調査兵団は過酷な組織だ。

壁外という前人未到の領域に戦いを挑むのだから当然だが、それは入団前からわかりきったこと。しかしわたしは見立てが甘かったのだ。

およそ月に一度壁外調査を行うのだから、調査に向けた訓練生活が中心となる。日が出ているうちは熱心に訓練に励み、日が暮れれば寝る間も惜しんで陣形と作戦の暗記。それに慢性的な資金難で、訓練兵時代よりは見栄えの良い食事が提供されるとは言え、贅沢はしていられない。

つまり睡眠欲と食欲を十分に満たすことが困難なのだ。体力面よりもむしろ精神面で追い詰められ、兵士として生きる道の過酷さを思い知ることになった。となると残る性欲だけは何としてでも十分に満たしたい、と思うのがふつうの人間なのかもしれない。幸い性欲は資金難の影響を受けることもないし、すこし時間の空いた人間がふたり揃えば解消できる。なんともお手軽な欲求だと思いながらも、深夜に廊下を歩いているとときおり聞こえる音――欲求を満たすためにとあるふたりが鳴らす音――を、特に気に留めることもなく過ごすことができるようになった。

リヴァイがおんなをよく抱いているのは知っている。それは女性兵士なのか、買ったおんななのか、今までに相手は何人いたのか、詳しいことはわからない。

情事後を匂わせるリヴァイの部屋を初めて見たときは驚きもしたものだが、今ではもう当然のことと思っている。リヴァイがおんなを抱いているからと言って特にどうとも思わない。だってわたしもお腹が空いたら食事をとるし、眠たくなったら寝るし。満たせる欲求は出来るだけ満たしておいたほうがいい。こんな、いつ死んでも仕方のないような訓練生活の中では。

しかしリヴァイはいつだってわたしと肉体関係を持とうとはしなかった。彼とわたしとは、入団以来のもうずっと長い付き合いで、家族のような、親友のような、そんな関係性だと思っている。もしリヴァイがそうしたいと言ったなら、わたしは拒まずに彼を受け入れるだろう。ただ、リヴァイとわたしがふたりで部屋にいたって性欲を滲ませるような雰囲気にはならなかったし、他のおんなを抱いて満足できているのならそれでいい、と思っていた。


「……とか何とか言っちゃって、ほんとは寂しいんじゃないの?」

「別に、寂しい訳じゃ」

「ていうかナマエって全然そういう話聞かないけどさ、平気なの?もうずっとしてないの?」

「してないよ……性欲発散のために誰彼構わず寝るようなことは、したくない」

「まあ男と女は違うしねー。」

「ハンジはしてるの?」

「たまに。でも別にしないならしないで大して困ることもないし、やっぱナマエみたいの良いと思う。こんな場所にいなかったら、ナマエみたく好きな人としか寝ないって考えるのが、普通なんだろうしね」


夕食の時間を終え誰もいなくなった食堂で、ハンジとわたしは紅茶を飲みながら束の間の休息をとっていた。話題にのぼったのはやはり、最近のわたしの懸案事項で。


「でもナマエ可愛いから、男に誘われたことだってあるでしょ?」

「何回か……断ったけど」

「はあ、もう純情の塊だねえ」

「そんなんじゃないって」

「でもリヴァイに誘われたら断らないんでしょ?」

「うん、たぶんね」

「ナマエさあ……否定してるけど、やっぱりリヴァイのこと好きなんだよ、心の奥ではさ」

「好きだけど、家族っていうか、親友っていうか……」


好き。好きといえばわたしはリヴァイはもちろん、ハンジだって、団長、ミケ、ナナバ、ゲルガー、……この過酷な環境で寝食を共にした大切な仲間は皆好きだ。リヴァイだけを特別視している訳ではないと思う。割り切っているとは言え、リヴァイに抱かれるおんなに興味もないし、嫉妬したこともない。


「……わからない」

「今度リヴァイの部屋でふたりになったらさ、聞いてみなよ?」


ハンジとそんな会話をしてから、次にリヴァイに会ったらそういう話をしてみようと小さく決意したものの、なかなかふたりでゆっくり話す時間が取れなかった。慌ただしい訓練漬けの毎日が過ぎて、たまの休みにはひとりで街へ買い物に出掛けて、壁外調査へ向かい、多くの犠牲を出したものの新しい成果は得られず(しかし今回も大きな傷なしに生き残れたことは良かったと思う)、調査兵団全体がなんとなく重く湿った空気に包まれた。だが壁外調査から三日も経てば、また痛みを乗り越えて、いつも通りの訓練生活が始まっていた。

