「……ん、はあっ……」

深く深く口付けて、好き勝手に舌で犯していた口腔を解放してやる。彼女は足りなくなった酸素を必死で取り込むかのように、肩を上下させながら浅い呼吸を繰り返す。
淡く上気した頬も、潤んだ瞳も、呼吸に合わせて揺れ動く胸も、暗く深海のようなこの部屋でぼんやりと光り輝くような白い肌も、何もかもが酷く扇情的だ。人間の女性の身体をこんなに間近で見ることも、触れることも初めてだった。喉を動かして文字通りに固唾を呑むこと、果たしてこれで何度目だろうか。

「アズール、先輩……?」

僕の下に横たわる肢体に見惚れていたのは一瞬のつもりだったが、彼女にはそう感じられなかったらしい。彼女は不安げな表情を浮かべながら腕を伸ばし、細い指で僕の頬に触れ、輪郭をゆっくりとなぞっていく。
それから彼女は上体を起こし、僕と目線の高さを合わせてくれた。じっと見つめているとそのまま吸い込まれてしまいそうな、深く暗く、美しい瞳だ。

「先輩。この先を、教えてくれませんか」

さんざん口付けて、唇から伝わる熱を全身で交換し合って。甘い雰囲気に飲まれながらシャツのボタンを外していったせいで、彼女の衣服は乱れ、素肌が露わになっている。

ふたりきりになれる時間を作って、部屋に招き入れて、ベッドの上でじゃれ合って、こうなることは初めからわかっていた。いや、いつかこうなってほしいと、ずっと願っていた――けれど。

「対価もなしに、あなたを抱くことはできません」
「……はあ。また、契約の話ですか」

彼女は少し呆れたような顔で笑って、僕の頭を撫でる。

「契約で縛らなくたって、私は先輩が好きですよ」
「それは、わかっていますが」
「私の気持ち、信じられませんか……?」

わかっている。僕と一緒にいたいという彼女の願いを叶えたのは、見返りが欲しかったからじゃない。僕だって、彼女と一緒にいたいと思っている。互いに同じ気持ちだったから、こうして同じ時間を過ごして、触れ合って、湧き上がる愛情で心を満たしている。
しかし、人の心ほど不安定なものはないのも、また事実だった。彼女の気持ちを信じ続けようとすればするほど、裏切られ、傷付けられた幼い頃の自分が顔を覗かせる。彼女を感情のままに掻き抱こうとする衝動を、短い蛸足が、心の奥底で抑え付けている。

「わかりました、アズール先輩。契約しましょう」

今度は彼女のほうからそっと唇を重ねてくれた。先程までの熱く淫らなものではないけれど、だからこそ、彼女の素直な思いが痛いほど伝わってくる。

「私が先輩のことを好きでいるので、先輩も私のことを好きでいてください。私の心も身体も先輩にあげますから、先輩の心も身体も私にください」

その言葉に、思わず目を見開いてしまう。そんな僕の表情が可笑しかったのか、彼女が柔らかな笑顔を浮かべてくれたので、つられて僕の頬も緩んでしまった。

「く、はは……まったく、あなたという人は」
「納得、できました……?」
「はい。契約成立です」

さて。この先にどう進めばいいか、知識はあるが、経験はない。本来の姿でだって未経験なのに、人間の姿で、上手くやれるだろうか――一抹の不安が脳裏をよぎるが、それを無理やり振り払うように再び彼女を押し倒した。大丈夫。何があっても、彼女は僕を好きでいてくれるし、僕も彼女を好きでいるのだから。
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