最近、ぼんやりとした違和感が、心の片隅にそっと存在していることに気付く。とは言っても、自宅と大学とボーダー本部を行き来するこの生活に、大した変化は起きていない。特に悩み事がある訳でもないし、去年とまったく変わらぬ毎日を過ごしている、はずだ。しかし、時折胸の奥がざわつくような、心をぎっしりと埋めるパズルのピースがいくつか抜け落ちてしまったような、そんな感覚が確かにあるのだ。

「ねえ何でだと思う?」
「何でですかね」

本部での合同訓練を終えた帰り道。隣を歩く後輩に、思い切ってこの疑問をぶつけてみることにした。納得のいく解決策がすぐに見つかるなんて予想していなかったけれど、こうも即答されると肩透かしを食らった気分だ。少しは一緒に悩む素振りを見せろ、若者よ。彼の腕をぺし、と叩いた。

「京介は薄情だね、女の子が悩みを相談してるのに」
「えっ、なまえさんそれ悩みなんですか?」
「全然深刻じゃないけど」
「やっぱり」

自分では思い当たらないこの違和感の原因を探ってもらうために、あれこれと最近の出来事を話してはみたものの、やはりはっきりとは分からない。そればかりか、それ何かのサイドエフェクトじゃないですか?なんて意地の悪そうな笑みを浮かべて聞いてくるものだから、十回以上診断を受けたけど私にはサイドエフェクトはありません、ときっぱり言ってやった。私だって貰えるのなら迅みたいな超感覚のサイドエフェクトが欲しかったよ!隣を見れば、この男笑ってやがる。後輩のくせに、まだ高校生のくせに、なんて生意気な。あれ、でも、京介がこんなに大笑いするのなんて、本部では絶対に見られない光景かもしれない。

「京介も大笑いするんだね」
「そりゃしますよ」
「クールなイケメンキャラを維持するのは大変だもんね、うんうん」
「クールなイケメンキャラを維持している訳じゃないですけど、こんなに笑うのはなまえさんの前でだけですよ」
「そうなんだ?」
「そうですよ……あ、じゃあ、この辺で」

京介に合わせて歩みを止めると、いつも私たちが別れる交差点のところまで来ていた。玉狛の人間じゃない私が何故彼と仲良しかと言うと(少なくとも私は仲良しだと思っている)、帰る方向が同じだから。それだけだった。合同訓練の度に偶然帰りが一緒になって、他愛ない話をしているうちに、私たち意外と気が合うかもと思い始めて、今に至る。歳も割と離れているのに、こんなに自然に話が出来る相手がいて良かったと思う。結局違和感の原因は分からずじまいだけれど、彼に話を聞いてもらえて、少しだけすっきりした。

「じゃあね、京介。またね」
「なまえさん、今日もお疲れさまでした」

いつものように手を振って、ばいばい。やはりこの生活に変化など何も起きていない。この違和感は、今のところ私の生活に支障をきたしている訳ではないので、あまり気にしないようにしよう。そう考えて自宅の方向へと歩き出すと、なまえさん、と彼に再び声を掛けられた。

「……?」
「えっと、来週バイトが忙しいのと、玉狛の仕事があるのとで、暫く合同訓練には顔出せないんです」
「そう?無理せず頑張ってね」
「っ、はい、ありがとうございます」
「……?」

きちんと用件を聞いたので帰ろうとするが、京介はなかなか歩き出そうとしない。目線を私の足元に落として、何かを言いかけているような、躊躇しているような。言いたいことは遠慮せずはっきり言う男だと思っていたから、見慣れない彼の様子に私も少しだけ困惑する。何か気に障ることを言ってしまっただろうか。私がその原因じゃないことを祈りつつ、そっと彼に問いかける。

「どうしたの?」
「いや、あの。暫く一緒に帰れなくなるんで。と言うか、なまえさんに会えなくなるんで……何ていうか、その、早く再来週にならないかなって、思ってます」
「京介……?」
「……なんかすみませんでした!忘れてください!ではまた!」

早歩きで風のように去って行った彼の頬と耳が赤く染まっているのを見た。

それからの一週間は、大学の講義を聞いていても訓練に励んでいてもどうにも身が入らず、意識の上辺を泳いでいるような日々を過ごしてしまった。会う人会う人皆に「なまえさんちょっと様子が変ですよ」と言われるので、自分で思っている以上に様子が変だったのだろう。