そんなある日、団長に頼まれてリヴァイの部屋を訪れた。大したことのない用事だったけれど、ハンジの言葉を思い出して妙に緊張してしまう。

リヴァイの部屋のドアをノックしようと腕をすこし上げた瞬間、勢いよくドアが開き、中から慌てた様子の女性兵士が飛び出してきた。顔はなんとなく見たことがあるかもしれない、そんな程度の、面識のない兵士だ。わたしとぶつかりそうになるのをさっと避ける。彼女はわたしの顔をちらりと見、何も言わずに廊下を走り去って行った。

改めて部屋のドアを叩き、開ける。リヴァイはベッドに腰掛け、自身のシャツのボタンを留めているところだった。ベッドは乱れてはいなかったが、恐らく行為の後すぐに整えたのだろう。


「リヴァイ」

「……ああ、ナマエか」


リヴァイはいつも通り、何も変わったところはなかった。服装をきちんと整えたリヴァイに書類を渡し、団長に頼まれた用事を事務的にこなした。せっかくまたふたりになれたのだから、話をしようとは思っていたのだが、上手くまとめて話す自信がなかったし、勤務時間中に関係のない話をしているよりも訓練に励んだ方が有意義だと考え、早々に部屋を後にしようとした。しかしリヴァイは「ナマエは働き過ぎだ」と気だるげに言い、わたしのために椅子を引いてくれたので、座らせてもらうことにした。

暫くの沈黙。壁に掛けられた時計の秒針の音と、リヴァイが紅茶を飲む音だけが部屋を支配した。


「ナマエよ」

「ん」

「何か悩み事でもあるのか?」

「…………」

「俺しか聞いてないんだから、言え。ひとりでなにか抱えていると、心配する」

「……さっきのおんなの人、さ。リヴァイの彼女?」

「そんなんじゃねえよ」

「凄く急いでいたみたいだったけど、喧嘩?」

「……チッ。終わったからさっさと退けと言ったら、泣かれた」

「リヴァイ、それは酷いよ」

「何で好きでもない女に優しくしなきゃいけないんだ。一回の肉体関係だけ、という約束だったのに、どうして女はこう情を求めやがる……」

「そういうものなんじゃない?」

「ナマエも、そうなのか?」

「さあ。わたしはそういう経験がないから、わからないよ」


会話が途切れたので、わたしも紅茶のカップに口をつけた。やはりリヴァイはドライにおんなを抱くのだという事実に納得してしまう。きっとあの女性兵士はリヴァイに選ばれたと思って、高揚していたのではなかろうか。わたしが知らないということは、恐らく新兵なのだろうから、浮かれても仕方がない。心の中で彼女に少しだけ同情しながら、わたしはリヴァイに聞こうと思っていたことを言う。


「あのさあ、リヴァイ。わたしってリヴァイのこと好きなのかな?」

「あ?何だそれは」

「上手く言えないけど、思っていることを言うね」

「ああ、言え」

「……リヴァイは大切な仲間だし、リヴァイに誘われたら、たぶん良いよって言うと思う。でも、わたしから誘おうとは思わない。リヴァイが他の誰かを抱いていても何とも思わない」

「……判断材料が少ねえな」

「うーん、あと、リヴァイに誘われたことないけど、別に寂しくない」

「…………」


リヴァイは暫く考え込んだ後、席を立って、わたしの傍に寄り目線が合うように腰を落とした。リヴァイの手がわたしの頬に優しく触れた。


「ナマエよ、さっき経験がないと言ったな……誰かに誘われたことはないのか?」

「あるけど断ってる。誰でもいいからセックスしたい、なんて思ったことないし」

「俺に触られて、嫌だと思わないのか?」

「全然」

「……なあ、ナマエよ、抱いていいか」


リヴァイに誘われた。ならば断る理由はない。リヴァイとそういうことをしたら、なにか自分の気持ちも変わるのだろうか。そんなかすかな望みと、初めての経験への期待で、少しだけ胸が高鳴った。頷くと、壁側に配置されているソファへと連れて行かれ、やんわりと押し倒された。


「ベッドじゃなくて良いの?」

「あ?ベッドは今汚ねえだろ……」

「……リヴァイ、それ、おんなのこに優しいと思うけど」

「好きな女には優しくする主義なんだよ……だから今まで誘わなかった」

「は、」


リヴァイの言葉を完全に理解する前に、彼はわたしの唇を唇で塞いでいた。キスの経験くらいあるけれど、リヴァイのように親しすぎる相手とキスをするのは初めてで、なんだか緊張する。リヴァイはわたしに口付けを落としながら、わたしの全身をそっと撫でるように触った。

これは単なる性欲発散のための行為じゃない。そう思うと急に恥ずかしくなった。わたしはリヴァイが好きかどうかもわからないのに、リヴァイはわたしのことを確かに「好きな女」と言った。それはどういう意味なのだろう。

ぼんやりとそんなことを考えていると、集中しろ、と不機嫌そうに言われてしまった。ふふ、と緩む口元を隠しながら、そっと目を閉じてリヴァイの体温に溺れることにした。
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