壁外調査はいつも命懸けだ。

――勿論ほとんどの兵士が文字通り自分の命を懸けて、あるいは人類の希望のために自分の命を投げ打って戦っている。しかし同期の仲間であるエルヴィン、ハンジ、ミケ、それにリヴァイ……彼らはいとも容易く巨人を討伐しているように見える。兵団や分隊を束ねる者として申し分ない実力の持ち主ばかり。討伐の補佐だけで息をあげているようなわたしとは違う。わたしはいつまで経ってもただの一兵士。

だから、彼らの活躍はわたしにとって嬉しい反面、かなしくてこわいのだ。かなしいのは、彼らのように統率力も実力もない自分が情けないから。こわいのは、わたしたちの同期は、もう彼らとわたししか生き残っていないからだ。次に誰かがいなくなるとしたら、恐らくわたしだろう。

壁外調査を終えて(また運良く生き残って)から一週間。わたしは、次の壁外調査のことで話がある、とエルヴィンに呼び出された。


「実はね、次の壁外調査ではナマエに分隊長を務めてもらおうと思っているんだ」


開口一番、エルヴィンから告げられたのは予想だにしなかった言葉だった。分隊長?班長すら務めたことのない、運良く所属年数を重ねられただけのわたしが、どうして。


「……なんで?」

「前回の壁外調査でまた有能な兵士を失った。いまこの穴を埋められるのは、ナマエだけなんだ」

「わたしなんか、運が良かっただけで」

「ナマエは有能な兵士だ、大丈夫」


エルヴィンの言葉に困惑してしまう。彼は壁外調査後にくたくたになっているわたしを見たことがないのだろうか。

エルヴィンも今ではすっかり団長だし、命令には逆らえないだろう。しかし分隊長を務める勇気も自信もない。やっぱりできない、と答えようとした瞬間、部屋のドアを乱暴に開けてリヴァイが入ってきた。


「おいエルヴィン、何してやがる」

「……ナマエを次の調査で、分隊長に」

「駄目だ」

「リヴァイ」

「駄目だ、ナマエが分隊長だなんて、俺は認めない」


リヴァイの言葉に少しだけ胸が痛んだ。そんなにはっきり言わなくても、実力のなさは自分でちゃんとわかってるんだから……。反論しようとする間もなく、リヴァイは「行くぞ」と小さく呟いてから、わたしの腕をとって部屋の外へ連れ出した。何を喋る訳でもなく、ただひたすら廊下を進んでいく。


「リヴァイ」

「…………」

「リヴァイ!離してよ」


リヴァイの手を無理やり振りほどく。エルヴィンの話を断ることが出来た(のかは定かではない)が、実力がないから出来ませんだなんて、自分では言えても、他人には言われたくなかった。それが人類最強の兵士長であってもだ。わたしはとてもかなしくて、つい口調が乱暴になる。


「どうしてリヴァイが口出しするの?」

「どうしてもだ」

「答えになってない」

「……ナマエには、向いてない」

「でしょうね!知ってる!わたしには統率力も実力もない、それくらい自分でわかってる」

「そうじゃない」

「…………」

「俺は、ナマエのためを思って」

「もういいよ、リヴァイ……気遣ってくれてありがとね」


思わず熱くなる目元を押さえながら、わたしはリヴァイに背を向けて歩き出した。わたしの力を否定され、おまけに最後には情けをかけられたみたいで、かなしかった。リヴァイのばか。言っていることが正しいのは分かってる、けど。

(わたし、リヴァイのこと結構本気で好きなのにな。)

再び団長室のドアを叩く。改めて自分の言葉でエルヴィンに伝えたかったからだ。部屋に入り、エルヴィンと目が合った瞬間、エルヴィンは申し訳なさそうに眉を下げた。


「ナマエ、すまない……その様子だと、リヴァイと喧嘩でもしたんだろう?」

「……リヴァイが、わたしには分隊長向いてないって言うから、つい……でも実力が足りないことくらい自分でも分かってるし、」

「ん?リヴァイがナマエには実力がないって、そう言ったのかい?」


エルヴィンの口調が突然変わった。機嫌の悪い子供をあやすような優しい口調から(本当にいまのわたしは機嫌の悪い子供だ)、驚きを含んだ声に。床に向けていた目線をエルヴィンのほうへ向けると、彼は目を大きく開いてわたしの言葉を待っていた。


「ええと、言って、ない?」

「リヴァイは言葉が足りないんだ、」

「……エルヴィン?」

「ああ、本当にすまなかったナマエ、全部話そう……どうか、怒らないでくれ。」


エルヴィンの話はこうだ。

わたしは同期の中でも、ハンジやミケに負けず劣らずの実力の持ち主らしい。討伐数はあまり伸びないが、討伐補佐数は群を抜いて多いそうだ。体力の温存のことばかり考えて、討伐補佐数なんていちいち数えてられないから知らなかった。討伐数は自分で数えているのだけど。

さらに、わたしの所属する班はいつも犠牲者数が圧倒的に少ないそうだ。わたしが巨人の討伐よりも仲間の命を優先して戦っているかららしい。わたしの体力、実力が足りないのではなく、本来なら自分の命を優先して見捨てても仕方のない命を救おうと、行かなくてもいいところへまであちこち飛び回っているから疲れてしまうのだと。これも、壁外調査中は命懸けだったから、まったく意識したことがなかった。

ではハンジやミケに負けない実力を持ちながらも、なぜ今まで分隊長どころか班長にも指名されなかったか。


「リヴァイ!」

「ナマエか」

「リヴァイ、あなた、言葉が足りないのよ!」


わたしを少しでも危険から遠ざけようとしたリヴァイの指示によるものだったそうだ。わたしを分隊長や班長にするなんて認めない、もしそうしたら俺は壁外調査に行かない、と駄々を捏ねて。


「なんのことだ」

「エルヴィンから全部聞いたわ、どうしてわたしを前線から遠ざけようとしてたの」

「…………」

「答えて」

「……ナマエがいてくれるから助かった命がたくさんあった、それに……」

「それに?」

「俺が、個人的に、ナマエを失いたくなかったからだ」

「……は?」

「ナマエのこと好きなのに、自信を失わせるようなことを言って、すまなかった」


リヴァイが俯く。こんなにすまなそうに頭を下げるリヴァイを見たのは初めてだ。思わず頬が緩んでしまう。

リヴァイやエルヴィンの言葉で、それまで微塵も抱いていなかった自分への自信が、少しずつ大きくなってゆくのを感じていた。本当はわたしがわたしの力を認めていなかっただけ。周りからの評価が得られないのを言い訳にして、かなしい、こわいと思い込んでいただけ。

分隊長になったら、さらに多くの命を救おうと奔走することになるだろう。いつも以上に命懸けの調査をして、いつも以上にくたくたになって帰ってくることになる。大変そうだ。次の壁外調査まで、リヴァイに訓練をつけてもらおうと決意しながら、笑ってみせた。


「リヴァイ、わたし分隊長やるよ。今度は分隊ごと守ってみせる」

「死ぬなよ。命令だ」

「当たり前じゃない」

「そうか……」

「あとね、わたしもリヴァイのこと好きだよ」




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