翌朝早く、眠るリヴァイを起こさないように(きっと疲れているだろうから)そっと部屋を抜け出し、本部へ帰るために馬舎へと向かった。馬舎には先客がおり、丁寧に馬の世話をしていた。エレンだ。
「エレン、おはよう」
「あっナマエさん!おはようございます」
「いつもこんなに早いの?」
「今日は朝食当番なので、その前に馬の世話をしてしまおうと……ああすみません!監視役のオルオさんは、いま丁度お手洗いに行ったところで、普段は一人で行動しないように言われているので、その、」
「あはは、大丈夫だよ。わたしはエレンを怖がったりしないし、リヴァイに言ったりもしない」
「ありがとうございます……」
わたしは微笑みながらエレンの肩をぽん、と軽く叩くと、愛馬の元へと向かおうとした。だがエレンの様子が少し変だ。顔はやや俯きぎみで、頬を真っ赤に染めながらわたしを見つめている。何か言いたいことがあるようだ。どうしたのエレン、と問いかけると、彼はゆっくりと口を開いた。
「……ナマエさんは、兵長の、恋人なんですか」
「……どうしてそう思うの?」
「昨日、寝る前に兵長にご挨拶しようと思って、部屋の前に行ったら……」
「聞こえた?」
「ぬ、盗み聞きしようと思って行った訳じゃないんです!ただ、……そういうことをする関係の人、つまり恋人が、兵長にいたなんて俺知らなくて……失礼な質問だったら、すみません」
「いいのよ、エレン」
慌てふためくエレンに思わず笑ってしまう。
そっか、15歳くらいの少年少女にとっては、セックスをすることと恋人同士であることはイコールなのか。わたしもそんなふうに考えていた時期があった気がする。大人になってしまうと、そう純粋ではいられないことに気付いてしまって、どこか虚しい。
「でもね、わたしとリヴァイは恋人同士じゃないの」
「……両想いじゃない人とでも、その……せ、セックス、出来るんですか」
「直球な質問だね、エレン」
「ああナマエさんごめんなさい!」
「わたしとリヴァイは両想いだよ、たぶんね。キスもセックスもする。でも恋人同士じゃない」
「……ナマエさんは、それでいいんですか」
「……エレン、わたしたちはね、兵士なの。この心臓はとっくに人類に捧げたの。ちっぽけな個人の恋愛感情に振り回されては、いけないのよ」
自分に言い聞かせるようにそう言った。自分でそう決意したはずなのに、こうして言葉にしないと簡単に揺らいでしまいそうで怖かった。つい強い口調になってしまったことをエレンに詫び、何度も謝ってくる彼に、今の話は聞かなかったことにしてくれていいと言った。
暫くの静寂の後、遠くでオルオがエレンを呼ぶ声がした。今朝は二人で朝食を作ることになっているらしい。わたしはエレンの肩をそっと押した。
「ほら、先輩待たせちゃ駄目でしょ」
「あのっ、ナマエさん!」
「なあに?」
「ナマエさんも兵長も俺も、人類のために心臓を捧げた兵士です!でも心は、気持ちは、好きな人に捧げていいんじゃないですか!」
エレンはそう言って城内へと戻っていった。
エレンの去り際の台詞に胸が締め付けられそうになる。くるしい。なにこれ。こんなのしらない。リヴァイとは一生恋人同士にはなれないし、ならなくていいと思っていた。そう思うように努力していた。なのに、その軟弱な決意が一瞬で霧散してしまったようだった。エレンは大人の恋愛をわかっていない、とさっきは思ったけど、わたしよりも大人の恋愛をわかっているじゃないか。
「ナマエ」
「え、なに、リヴァイ?」
不意に腕を引かれる。去って行くエレンに背を向ける格好で立ち尽くしていたため、城内からリヴァイがこちらに向かってくるのに気が付かなかった。人の気配がする、と思ったときには、わたしはすでにリヴァイの腕の中だった。
「おい、出発する前に起こせと言ったろ」
「……疲れてると思って」
「……なに泣いてる」
「え、嘘、涙が」
「……どうしたんだ、ナマエ」
リヴァイは表情を崩さずに困惑しているように見える。しかし、わたしの濡れた頬に唇を寄せて、優しく抱き締めてくれた。わたしもぎゅっとリヴァイを抱き締め返すと、その大きな手でわたしの頭を撫でた。
「リヴァイ、わたし、リヴァイが好きだよ」
「俺もナマエが好きだ」
「ねえ、心臓は人類に捧げても、心は好きな人に捧げていいんだって……」
「そうか……」
「わたし、心はリヴァイに捧げるね」
「……俺も、そうしよう」
わたしたちの関係にかすかな光を宿してくれたエレンに感謝しながら、リヴァイを力いっぱい抱き締めて、ありったけの愛情を込めて唇を重ねた。城の入り口から見えないよう、馬舎の裏側に回って、愛を囁く間もなくただひたすらに唇を求めた。リヴァイがわたしのマントを取り払い、シャツに手をかける。わたしは抵抗しなかった。
だって、わたしのこの心はもうリヴァイのものだし、リヴァイの心だってわたしのもの。つまり愛し合うふたりが心だけでなく身体も求めるのは、自然なことであって。
リヴァイの舌がわたしの身体を這う。もうどうにでもなれ。