頭が真っ白になって、必死に繋ぎ止めていた意識が遠のく。

「ここがいいか」
「……っ、あ、はあ、」

かと思えば、角度を変えて突き刺されるものの圧迫感が、全身を駆け巡りながら快感に変わって、一気に現実に引き戻される。

「ツノたろっ……」
「名前で呼べと言っただろう」
「ま、マレウス、もう、むり……」

好きな人と繋がっている時間は本当に幸せだし、汗ひとつかかずに涼しい顔で腰を揺さぶる彼を、なんとか満足させてあげたいという思いもあった。しかし、彼についていけるだけの体力を、私は持ち合わせていなかった。魔力の高さが体力にも比例するのか定かではないが、とにかく、私にとって彼の精力は底なしのように思える。
止めどなく押し寄せる絶頂の波に飲まれながら、何度も何度も熱に浮かされながら、朧気な意識の中でなんとか彼にしがみ付いて。ほとんど毎晩、私は私の体力の限界を超え続けている。



「オマエのせいでまーた今日も草むしりなんだゾ!」
「……本当にごめん」

錬金術の授業で居眠りをしてしまうのは三日ぶり、二度目のことだった。
薬草を調合したり、釜の中身をかき混ぜたりと、実際に手を動かしている間はなんとか意識を保っていられた。しかし、実技が終わって解説を静かに聞かなければならない時間がやってくると、迫りくる眠気に耐えることができなかった。いや、耐える、耐えないのせめぎ合いすら自分では感じられず、意に反して眠りに落ちてしまったようだった。
クラスメイトの前でクルーウェル先生に散々なじられた後、授業で使う薬草の手入れを命じられた。二度目の罰なので、前回よりも担当範囲が広がっている。

「ようナマエ、頑張ってるか?」

ガラスドームの植物園は気温がやけに高い。はあ、とため息をつきながら、滴る汗を手の甲で拭ったところで、頭上から明るい声が降ってきた。

「エース……と、デュース」
「部活が始まるまで、手伝おうと思って来たんだ」
「ありがとう……二人が救世主に見えるよ。逆光浴びてるし」

エースとデュースはそれぞれ私とグリムの横に腰を下ろし、四人横並びで、教材となる薬草の周囲に生えている雑草を抜いていく。人手が倍増したことであっという間に目の前の花壇はきれいになってしまった。次行くぞ次、とエースの主導で一区画ずつ確実に処理を進める。

「最近すげえ疲れてるよな、大丈夫かよ?」

デュース、鋭い。大丈夫ではないし、本当にすごく疲れている。

「本当にコイツ、ぼーっとしてることが多すぎなんだゾ」
「夜更かししないで休めよ。オレら生徒の本分は一応学業だろ?」

グリムさん、エースさん、私も心からそう思います。

三人が私のことをよく見ていて、心配してくれていることは素直に嬉しかった。けれど、恋人のせいでつねに全身筋肉痛で寝不足です、なんて彼らに言えるはずもなかった。そもそもマレウスと付き合っていることは公言していない。曖昧に笑いながら、もう絶対に居眠りなんてしないよ、と宣言して話題を逸らした。
そう。これは、他の誰かに相談できるような内容じゃない。状況を変えるには、自分ではっきりと彼に伝えなければ……。



夜のオンボロ寮は薄気味悪くて少し怖い。というのは、マレウスに出会う前に抱いていた印象だ。彼と二人で散歩をしながら過ごす時間はとても楽しいし、寂れた景色でさえもどことなく輝いて見える。つまり、私は彼のことが大好きで、今でもその気持ちに変わりはない。けれど、いつまでも流されるばかりではいけないのだ。
寮の周りをゆっくりと歩いて一周したところで、マレウスの手が腰に伸びて抱き寄せられ、二人の距離がゼロになる。

「今夜も、お前の隣で寝ていいか?」

私の耳元でマレウスが呟く。こんなふうに誘われて、このまま部屋に行くのがいつもの流れだったが、今日こそは――意を決して口を開く。

「……いいけど、いちゃいちゃはしないからね」
「…………」

しばらく言葉を返してくれないマレウスの顔を恐る恐る覗き見ると、明確にショックを受け、悲しそうな、今にも泣きだしそうな表情がそこにはあった。彼のこんな表情を目の当たりにしたのは当然初めてのことで、思わず焦燥感に襲われる。

「あの、これには理由が、」

あなたのことも、あなたとするセックスも大好きだし、決して嫌いになった訳じゃない。ただ、私の体力が足りなくて学業に支障が出ているから、少し頻度を抑えてほしいだけ。そう、思っていることをはっきりと伝えるだけなのに。これ以上彼を悲しませないためにはどう言えばいいか、あれこれと考えを巡らせてしまって、次の言葉が出てこない。

