「じゃ、お疲れさまでした」

「ん」


缶酎ハイで静かに乾杯。決して豪華ではないけれど、愛だけは込めたつもりの手料理を並べたテーブルを囲んで、私たちは一週間振りの再会を喜んだ。

同棲している訳でも、毎日手料理を振る舞っている訳でもない。普段の私たちと言えば、一緒に大学のカフェテリアで昼食をとったり、ボーダーの本部で運良く会えれば一緒に休憩をとったり。休みの日もたまに彼の部屋に遊びに行ったり、彼が私の部屋に遊びに来たりするくらいで、毎週必ず会おうねなんて約束はしていない。彼と私の性格がそうさせているのだが、私たちは互いに深く干渉しない。互いに「大学生」と「ボーダーの正隊員」という本分を大事にしていて、勉強と研究と鍛錬に生活の中心を置いているけれど、だからと言って相手を愛していない訳ではなくて。相手を大切に想うからこその、この距離感がとても心地良かった。こうして手料理を囲むのは、彼が遠征から無事に帰ってきてくれたときくらいだ。

美味いな、と呟きながら、私の作った料理を食べてくれる彼が大好きだ。私の所属部隊は遠征に選抜されるような優秀なものではないし、彼は彼で私に遠征について詳しく話したがらないから、遠征の過酷さはわからない。しかし、こうして彼が無事に帰ってきてくれて、いつもと変わらぬ姿で過ごしてくれることが、涙が溢れそうなほど嬉しかった。


「なまえ」

「なあに」

「ん、ちょっと」


ふたり揃ってきれいに夕食を食べ終え、流し台で後片付けをしていると、彼に背後からそっと抱き締められた。私より背は低いけれど、小柄であることを感じさせないほどしっかりとした腕に、ああやっぱり彼は立派な成人男性なんだなと改めて認識させられる。背中にじんわりと広がる彼の熱に、心まで溶かされていくようだった。

それにしても一体どうしたのだろう。彼のほうから私に甘えてくるなんて、史上初じゃなかろうか。ベッドの中でも甘えるのはいつも私で、彼が冷静さと余裕を崩した記憶はひとつもない。そりゃそういう行為の最後くらいは多少余裕も崩れているけど。流れる水を止めて、濡れた手を拭いて、私を抱き締める彼の腕をそっと離し振り返れば、少しだけ寂しそうな表情の彼がいた。


「…どうしたの、蒼也」

「いつもは」

「うん?」

「遠征は危険なものじゃない。近界民との戦いで恐怖を感じることも、ない。ただ…」

「…今回は、厳しかったの?」

「…詳しくは言えない。が、死の恐怖が少しだけわかった」


彼は私の目を捉えたままゆっくりと顔を近付けてきた。その赤い瞳に吸い寄せられるように瞼を伏せれば、彼は私の頬に温かな手を添えて、優しい口付けを落とした。そっと触れるだけの短いキス。何度も繰り返すうちにそれは少しずつ熱を帯びていき、長く、激しくなった。シンクに寄り掛かっていなければ立っているのも難しいだろう。


「あ、んっ、蒼…也」

「…!悪い」


薄くなった酸素と絶え間なく与えられる彼の熱にとうとう耐え切れなくなって、私はその場に座り込んでしまった。彼も腰を下ろして私と目線を合わせ、申し訳なさそうに私の頭を撫でた。大丈夫だよ、とへにゃりとした笑顔を見せれば彼も安堵したのか、少し微笑んだ。あ、いつもの蒼也だ。寂しさも申し訳なさももう浮かべてはいない。


「…もしかしたらこれで死ぬかもしれない、と思ったとき、酷く怖くなった。自分がこの世から消えることが怖かった訳じゃない。なまえに触れることも、なまえを守ることも出来なくなるんじゃないかって。それが怖かった」


彼が私のことを大切に想ってくれているのは知っていた。とは言え、直接言葉にして伝えられたことはそう多くはない。一週間振りの再会で、こんなに至近距離で、真っ直ぐ目を見てそんな台詞を言われてしまったら――恥ずかしさと嬉しさと愛しさが一気に込み上げてきて、心臓がぎゅっと締め付けられた。今度は私のほうから、思いっきり彼に抱き着いた。


「わ、なんだ」

「蒼也、おかえり。無事に帰ってきてくれて、ありがとう」

「なまえ…」

「蒼也、大好き。愛してる」

「なっ…!普段はそんなこと言わないくせに…!」

「ふふ、それはお互い様でしょう」

「…そうか、そうだな」
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