通話を終えて暗くなったスマートフォンの画面を見つめながら、私は罪悪感に苛まれていた。

京介が本部を去ってもうすぐ半年になる。同じ市内に住んでいるし、遠距離恋愛なんて大層なものではないけれど、それでも顔を合わせる機会は明らかに少なくなってしまった。京介の通う高校と私の大学も、ボーダー本部と玉狛も、気軽に立ち寄れる距離にはない。たまの休みにふたりで会うことはあっても、それまでは毎日のように一緒に過ごしていたせいで、寂しさは少しずつ募っていく。しかし、互いに毎日忙しくしているのも、元気に過ごしているのもわかっているから、次第にメールも電話もしなくなって。

原因はとても些細なことだった。京介からの久し振りの連絡は、週末に会う約束だったのが、玉狛の急な任務で行けなくなったという内容だった。電話口で京介は何度も謝っていたし、任務が入ったことを責めるつもりはなかった。これまでもこういうことは何度かあった。原因は――


(電話口の向こうで、あの子が京介を呼ぶ声が聞こえたから、だなんて、言える訳ない…)


何度か会ったことがある。玉狛の古株。京介が玉狛に移ったことで、年下の後輩が出来て嬉しい、と笑顔を見せていたのを覚えている。京介も歳の近い彼女と仲良くやっているようだった。

彼女が京介に対して「年下の後輩」である以上の感情を抱いていることは、なんとなく感じ取れた。明るく可愛く聡明な彼女が、毎日のように京介の傍にいられる彼女が、羨ましかった。女子高生に嫉妬するなんて、いい歳してみっともない。それは自分がいちばんよくわかっている、けれど。それが引き金となって、京介に会えない寂しさが抑えきれなくなり、苛立って一方的にまくし立て、一方的に電話を切ってしまったのだった。

電話を切ってからどのくらいの時間が経っただろう。京介からの着信はもう来なかった。午後にあとひとつ講義が残っているけれど、今日はもうそんな気分じゃない。任務も訓練の予定も入っていないし、このまま真っ直ぐ家に帰って、頭を冷やすために寝てしまおう。そう考えて、私は家路につくことを決めた。


「ほんと、馬鹿だよなあ、私…」

「馬鹿ですね」

「女子高生に嫉妬なんて…」

「そういうとこ、可愛いと思いますけど」

「…京介、何でこんなところにいるの」

「…なまえさんが落ち込んでると思って…?」


見慣れた道を歩いていると、気付けば隣には京介の姿があった。玉狛から走って来たのか、京介の息は少しばかりあがっていたし、鞄も何も持っていなかった。

京介は当然のように私の左隣に立ち、私の腰にそっと腕を回して、そのまま歩き出そうとする。平日の昼間から、しかも先程あんなことがあったばかりなのに、京介に会えるなんて予想だにしていなかった。京介に連れられるままに足を進め、はっきりとこの状況を理解出来たときには、もう随分と遠くまでやって来てしまったようだった。


「ちょ、ちょっと…!仕事は?」

「午前中で終わり。午後は学校行こうと思ったんですけど、なまえさんに会いたくなったから」

「そんな、気遣わなくて良いのに…」

「違います。俺が会いたくなっただけ。週末、会えなくなっちゃったし」

「………」


ぎゅ、と腰に回された腕に力が入る。身体を抱き寄せられて、京介との距離が近くなる。これでは歩き辛い、と笑いながら文句を言うと、京介はそのまま人気の無い路地に入った。建物の裏は狭く暗く、辺りを見回し周囲に誰もいないことを確認すると、京介は私に小さくキスを落とした。


「…小南先輩は、」


唇が離れ、京介が呟き始める。先程よりもさらに縮まった距離が、心拍数を上げていく。


「なまえさんと俺のこと応援してくれてるんですよ。からかわれることも多いけど」

「そう…」

「先輩とはいつもなまえさんの話ばかりで…でも、なまえさんに寂しい思いさせてるのも気付いてたんで、それは、ごめんなさい」


京介とあの子が、私の話を?仲の良い高校生同士なら、もっとほかに楽しい話題があるだろうに。真面目というか正直というか、恥ずかしげもなく真顔でさらりとそんなことを言う京介を見ていると、私のちっぽけな嫉妬がひどく醜いもののように思えて、泣きたくなった。


「そんな顔、しないでくださいよ」

「だ、だって…」

「…ひとつ言わせて貰うと、なまえさんは自分に自信がなさすぎです。俺がこんなに惚れ込む女の人なんて、なまえさんしかいないんですよ」

「京介…」

「俺のほうが、なまえさんに会えなくて寂しいって思ってます」

「………」


もう一回、と顔を近付けてくる京介を制し、先程電話口で放ってしまった言葉を詫びる。もういいから、と髪をくしゃくしゃになるまで撫でられて、そのまま京介に抱き締められる。私よりも年下の、まだ高校一年生なのに、その差を感じさせないほど京介は落ち着いていて、すごく、大人で。本当は大人の私がリードしてあげなければいけないところを、年甲斐もなく、嫉妬したり恋い焦がれたり。京介にとっての私はどんな存在なのかよく理解出来ていないけれど、私にとっての京介は、間違いなく私の世界の中心に在ると思った。


「これからどうします?どっか行きますか?」

「…京介と一緒なら、どこでもいいよ」
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