「あー!出水!やっと見つけた!」


人気のない放課後の理科室で、出水は肉まんを頬張っていた。先程勝手に授業を抜け出したときに、コンビニにでも寄って買ったのだろう。呑気な様子の出水を見つけて苛立つなまえは、大きな声を出して彼の名を呼ぶと、激しい剣幕で彼の元へ詰め寄った。


「何やってるのよ!散々探したのに!」

「別に、探してくれなんて頼んでないけど」

「授業中に勝手にいなくなられたら、私が困るの――学級委員なんだから」

「………」


先の六時間目の授業は生物だった。生物選択者が少数ということもあり、今日は皆で学外に出て、この地域に住む身近な生物を観察しようということになった。いわゆるフィールドワーク。教師の引率で、二十数名程の生徒が市内を歩く。その最中に、出水は突然姿を消した。

出水の自主休講は珍しいことではなかったが、学外で行方がわからなくなったとあればそれは少々深刻な事態である。出水の不在に教師が気付いたのは、授業終了時間も間近、フィールドワークを終えて教室に戻ってきたときだった。ひとまず授業は終わらせて、担任と、生物教師と、学級委員であるなまえで、出水の行方を探すことになった。出水の携帯電話に連絡がつかなかったので、なまえは学校中の教室を探して回った。

理科室に出水を見つけたとき、出水に対する怒りを抑えきれず、なまえは思わず激昂してしまった。しかし、意外にもあっさりと出水を見つけられたことで、心の中では安堵していた。担任に「出水、見つかりました」と用件のみの短いメールを送信し、一息つくとなまえは理科室の机に寄り掛かった。

ふと、出水をちらりと見やる。すると彼は反省する様子もなく肉まんを食べていた。窓の外をぼんやりと見つめながら、なまえのほうには目もくれない。傾けた椅子をゆらゆらと揺らしている。まったくいつも通りの出水だ。こちらは心配して探したのに、私や教師に迷惑を掛けたことについて、彼は何とも思っていないのか。それどころか、早く帰れと言わんばかりの態度をとられているような気がする。――出水の態度が、なまえを再び苛立たせてしまう。


「ねえ、さぼるなら人に迷惑を掛けずにさぼったら?」

「次からはそうするよ」

「ボーダーではA級一位だか何だか知らないけど、優等生なのにね」

「ボーダーと高校は全然違うって」

「一位ってことでちょっとは有名人なんだから、学校での生活態度も改めれば?一位なんだから――」


なまえが感情に任せてそこまで句を継いだところで、出水が突然立ち上がる。木製の椅子を引く音が理科室に響いた。なまえは黙り込む。出水は何も言わずに理科室の戸を閉めて鍵を掛け、なまえの傍に歩み寄る。


「…お前さあ、」


なまえの腰のすぐ横に腕を伸ばし、なまえが寄り掛かる机に、出水が片手をつく。二人の距離はもうほとんどない。辛うじて身体はどこも触れ合ってはいないものの、互いの制服が擦れる音がして、耳を澄ませば互いの鼓動まで聞こえそうな気がする。近すぎる出水の顔を見上げることもできずに、なまえは黙ったまま前を向いている。

出水はなまえの耳元で、苛立ちを含んだ低い声で喋る。


「一位一位って、そればっかじゃん。いつも」

「な、何よ…」

「同じクラスにいるのに、おれのことなんか見ちゃいないんだ」

「………」

「なあ…さっき何でおれが突然いなくなったか、わかるか?わかってないんだろうなあ。学級委員になれるほど成績良くても、成績良いのと頭良いのは違うからなあ」

「…いなくなったのは、自分のことしか考えてないからでしょ。誰にどういう迷惑が掛かるかも考えずに、さぼりたいから途中で抜け出した」

「違う。全然違う」


出水はなまえの肩に手を伸ばし、そのまま机の上に押し倒した。このために先程彼は部屋に鍵を掛けたのかと、なまえは咄嗟に理解しため息をつく。互いに苛立ちを募らせていることはわかっていたが、本気で怒っている訳ではないと、知っていた。本来なら身の危険を多少なりとも感じる状況である筈なのに、なまえは落ち着いていた。出水は何もしない、という、不思議な確信があった。

出水は多少強引にでもなまえの唇を奪ってしまおうかと考えていたが、予想以上になまえが恥じらいも抵抗も見せなかったため、それ以上顔を近付けることが出来なかった。


「ちょっと…」

「いなくなったのは、学級委員のお前じゃなくて、ただの…クラスメイトのなまえさんに、探しに来て欲しかったからだよ」

「…はあ、呆れた」

「何かというと学級委員だからって、肩書きを盾にして…仕方なくおれのところに来てやってる、みたいな、余裕ぶった態度がいやなんだよ。なあ、いつになったら、なまえさんはおれを見てくれるんだ?」

「………」

「ってか、お前、この状況で何でこんなに冷静なんだよ!?」

「冷静じゃないし…出水こそ、何してるのよ」

「何って…ああもう!」


出水は感情と欲求を抑えきれなくなり、押し倒したなまえの上に覆い被さって、なまえを強く抱き締めた。なまえに抵抗されないのを良いことに、髪や額、耳、頬に口付けを落とした。なまえは何も言わず、ただ濡れた瞳でじっと出水を見つめている。なまえの制服の中に手を伸ばし、なまえの素肌に触れた。柔らかで温かい身体の感触に、出水は思わず息を飲む。腰から下腹部、下腹部から胸へと伸ばした指先が、熱を帯びて破裂しそうな気がした。下着の上から胸を揉むと、なまえが微かに声を漏らしているのが聞こえた。ブラジャーの隙間に指を滑らせると、感触だけで良くわかる、胸の先端をすぐに見つけることが出来た。指の腹で優しく刺激してやれば、なまえは苦しそうな、気持ちよさそうな、切ない顔を見せた。

しかし、ここが学校の一角であることは良くわかっていたから、出水はそれ以上のことは出来なかった。(唇にキスしたら、もう止められなくなる)出水は、ごめん、と小さく呟いて、乱れたなまえの制服をさっと整えて、身体を離して距離をとる。

冷静さを取り戻すために深呼吸。これでもうなまえに嫌われても仕方がない、と出水は思った。勝手な思い込みでなまえに迷惑を掛けて、抵抗がなかったとはいえ半ば無理矢理身体に触れた。明日から全クラスメイトに軽蔑される日々が待っているかもしれない――出水がそこまで覚悟したところで、なまえの方へ視線を向ければ、なまえは意外な言葉を紡ぐ。


「出水こそ、わかってないじゃない」

「…何がだよ」

「私が抵抗しなかったのは、出水にならされても良い、って思ってたからなんだけど」

「は、ちょ、それどういう意味」

「さあ?」


なまえはするりと出水の腕の中から抜け出した。理科室の鍵を開けて、廊下へ出ようとしたところで、なまえは出水の方へ振り向いた。なまえが今日初めて見せた笑顔は、今までに見たなまえの中で一番素敵なものだと出水は思った。なまえは微笑みながら言う。


「私はちゃんと公平くんのこと見てるつもりだったけど。いつになったら、公平くんは私自身を見てくれるんだろうって、ずっと思ってた。お互いに同じこと考えてたのね」


理科室に取り残された出水は、熱くなった頬が緩んでいることに気が付いて、それを隠すように窓の外へ顔を向けた。瞳に映るのは夕焼け空の筈なのに、頭に浮かぶのはなまえの笑顔だけだった。
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