり、がっついたりしたら、お前が不安になるだろ? だから必死に平静を装ってる。これでもいっぱいいっぱいなんだ」
「……わたし、デュースに愛されてるんだね」
「そうだよ」

何を当然のことを、とでも言うようにデュースは得意気な笑みを浮かべ、わたしの髪をわしゃわしゃと撫でる。そのくすぐったさと、デュースも同じ気持ちでいてくれていた安心感から、わたしもつられて笑ってしまう。ああ、大好き。まだ、あの幸せな夢の中にいるみたい。

「身体は痛くないか?」
「うん、大丈夫。さすがにちょっと違和感はあるけどね」
「……さっき、僕の触ったろ?」
「うん……」
「……ならもうわかるだろうけど、僕は今、したい。でも、お前の気が乗らないならしない」
「……あれは、まだあるんだっけ」
「ある」

デュースの手に小さな正方形がつままれているのを確認して、いいよ、と返事をする。
今日は土曜日。ちらりと横目でサイドテーブルの上の時計を見れば、普段の起床時間よりも大分早い時刻を指し示している。これなら、ゆっくりできそうだ。デュースの甘く優しいキスをきっかけに、素肌が再び重なり合っていく。ふたりで泳ぐ幸せな夢は、まだまだ終わらなさそうだ。
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