「か・げ・う・ら」

向かいの席に座っていた荒船から柔らかく生温い刺激を与えられ、背筋がいやな震え方をして、全身がむず痒くなる。何なんだその感情は気持ち悪い。その呼び方も止めろ。いつも通り呼べ。

「あァ? んだよ気色悪い」
「見過ぎだっつーの」

荒船に至極真っ当な指摘を受け、ほとんど無意識のうちに視界に捉え続けていた人物から目を逸らす。

「そんだけガン見すりゃさすがにみょうじだってカゲの気持ちに気付くだろ」
「あーあー聞こえねえなー。誰が何をガン見するって?」
「素直になれよ」

さっさと告れよ、とでも言いたげな荒船のにやついた表情に心底腹が立つ。うるせえな、俺には俺のペースがあんだよ勝手に指揮を執るんじゃねえ。

俺とみょうじの関わりは、残念なことに極めて少ない。みょうじが入隊したての頃にスコーピオンを教えてほしいと頼まれたので、同い年のよしみで何度か稽古をつけたことはあるが、スコーピオン持ち万能手寄りの射手として活躍している今ではその機会もない。ポジションもチームも違う、学校も違う。さらにみょうじはボーダー推薦のない近隣の大学への進学を希望していて、真面目に受験勉強もしているから、最近は本部で姿を見かけることすら少なくなってしまった。ちなみに進学先の情報はみょうじと同じクラスの荒船から得たものだ。毎日荒船だけがみょうじに会っているのも気に食わない。

どうしたもんか、とため息をつく。隣の席に座っていた鋼が俺に感情を向けて「でも、」と話し始める。

「カゲとみょうじさんって随分仲良かったよな」
「いつの話をしてんだよ」
「喧嘩別れをしたわけじゃないなら、別に嫌われてないだろうし、普通に話し掛ければいいんじゃないか?」
「あー……」

喧嘩はしていない。特に嫌われるような失態を犯したわけでもない。けど、なんとなくみょうじのほうから距離を置かれているのはわかる。拒絶の感情とまではいかないが、あまり近付きたくないと思っているような、二人きりになるのを避けているような、そんな刺激がぴりぴりと伝わってくる。ここで無理やり俺から距離を詰めて勢いで告白したって、良い結果にならないのは目に見えている。

「つってもこのままだと永遠に距離は縮まらねえぞ」
「んなこたわかってんだよ」

可愛い。話し掛けたい。みょうじのことをもっと知りたい。俺のことももっと知ってほしい。一緒にいたい。つまり、付き合いたい。

みょうじに対する思いがむくむくと膨れ上がり、胸を締め付ける。恋煩いなんて、らしくない。だけどみょうじに抱いているこの思いに嘘偽りなんてなくて、もういっそ、正直に伝えてしまいたいとも思う。

机に突っ伏してそんなことを考えているうちに、荒船が、荒船のバカが、話を終えて立ち上がった女子グループのほうへ歩いて行って、みょうじに声を掛けて、こちらに連れてきて、四人掛けテーブルの空いていた一席に座らせた。勝手な真似をするな。心の準備ができていない。

「わ、影浦くんも鋼くんも久しぶりだね」
「……おう」

斜向かいの席でにこにことこちらを見ているみょうじが眩しすぎて、直視できない。こうして顔を合わせて話すのは本当に久しぶりだし、願ってもないチャンスなのに、話そうとすればするほど言葉が喉の奥から出てこない。相変わらず気持ち悪い感情を向けてくる荒船の脛を、みょうじに気付かれないように静かに蹴る。

「んじゃ、時間になったし個人戦行くぞ、鋼」
「え、ああ……そうだった。じゃあな、カゲ、みょうじさん」

この、バカ! 余計な気を回すんじゃねえ。鋼も無理に話を合わせて立ち去るな、そんな空気の読めるキャラじゃねえだろおめーは。などと普段なら怒鳴っている場面だが、みょうじの前であまり汚い言葉を使いたくなくて、言葉を選んでいるうちにあっという間に二人は去って行ってしまう。

みょうじと二人きりになってしまった。みょうじが俺にいつも向けているはずの、俺を避けているような感情は刺さってこない。その代わりに、甘く優しくどこか心地良いような感情が皮膚を撫でる。なんだ、これは?

