風間さんて彼女居るんだって。ええ、あの風間さんが。風間さんの彼女になれるなんて羨ましい。風間隊のオペレーターの子かしら。ああでもあの子なら、ふたり並んでも様になるね。美男美女だし。お似合いだね。

同期の女の子たちが休憩室でそんな話に花を咲かせているのを耳にして、「ねえねえなまえもちょっと聞いてよ、」と話題に引き込まれる前に部屋を後にした。彼女たちとのおしゃべりはいつもは楽しいものだが、今日の話題は幾分か、いや、かなり都合が悪い。彼女たちの意見に同調して上手く話せる自信はまったくなかった。ふらふらと当てもなく廊下を歩いていると、ふと、窓ガラスに映った自分の姿が目に入る。一般的な女子高生よりも、ずっとずっと高い身長に、すらりと長い手足。人は皆私を見て、このスタイルが羨ましいなんてお世辞を言ってくれるけれど、私にしてみればあの子みたいな小柄で可愛らしい身体のほうが、ずっとずっと羨ましかった。そう言葉にすると途端に悲しくなってきて、私は窓ガラスから目を背けた。ひと粒、ふた粒、ほろりとこぼれ落ちそうな涙を必死にこらえた。

(風間さんの彼女は、私なのに。)

長い間憧れのひとだった。少しでも風間さんに近付きたくて、毎日夜遅くまで訓練に励んだのは良い思い出だ。未だにA級隊員なんて夢のまた夢だけど、私の努力は彼の目に留まったようで、少しずつ仲良くなり、告白され、今に至る。本当に嬉しかった。

付き合っていることを公言しないでほしい、とお願いしたのは私のほうだ。今はボーダー内部の揉め事もあってごたごたしているし、大変な時期に色恋沙汰を持ち込んで隊員たちによくない影響を与えたくないから、と言ったら風間さんは納得してくれた。でも本当の理由は違う。風間さんと私が不釣り合いなことをよく知っているから、ただ私たちの関係を誰にも言いたくないだけだった。隊員としての実力にも大きな差があるし、ふたり並べば大きな身長の差もある。気にしてヒールは履かなくなったけれど、可愛げのない背の高さが好きになれなかった。私たちを見た誰かに、「お似合いね」と言ってもらえないのは、わかっていた。

風間さんは他人の評価をいちいち気にする人じゃない。それもよくわかっている。だから私の悩みだってもし打ち明ければ、「俺がなまえを好きなんだから何も気にすることはない」と一蹴してくれるだろう。とは言っても先程聞いてしまった話のせいで、あの子の影が頭から離れない。あの子と風間さんが並んだら、本当に、本当にお似合いだと私でも思う。

「さっき休憩室で俺の噂をしている奴らがいた」
「はいっ!?」
「…そりゃ驚くよな、悪い」
「風間さん…」

そんなことを考えていると、気付かない間にこちらに来ていた風間さんに、突然声を掛けられた。思わず変な声を出してしまった。恥ずかしい。でも、風間さんがちょっと笑ってくれたから良いか。

「休憩中なら、名前で呼んでくれ」
「そ、蒼也さん」

風間さんは自動販売機のところまでさっと歩いて行って、缶をふたつ持って戻ってきた。ブラックコーヒーと、私の好きなフルーツジュース。私がブラックを飲めないのを知っていて、「今日はコーヒーにするか?」と冗談で聞いてくる風間さんは、可愛かった。もちろん丁重にお断りしておいた。

「それで」
「はい」
「奴らは俺の彼女について誤解しているようだったから、訂正しておいた」
「え、っと」
「俺が付き合っているのはなまえだと言った」

えええええ、ちょっと、待って。誰にも知られたくない、その一心で隠してきた事実を、こんな形であっさりと披露されてしまったなんて。今頃彼女たちは、風間さんと私の釣り合わなさを話の種にしているのだろうか。あ、やだ。また泣きそう。

唇をぎゅっとかみ締めて、涙が落ちそうなのを必死に堪えていると、ぽん、と風間さんの手が私の頭を撫でた。向かい合えば風間さんを見下ろす形にはなるけれども、頭を温かく包むその手はとても大きかった。

「俺と付き合い始めてから、なまえがなにか悩んでいたのは知っていた」
「蒼也さん…」
「なまえは自分に自信がなさすぎる。俺が惚れ込んでやっと手に入れた女を、悪く思われるのは悲しい。なまえの性格も、声も、身長も、顔も、全部可愛いくて仕方ない」
「やだ、いきなり…」
「いきなりじゃない。いつでもそう思っている」

顔がまるで燃えているみたいに熱い。私をそんなふうに恥ずかしがらせ、喜ばせる台詞をさらりと吐ける風間さんはやっぱり凄い人だ。この人が、私の彼氏。私をこんなにも好きでいてくれる、大切な人。その事実を改めて認識すると、それまで私が悩んでいたことなんか、ちっぽけでくだらないものに思えた。今日からボーダー内には、風間さんと私のことについてこっそりと噂が流れるかもしれない。けれど、他人に何を言われてもどう思われても、風間さんさえこの私を好きでいてくれたら平気だと、心からそう思えた。

「休憩室にいた子たち、その後何か言ってましたか…?」
「意外だけど結構お似合いかもね、と言っていたぞ」
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