遊園地行こか。19歳組と題されたグループチャットに、そんなメッセージが投稿されたのは昼過ぎのこと。昨晩は深夜まで大学の課題に取り組んでおり、気付かぬうちにいわゆる寝落ちをしてしまったようで、メッセージの通知に伴うスマートフォンの振動が私の目を覚ましてくれた。寝坊したのが一日オフの日で本当に良かった。

このグループが動くの珍しいね、お誘いありがとう。深く考えることもなく、反射的にそう返信した。同い年の、つまりこのグループに所属している男子達は、ランク戦やら隊長会議やらで頻繁に顔を合わせているし、男だけの旅行にも定期的に行っているらしい。女子達は私以外はみなオペレーターで、技術者の私を誘って女子会を開いてくれることもあるが、お互いに公私ともに忙しくそう頻繁に開催される訳ではない。男女合わせるとそれなりの大所帯になる「19歳組」に、お出かけのお誘いなんて、とっても珍しいことなのだ。

などと暫く考えている間にも、私のスマートフォンは震え続ける――みんないつが良いのかな。今日に決まっとるやろ。今日!?突然だな。今日が何の日か知らんのか、アフター5パスポートが半額の日やぞ。残念、この後防衛任務だよ。私は暇。俺も行ける。行ける人は16時45分頃駅前に集合しよう。了解。――皆たまたまスマートフォンを握りしめていたのだろうか。異常な速さで流れるメッセージを追い掛けながら、私も行ける!と返信をして、ゆっくりと布団の中から脱出した。

約束の時間に待ち合わせ場所に到着すると、当日招集の全員集合はさすがに無理があったが、それでも私を含めて六人が集まった。久しぶりの遊園地、久しぶりに同い年の友人と過ごす時間。日々ボーダーの任務や訓練、技術開発で多忙な私たちも、このときばかりは19歳の少年少女らしく、めいっぱいはしゃごうと意気込んでいた。楽しくおしゃべりしながらチケットを買って、園内に入ってすぐのオブジェの前で集合写真を撮って、広場に出るとちょうどパレードが始まるというので皆で並んで、華やかなダンスと歌が織りなすパレードを見て、ちょっぴり感動して、パレードが終わって、見物客たちが一斉に動き出して、人波に揉まれて、


「はぐれちゃったね」


私の隣でそう呟いたのは、迅くんだ。辺りをいくら見回してみても、先程まで一緒だった友人たちの姿はどこにも見当たらない。日はすっかり落ちて、街灯が点き、夜の始まりを感じさせる。この暗さと人混みでは、見つけるのは極めて困難だろう。迅くんはさっとスマートフォンを取り出し、グループチャットを確認しているようだった。


「誰からもメッセージは来てないみたいだし、ひとりぼっちの人はいないのかな?」

「そっか。困ってたらきっとメッセージくれるよね」

「ねえなまえちゃん、手を繋ごうよ」


迅くんは自然な動作で私の手をそっと握り、それから指と指を絡めるようにしっかりと繋いだ。心臓が口から飛び出そう、いや、呼吸の仕方を忘れてその場に倒れそうになる。私は、ずっと前から迅くんに片想いをしているのだ。


「おれたちまではぐれたら、なまえちゃんもおれもひとりぼっちになっちゃうよ」


涼しい笑顔でそう話す迅くんに、私は上手く返事ができただろうか。落ち着こう。まずこの状況を整理しよう。夜の遊園地で、偶然にも片想い中の友人とふたりきりになってしまい、成り行きとは言えしっかりと手も繋いでいる。傍から見ればデート中の男女だ。たぶん。私の心臓の鼓動はうるさくて身体は熱くて顔もきっと真っ赤だけれど、明るい場所、例えば建物の中なんかに入らなければばれない筈だ。迅くんは全く動じていない。本当に、私とはぐれたら面倒だから手を繋いだ、それだけなのだろう。であれば、仲の良い友人として振る舞うほかない。迅くんに対して抱いているこのドキドキやワクワクを一旦しまおう。それにこれは願ってもみなかった人生最大級のチャンスではないか!人気者の迅くんと私が付き合えるなんて思ってないから、長いこと片想いのままなのだし、一緒に手を繋いで遊園地を楽しむ機会なんて、恐らく二度と来ないだろう。思い出を作ろう。今日の迅くんとの思い出を、これからの学業や技術開発や生活の糧にして生きていこう……。あれこれ考えているうちに、心がだいぶ落ち着いてきた気がする。


