「何そわそわしてんだよ」
「…うっせ」

ボーダー本部の食堂で、米屋が出水に執拗に話し掛けている。戦闘中の凛とした態度とは裏腹に、どこか落ち着きのない様子の出水は辺りをちらちらと見渡している。出水の様子がおかしいのも、その原因もよく分かっている米屋は、親友であり戦友でもある彼の背中を今日ばかりは何とか押してやらねばならないと、そう考えていた。

「今日この後何かあんのか?」
「さあな」
「えっお前知らないの!?今日はなまえさんの…」
「知ってるよ!誕生日だろ!」
「…何かあるんじゃん」
「………」

直接恋愛相談を受けた訳ではないが、出水の恋の相手が誰なのかは見ていればすぐに分かる。「お前の気持ちを知らないのはなまえさんくらいだろ、流石にお前んとこの隊長も気付いてるぞ」と米屋が笑いながら言うと、意外にも出水は驚いたような顔をして、それっきり黙ってしまった。動揺を悟られないようにしているつもりでも、ほんのりと色付いた耳はしっかりと米屋に見えている。人に頼るのを好まない奴だから、自分の想いに気付かれていたことが恥ずかしかったのだろうか。

「恥ずかしがることないだろ、なまえさんが好きだって堂々と言えばいいじゃんか」
「いや、だって」
「何だよ」
「俺なんかが…って、思うじゃん。まだ高校生だし」
「上手くいく自信がないってことか?」
「まあ、うん」

その気持ちはとても良く分かる。出水ほどの重病ではなかったが、米屋にも実らぬ苦い恋の思い出はいくつかあった。しかし、高校二年生にもなって初心な悩みに頭を抱えている目の前の親友が、何故か愛しく思えた。別に変な気を起こした訳ではない。頑張れ、出水。男だろ。

「なまえさんと付き合いたいなら、お前がなまえさんにつり合うような男になれば良いだろ。もし今なまえさんから良い返事が貰えなくても、それから努力してなまえさんを振り向かせれば良いだろ。それくらい、お前なら出来る」
「米屋…」
「だから、その鞄に入ってるプレゼント早く渡してこい」

米屋が全力で押した背中は、そのまま食堂を出て行った。きっとなまえさんの所へ向かったのだろう。空になった二人分の食器を片付けながら、米屋はなまえのことを思い出していた。

なまえさんは良く出来た先輩だ。一緒に戦っていた頃は、いつでも的確な指示で隊員を動かしてくれたし、後輩の成長の為に力を惜しまない人だった。なまえさんと出水と俺で、夜遅くまで本部に残って訓練をしたことはきっと一生忘れない。そして何より、強いし、綺麗な人だ。今年からは戦闘員として現場に出ることはなくなったけれど、よく訓練に顔を出してくれるし、会えば他愛ない話をしたりアドバイスをくれたりする。出水が一緒にいるときは、出水の想いを汲んで、なるべくなまえさんと彼が話せるよう遠慮していたけれど。思い返してみれば、俺もなまえさんのことは(恋愛感情かどうかははっきりしないけれど)、好きだったのだ。

出水の報告は明日聞こう。そう決めた米屋は、なまえに「お誕生日おめでとうございます!」とだけ書いた短いメールを送信して、スマートフォンの電源を切り、本部を後にした。



「よう弾バカ、昨日はどうだった?」
「どうだった?じゃねーよ、何で全然連絡取れないんだよ槍バカ」
「あっやべ、電源切りっぱなしだった」
「ったく、お前は…」

翌日、出水と米屋は学校の屋上近く、非常階段に腰掛けて話をしていた。出水は昨日の出来事について早く話したかったし、米屋は昨日の出来事について早く聞きたかった。ホームルームの言葉が頭に入る訳もなく、休み時間になるや否や、二人は教室を飛び出した。

出水の顔は希望に満ち溢れている訳でもなく、絶望に打ちひしがれているようにも見えなかった。失敗はしていないけれど上手くも行かなかった、ってことか?米屋はまず始めに何と言うべきか少し考えて、それから出水の方を向いて、平静を装いながら問いかけた。

「で、どうだったんだよ」
「プレゼントは、渡した。おめでとうも、言えた」
「おう」
「そしたらさ、なまえさんその後飲みに行く予定があって。沢村さんとか東さんとか風間さんとか太刀川さんとか、まあ、その辺のなまえさんと仲良い感じの人と。で、公平もおいでよって言われたんだけど。公平来るなら居酒屋じゃなくて普通のご飯屋さんにするからって」
「へえ、良かったじゃん」
「…まあ、行かなかったんだけどな」
「…は!?」

米屋の大声が辺りに響き渡り、廊下を歩いていた生徒達が一斉に非常階段の方を振り返って見た。バカてめえ、と出水は米屋の脇腹を肘でつつく。

しかし米屋はそれよりも、出水の発言に驚き呆れ二の句がつげないでいた。せっかく背中を押してやったのに、そんな大きな好機を無下にするなんて。周囲にばれるほどなまえさんが好きで、そのなまえさんの年にたった一度の記念日に男を見せないで、いつ見せるんだよ。そのようなことを、勢いに任せて米屋は伝えたのだが、出水はどこか煮え切らないような表情を崩さない。

「出水、どうしたんだよ…」
「…俺一人の為にお店変えるのもなんか申し訳なかったし、じゃあ米屋も来るなら行きます、って言っちゃって」
「え」
「でもお前、全然連絡つかないから」
「ま、まじでバカかよ俺は関係ないだろお前行けよ」
「いや、だって」
「何だよ…」
「…自分の気持ち隠して親友の背中を押すなんて、普通なかなか出来ないだろ。もし二人きりでデート出来るならそれは行きたかったけど、そういう雰囲気は作れなかったし。皆でご飯に、お前を置いて、俺一人で行くのは、何か違うのかなって」
「どういう意味だよ?」
「お前も、なまえさんのこと好きなんだろ?」

出水がそう米屋に告げた瞬間、一時間目の授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。しかし二人ともその場から動けなかった。出水は米屋の瞳をまっすぐと見つめ、米屋は落ち着きを取り戻すことが出来ない。先程ようやく電源を入れた米屋のスマートフォンは、昨晩の出水からの大量の着信と、なまえから届いていたメールの受信で震えていた。
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