と同時に、この一週間で、ぼんやりとした違和感の正体に気付くことが出来たのは、我ながら素晴らしい功績だと思う。脳裏に焼き付いて離れない彼の言葉と表情が、私のこの一週間の大半を占めていた。京介に会いたい。そうたった一言呟くだけで、胸の奥のざわつきが落ち着いたのだ。彼に会えなかった日――つまり合同訓練のない日に、彼に会えない寂しさを無意識のうちに抱いていて、それが違和感となって心の片隅で主張し始めてきた、ということのようだ。私、自分でも気付かないうちに、彼のことが好きになってたんだ。

先日の彼の反応を思い出す限り、彼も少なからず私に好意を持ってくれているのだろう。と思いたい。しかし、互いに好意を寄せている、という事実が明らかになったところで、現実はそう甘くはないんじゃないかと考え始めた。何せ京介と私は割と歳が離れている。所属する場所も部隊も違う。本当に私たちは、帰る方向が同じで、話の合うだけの関係だったのだ。

「いやーそれで十分でしょ。そんなに深刻に悩むことないんじゃない」
「あ、迅……」
「ぼんち揚げ食う?」
「いただきます」

訓練を終えてひとり休憩していると、気付かないうちに、隣の席に座る迅の姿があった。この男は年上の私に容赦なくタメ口を聞いてくる、生意気な奴だ。しかしボーダー所属年数は彼の方が長いから、互いに上下関係は気にせず行こうと決めた。でも生意気だ。玉狛の人間だから、今週も京介に会っているのだろう。少し、羨ましい。そんな私の想いを見透かしているかのように、聞いてもいないのに迅は話し始める。

「あいつも今週はどこか様子が変でさあ、なーんか上の空っていうか。それに仕事終わったらすぐ帰っちゃう。誰かと喧嘩した訳でもなさそうだし、彼女が出来た気配もないし。なまえ知ってる?」
「……今週一緒に帰ってないし、知らないよ」
「あいつ、で京介のことだってわかるんだね」
「あんたのサイドエフェクト本当にずるい!」
「おっと、本当に今回は使ってないよ。でもこれでやっとくっつきそうだから、俺も嬉しくて」
「………」

これでやっと……?これでやっと、って、いつから迅は知ってたの!彼が違和感の正体についてはっきりと教えてくれれば、なんとなくもやもやした日々を過ごすこともなかったのに。あれ、でも、私が京介に相談しなければこんな展開にはならなかったのだろうか。何だか全てがスムースに進むように運ばれていたようで、良いのか悪いのか。サイドエフェクトを使っていないという迅の言葉を信じ、迅に良いように動かされていたのかも、という邪念は捨てた。

「……あいつさ、随分前からなまえの話ばっかりでさ、相当惚れ込んでるみたいなんだわ。歳の差だって気にしてない。まだ高校生、って思うかもしれないけど、もう立派な強い男だ。だから安心してくれ」
「そうだったの」
「じゃ、上手くやれよ?上手くいったら、報告してな」
「うん……ありがと、迅」


「……それでね、こないだ話した違和感の正体がわかったの!」
「おお、良かったですね」
「原因はね、京介のせいというか、京介のおかげというか……」
「俺ですか!?」
「そうだよ、俺のせいだよ」
「……それって、どういう意味ですか」

本当はなんとなく見当がついているか、そうでなくとも欲しい答えはもう分かりきっているくせに。知らない風に冷静さを装って、でもそんなところも今は愛しいと思える。気付いてないと思うけど、京介、顔赤いよ。そう言いたくなるのをぐっと堪えて、この気持ちをどう伝えるべきかと考えるより先に、身体が動いてしまった。

私より背の高い彼にもう一歩近付いて、背伸びをして、彼の頬に一瞬だけキスをした。

「え!え?なまえさん?あの……え?」
「えへへ、動揺しすぎ」
「だって……えっ、だって、動揺しますって」
「私ね、京介に会えなくて、心がもやもやしてたみたいなの」
「なまえさん……」
「もう気付いたと思うけど、私の気持ちをちゃんと言うね。私、」

京介が好きだよ。そう言いかけた私の唇に、彼の人差し指が触れて。私は何も言えなくなってしまった。見上げればいつになく真剣な眼差しで、真っ直ぐ私の目を見つめる彼がいた。

「それは俺に言わせてください。俺のほうが……ずっと長い間、そう思ってたんですから」
「それはどうかな」
「絶対に譲れません」
「…へへ、じゃあ、お願いします」
「なまえさん、俺、」

京介の言葉を聞いて、ふたりで笑って。それから、よろしくお願いします、と言いながら握手をした。繋いだ手はそのままに、私たちはまた歩き出す。今はもうぼんやりとした違和感の代わりに、この上なく幸せで温かな気持ちが、心の奥底まで流れ込んでいくようだった。

(後でふたりで迅のところへ報告に行かなくちゃ!)
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