「なまえちゃんはこの後どこ行きたい?」

「……迅くんが良ければ、あのアトラクション。あ、あとあっちも」

「いいね。おれも乗りたいと思ってたよ」

「一緒に回ってくれる?」

「もちろん」


他愛ない話をしながら、手を繋いで歩きながら、私は迅くんとの時間をめいっぱい楽しんだ。ふたり横並びで乗るジェットコースターが思いの外狭くて、迅くんの長い脚と私の脚が何度か触れ合ってどきっとした。コースターが動き出すととにかく速くて激しくて、何故だか可笑しくなってきて、終わった後にふたりで大笑いした。コーヒーカップも何故だか調子に乗って速く回しすぎて、笑いが止まらなくなった。少しお手洗いに寄って戻ってきたら、迅くんがタピオカミルクティーを買って待っててくれた。本当に楽しいね、と迅くんに言ったら、おれも楽しいよって言ってくれた。迅くんの笑顔も、声も、大きな手も、冗談で笑わせてくれるところも、私の歩幅に合わせて少しゆっくり歩いてくれるところも、もう何もかもが、素敵だった。


「そろそろお腹が空いてきたなあ、みんなどうしてるかな」


迅くんとたくさん遊んだ後、小さくお腹が鳴り、すっかり夕食をとり忘れていたことに気付く。他の四人はもう食べてしまっただろうか、それとも私たちを待っているだろうか。真っ暗な夜の世界でスマートフォンの明るい液晶画面を見やれば、新着メッセージは誰からも届いていなかった。


「本当に大丈夫かなあ、ちょっと電話してみる?」

「あ、その前に、話してもいい?」

「うん、どうぞ」

「おれ、なまえちゃんと一緒に遊園地満喫できてさ、本当に楽しいよ。今日は来てくれてありがとう。それから、調子に乗って手繋いで、おれの我儘に付き合わせてごめんね」

「うん……?」

「おれが、なまえちゃんとふたりきりにしてって頼んだから。あとの四人はもう来ないんだ」


本日二度目の心停止未遂である。

迅くんの告白が衝撃的すぎて、それからの記憶は大部分が曖昧だ。きちんと自分の足で歩いて前に進んでいる筈なのに、地面も身体も脳味噌もふわふわ、熱くて、溶けてしまいそう。かろうじてレストランに辿り着き、当たり障りのない会話をしながら食事をして、園内を見渡せる高台まで歩いて行って、ひっそりと置かれたベンチにふたり並んで座った。もう間もなく本日最後のショーが始まるというので、大きな屋外ステージ付近は多くの人で賑わっていたが、ステージから遠く離れたこの場所は人気がなくしんとしていた。頬を撫でる夜風が気持ち良い。でも、こんなに静かな場所だと、本当に私の心臓の音が迅くんに聞こえてしまいそうな気がした。


「じ、迅くん」

「ん?」

「えっと、今日は一緒に回ってくれてありがとう。嬉しすぎて、今もずっと心臓がうるさくて。迅くんとふたりきりでデートなんて、本当に夢みたいだよ」

「なまえちゃんの嬉しそうな顔が見られて、おれも嬉しいよ」

「やっぱり、私がずっと迅くんに片想いしてるの知ってて、視えてて、……それで私を喜ばせようとしてくれたってこと、なのかな」


聞かなければ、この時間は最高に幸せな思い出として綺麗に幕を閉じる筈だった。だけど、どうしても聞かずにはいられなかった。太ももの上に置いた両手をぎゅっと握り、視線をそこへ落とす。心臓が痛い。うるさい。隣に座っている迅くんの言葉を待っている時間は、一瞬にも、永遠にも感じられた。

ショーの開始を告げる音楽が大音量で鳴り響く。花火が上がる。高台の下が歓声に包まれる。それを合図にするかのように、「なまえちゃん、」迅くんが呟きながら私の頬に触れ、そっと顎を掬い、視線が真っ直ぐに合ったところで、そのままキスをされた。ちゅ、と可愛らしく離れたと思ったら、もう一回。今度はもっと深く、長く、甘いもの。私の髪を撫でる迅くんの手が、迅くんの唇が、熱い。夢みたいだけど、夢じゃない。


「ん、じ、くん……」

「好きだよ、なまえちゃん。大好きだ」


ショーはまだ続いているし、演者の台詞や音楽もそこら中のスピーカーから大音量で流れている。ステージを照らすライトが瞬いて夜空を彩っていることも、大勢の観客が驚き、喜び、拍手をしていることもわかる。なのに世界は、この空間は、ふたりぼっちだ。迅くんからの止まないキスの雨に必死で応えているうちに、どうやら私は本当におかしくなってしまったみたいだ。

ひとしきり唇を堪能した後、どちらからともなく距離をとり、ベンチに横並びで座り直し元通りの形におさまる。先程までふたりの距離は限りなくゼロになっていたのに、離れた途端、こんなに近くに、隣に迅くんがいることが、たまらなく嬉しく恥ずかしくなる。迅くんの顔が見られなくて、再び視線を落とす。迅くんは、きっと私のほうではないどこかを見つめながら、ぽつりとぽつりと呟くように言葉を紡ぐ。