「……今まで、付き合わせて、すまなかった」
「え、待っ……」

真意を伝える前に、マレウスは私の前から姿を消してしまった。
やって、しまった。



マレウスに一晩中抱かれることはなくなったけれど、その代わりに、彼とどう仲直りすればいいか悩む時間が増えて、結局寝不足は解消されないままだった。
気合と根性で居眠りをせずに授業を乗り切って、放課後はマレウスを探しに学園中を歩き回った。ディアソムニア寮にも何度も足を運んだ。ここまでして、この数日一度も会えずじまいということは、明らかに彼に避けられている。
マレウスを見つけて、二人きりになれる場所を探して、話を聞いてもらう。そんな時間のかかるプロセスを辿ることが難しそうだったので、彼に伝えたいことを手紙にしたためて持ち歩くようにした。これなら、先日のように、言葉を選んで伝えるのに時間がかかってしまうということもない。彼の姿を一目でも見つけられれば、数秒だけでも引き留められれば、一通の手紙くらい渡すことができるかもしれない。

「おい、人間!」

廊下を歩いていると、目の覚めるような大声で呼び止められた。

「セベク、久しぶりだね」
「若様がこの頃酷く落ち込んでおられるのは知っているか!? 若様の交友関係を調べた結果僕が察するに、お前、その理由に心当たりがあるのではないか!?」

心当たりしかないですね……。
小脇に抱えた教科書の間には手帳があり、その手帳の中には例の手紙をきちんと挟んでいる。そして、セベクはマレウスと頻繁に顔を合わせているだろう、ということを思い出す。

「マレウス……先輩宛に、書いた手紙があるの。渡してくれないかな?」
「若様に? それで、若様のご機嫌が治るのか?」
「だといいなと思ってる」

セベクは手紙を受け取りつつも、ふむ、とその場で何かを考え込む。

「お前が原因なら、やはり直接手渡すのが筋だろう。来い」

セベクに腕を掴まれて、気付けばあっという間にディアソムニア寮に連れて来られていた。セベクが寮長室のドアをノックするとすぐに、入れ、と入室を促すマレウスの言葉が聞こえた。セベクに背中を押されながら、ゆっくりと中に足を踏み入れる。

「……マレウス」
「ナマエ……!」

セベクが来る、と疑いもなく思っていたのだろう。マレウスは私の姿を捉えた瞬間、慌てた様子で勢いよく椅子から立ち上がり、目を見開いてじっと私を見つめている。彼のこれほど驚いた表情を見るのも、初めてだった。
手紙を持つ指に思わず力が入る。一歩ずつ、彼との距離を詰めていく。今度こそ、誤解を解けるだろうか。



「んっ……あ、はあ、マレウス……」
「お前は本当に可愛いな、ナマエ」

舌を絡ませ合う深い口付けからようやく解放されると、笑顔を浮かべたマレウスに頭を撫でられた。頭をゆっくりと撫で、指で髪を梳いて、掬った毛先の束にそっとキスを落とす。その一連の動作がまるで映画のフイルムの中の出来事のようで、思わず見惚れてしまう。それから鼓動がうるさくなってくる。
彼は私のことを可愛いと言ってくれるけれど、私にしてみれば、彼のほうがずっと可愛くて、美しくて、格好いいと思う。

「さて。このくらいにして、今日はもう休むか?」

あの後。正直に思いを伝えて、誤解を解いて、私達は無事に仲直りすることができた。
マレウスは私に無理を強いるつもりは一切なかったようで、いつも私への思いが溢れて抑えられなくなってしまうのだと、生活に支障が出るほど無理をさせてすまなかったと何度も謝られた。翌日に授業を控えている日は、基本的にはしない。しても一回だけ。休日でも今までみたいな無理はさせない。そんな決まりごとができて、マレウスはよく私の身体を気遣ってくれるようになった。けれど。

「今日は金曜日だよ?」
「……いいのか?」
「一週間頑張ったから、ご褒美にいっぱいぎゅってして」

そういう経緯で今週はきちんと睡眠をとることができたから、授業中に眠くなってしまうことも、身体が痛むこともなかった。身体が元気を取り戻した分、先週までと比べて食事もたくさん食べた気がする。
食欲、睡眠欲がきちんと満たされているからこそ、もうひとつの欲も満たしたいと思う。自然なことだった。

「そんなことを言うのなら、今夜は朝まで寝かさないぞ」
「うん、そうしてほしい」

その言葉を合図にマレウスに肩を掴まれ、やんわりとベッドの上に押し倒される。見上げた彼は心底嬉しそうな顔をしている。出会った頃は、こんなにもわかりやすく感情が顔に出るタイプだなんて思ってもみなかった――いや、私が彼の心を開いたのだと、一度リリア先輩に言われたことがある。
マレウスの様々な表情を間近で見られるのは、私だけ。その事実が嬉しくて、彼のことがさらに愛おしくなって、彼の頬を包み込むように両手を伸ばし、こちらに引き寄せるようにキスをした。途端に絡み合う熱に浮かされながら、この後を期待して身体の中心が疼くのを感じた。

今夜は何回、愛し合えるだろう。
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