ツノ太郎!
僕の姿を見つけるや否や、彼女は屈託のない笑顔で駆け寄ってくる。
彼女が傍にいることが、当たり前の日常になりつつあった。茨の谷にも、この学園にも似つかわしくない高く明るい声が、何故だか耳に心地良い。それは、珍しい雌の人の子だからだろうか。妖精族の末裔である僕という存在を恐れることなく、他の生徒達と同じように接してくれるからだろうか。それとも――。

「なんじゃ、辛気臭い顔をしおって」
「……そんな顔はしていない」
「ふん、わしの目を欺けるとでも思うたか」

リリアが含みのある笑みを浮かべながら僕の顔を凝視してくるので、やめろ、と言いながら背を向けた。僕は何も焦ってもいないし、苛立ってもいない。仮にそういう心境になったとしても、胸の内を表情に出すなど、あり得ない。
背後にいた筈のリリアが、そういえば、と言いながら突然僕の目の前に現れる。

「最近ナマエと顔を合わせておらんようじゃのう」

その言葉で僕は我に返った。
正直に言えば、内心、僕は焦っていたし、苛立っていた。
あれだけ毎日のように僕の周りで楽しそうに過ごしていた彼女が、ここ数日、全く会いに来なくなってしまったのだ。何かの事情で学園を一時的に離れたのかとも考えたが、講堂に向かう姿や、運動場で授業を受ける姿などは見かけている。つまり、遠目から確認できる彼女が、普段通りの学園生活を送っていることはわかっている。だからなおさら、わからない。嫌われるような言動や行動をした覚えはないし、最後に会った夜だって、一緒にオンボロ寮の周りを散歩しながら話をして、笑顔で別れたのだから。彼女は寮に入る寸前に「ツノ太郎、おやすみ。また明日ね」と言いながら手も振ってくれた。

「嫌われたのか、飽きられたのか、まさか他に恋人でもできたのか……」
「マレウス、心の声がだだ漏れじゃぞ」
「何だと?」
「お主ひとりでいくら考えても答えは出んぞ。本人に真相を確かめる他ない」



考えるより先に身体が動いて、気付けばオンボロ寮の目の前に立っていた。
無意識のうちに瞬間移動を使ってしまうことは、幼い頃こそ頻繁にあったものの、最近は殆ど経験がなくなっていた。どうやら僕は、彼女を思うと、余裕がなくなってしまうらしい。

まだ就寝には早い時間だろう。彼女と話をして、彼女の口から真相を聞きたい。その一心で、玄関のドアをノックする。暫くすると、ゆっくりとした足音が近付いてきて、鍵の開く音がして、ドアを開きながら彼女が顔を覗かせた。

「はあい、どちら様――」
「ツノ太郎だ」
「ツノ……あ、え! なんで?」

彼女は狼狽えながらも、僕を室内に招き入れてくれた。どうやら嫌われてはいないらしい。怯えた様子も、苛立っている様子もない。なんとなく、元気がないような気はするが。

「もう夜だよ、どうしたの」
「ここ数日、お前がめっきり姿を見せなくなって、僕は……」

焦っていたし、苛立っていたけれど、それは彼女に会いたかったからで。

「……僕は、寂しく思っていた」
「ごめん……」
「何か理由があるのだろう? 僕が気に障ることをしたか?」
「そんな、まさか。ツノ太郎のせいじゃないよ」

彼女がいつもの笑顔を見せてくれたこと、またツノ太郎と呼んでくれたことが嬉しかった。席を立ち、彼女の隣に腰を下ろすと、彼女が距離を詰めてくれた。久しぶりに感じる体温は心地良いどころか、熱ささえ感じられる。何気ない日常の一部だと思っていたものが、こんなにも、僕の中で大切なものになっていたなんて。

先程の質問の答えを促すと、少し小さな声で彼女は言う。

「お腹が、痛くてね……」
「すぐに調合薬を持って来よう」
「あ、いや……その、病気じゃない、から。授業はいつも通り受けられたし。ただ、できればじっとしていたくて、ツノ太郎を学園中探し回るのが、しんどかっただけで……」

彼女の言わんとしていることを理解して、ここ数日の不安が杞憂に終わったことに安堵する。彼女のほうへ手を伸ばし、腰の辺りを優しくさすってやると、彼女は嬉しそうに目を細めて微笑んだ。

「そういう痛みに効く薬も作れる。すぐに用意するから、それを飲んで身体を休めてくれ」
「あ、ありがとう……でも、」

もうちょっとだけ、こうしててほしいな。
そう呟く彼女の声が、言葉が、表情が、たまらなく愛おしい。今すぐ小さなその身体を思いっきり抱き締めて、頭を撫でて、口付けをして、僕のものにしたいと正直に告げたら、一体彼女はどんな反応をするだろうか。
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