「なまえちゃんもずっとおれを好きだったって知ってたら、最初からふたりきりでデートに誘ったのになあ」

「そっか。私の片想いはばれてなかったんだね」

「おれは人の心までは読めないよ」


はは、と優しく笑うその声が、私の身体をじんわりと温めてくれる。「でも、」迅くんは言う。


「なまえちゃんと何回かしゃべって仲良くなったとき、ぱっと視えたんだよね。なまえちゃんの幸せな未来が。……本当は言わない方が良いんだろうけど、」

「ううん、聞きたいよ。教えて」

「……今よりももっとずっと大人になったなまえちゃんが、でも変わらず可愛くて綺麗ななまえちゃんが、子供たちと笑い合いながら、洗濯物を干している。パパも一緒にやろう、って、幸せな笑顔で誰かに話し掛けている」

「私が、お母さん」

「おれ、確定している未来も不確定の未来も、毎日たくさん視えててさ、ぱっと視えたからって全部を覚えている訳じゃないんだ。でも、なまえちゃんの未来だけは印象的でずっと覚えてた。そんなに先の未来が既に確定している人も、結構珍しいし。なまえちゃんはどうやってこの暖かい家庭を築くんだろう、なまえちゃんをこんなに幸せな笑顔にする人は誰なんだろうって、そんなことをずっと考えていて」

「…………」

「その相手はおれがいいって、そう思ったんだ」


そう迅くんに告げられた瞬間、思わず涙が零れてしまった。ショーはいよいよフィナーレを迎え、豪華な音楽や花火の音が鳴り響いているようだ。だけど私の耳には、頭の中には、もう迅くんの声しか聞こえていなかった。私の心臓はとっくに止まってしまって、今目の前で起きていることは全部幻なんじゃないか、私に都合の良い妄想なんじゃないかって。そう思わなければ、とてもじゃないけれど心が保てなかった。ずっと片想いしてきた、大好きな人。その人とふたりきりになれるだけでも夢のような出来事だったのに、手を繋がれて、キスをされて、プロポーズまでされるなんて。迅くんは生き急いでいやしないか。当の本人は「おれじゃ、嫌だったかな」なんて的外れな言葉を口にするし。もう、もう訳が分からないよ。


「なんで今日突然プロポーズまでするの……?」

「え、あっ、そんなつもりじゃなかった……んだけどな」


そんなつもりじゃなかったのか。ちょっとだけ頬を染めて慌てたような迅くんが可愛くて、格好良くて、自然と笑顔になる。それから、笑いと涙が止まらなくなった。


「まずは、よかったら、おれとお付き合いしてくれる?」



遊園地行こか。19歳組と題されたグループチャットに、そんなメッセージが投稿されたのは昼過ぎのこと。昨晩は深夜まで、いやほとんど早朝まで、迅くんと一緒にこの部屋で過ごしていて、気付かぬうちに泥のように眠ってしまっていたらしい。隣でまだ小さく寝息を立てている迅くんを起こさないように、同じベッドの中でもぞもぞと静かに体勢を変える。迅くんを背に横向きの格好で、目覚めの儀式とも言うべきスマートフォンの確認をしていると、あの日――約半年前に唐突に届いたメッセージと、全く同じ文字が並んでいた。

そのメッセージ懐かしいね、お誘いありがとう。深く考えることもなく、反射的にそう返信した。昨晩迅くんに激しく突き動かされた身体は、睡眠をとってもなお疲労に沈んでいるが、夕方からの遊園地であれば行けないこともない。迅くんが行く気なら、一緒に行こう。そう考えて、一旦スマートフォンの画面を閉じたところで、迅くんの腕が私の方へ伸びてきた。後ろからぴったりと抱き締められるような格好で、迅くんの体温と匂いを感じる。


「迅くん、また遊園地のお誘いが来たよ」

「んー……今日はなまえちゃんとこうしてまったり過ごしたいかな。ふたり揃ってのオフもなかなかないしさ」

「それもそうだね。私も身体が疲れてるし」

「返信だけしておくか。ええと、半年前の、生駒っちの思いつきのおかげで、なまえちゃんと恋人同士になれました、ありがとう……っと。よし」

「遊園地のお誘い自体は、迅くんの策略じゃなかったんだよね」

「策略ってなまえちゃん、ひどいなあ」


迅くんの返信についてのツッコミや野次が一斉に入ったのだと思われるが、私のものと迅くんのもの、二台のスマートフォンが震え続けている。皆の反応が気になるが、迅くんはそんな私の考えを読み取ったのか「気にしないで、おれだけ見て」と真っ直ぐに私を見ながら近付いてくる。迅くんはいつの間にか私の上に馬乗りになっていて、私の逃げ道を塞いでしまった。半年前のあの日は、ふたりきりで手を繋いで歩くだけで、心臓が飛び出そうなくらいに緊張していたのになあ。いや、今でも迅くんに触れられると嬉しくて確かに心臓が痛くなるけれど、この先もずっと迅くんと一緒に過ごすためには、慣れも肝要なのだ。遊園地の景色とか、夜空とか、一緒に歩いた道とか、迅くんが語ってくれた私の未来とか、あの日のことを久しぶりに思い出しながら、迅くんがくれる愛を全身で受け止めるために、そっと目を閉じた。
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