「……影浦くん、このあと時間ある?」

二人きりになれた嬉しさよりも、みょうじから向けられている不思議な感情への戸惑いのほうが強い。ちょっと会わねえうちに何かあったのか、と口を開くよりも先に、どこか真剣な面持ちのみょうじに話し掛けられた。先程まで見せていたはずの笑顔は、そこにはない。

「……ある」
「話したいことが、あるんだけど」

いつもと違った様子のみょうじに連れられて、俺たちは本部の廊下を歩いた。こんなに近くにみょうじがいるなんて、普段の俺なら鼓動の速くなった心臓が口から飛び出ているはずだが、今の俺は俺を俯瞰しているみたいにひどく冷静だった。みょうじからこの後告げられるであろう言葉を、最高のものから最悪のものまで想像して、何を言われても取り乱さないように覚悟するのに必死だったからかもしれない。

食堂からも個人戦ブースからも離れた休憩スペースは、この時間では人の気配すらない。俺もこんなところに来るのは初めてだった。みょうじに促されるまま、ベンチに横並びで座った。

「今私が影浦くんに向けてる感情、不快?」
「不快じゃねえし、むしろ柔らかくていい気分だが、どういう感情なのかさっぱりわからねえ」

質問に対して正直に答えれば、みょうじの顔から不安そうな陰りが消える。

じゃあ聞くが、みょうじは俺のこと、どう思ってるんだ。問いかければすぐに返事が返ってくると思いきや、みょうじは暫く黙り込んだまま俯いてしまった。根気強く、みょうじの言葉を待つ。

「……私、影浦くんのことがすきなんだ」

すき。俺のことが、すき。ようやく口を開いたみょうじから届いた言葉を何度も何度も反芻する。聞き間違いか、あるいは俺の願望が幻聴になって鼓膜を震わせたのかとも思ったが、みょうじの顔が耳まで赤く染まっているのを見れば、どうやら幻聴ではないらしいことがわかる。

「それで、影浦くんのこと避けててごめんね」

俺も好きだ、と返事をする前に、みょうじは話を進めてしまう。

「……やっぱ避けられてたんだよな」
「ごめん。あのときはびっくりしちゃって、自分の気持ちもよくわかってなくて、それで、」
「俺、なんか気に障ることしたか?」
「違う、影浦くんは悪くないの」

みょうじが慌てて否定をするので、落ち着け、と言いながらみょうじの背に手をやる。何の遠慮もなく触っちまったけど良いか? 良いよな。俺たち、両思いなんだよな。

「……誰にも言ってないんだけど、私にもサイドエフェクトがあるの。感情受信体質。でも影浦くんよりも感度は全然低いもので、その……好意しか、読み取れないの」
「……つまり?」
「……私のことがすき、って感情だけ刺さるの」

みょうじに出会って、スコーピオンの稽古をして同じ時間を過ごすうちに、俺はみょうじのことが好きになった。みょうじは俺の思いをサイドエフェクトで受け取ったが、その時点ではまだ俺のことが好きかどうかはわからなかった。迷ったままの余計な感情を俺に読み取られたくなくて、俺のことを自然と避けてしまった。俺のことを考える時間が増えて、そのうちに本当に俺のことが好きになってしまったので、告白するタイミングをずっと探っていた。みょうじがぽつりぽつりと話し始めた内容によれば、真相はこういうことらしい。

「あー、……そういうことかよ」

胸にかかっていた靄が晴れて、無意識のうちにぴんと張りつめていた気が一気に緩んで、身体にまで力が入らなくなる。はあ、とため息をつきながらベンチの背に体重を預け、ずるずると身体を滑らせて下がっていく。首を傾けて見上げたみょうじの顔はやっぱり真っ赤だった。俺の顔も熱くなる。

「あのとき確かにみょうじが好きだったし、今も、ずっと好きだ」
「……うん。刺さってるよ」
「みょうじは不快じゃねえのか」
「ちょっとくすぐったいけど、優しくてあったかくて、なんか影浦くんみたいだなって思う」
「俺が優しくてあったかいってか?」
「うん。そう思うよ。そんなところも好きなんだ」

みょうじがようやく、心からの笑顔を見せてくれた。そうそう、これだよ。この顔が可愛いなって思ったのが最初だったんだ。なんてことを考えるや否や、みょうじに感情が刺さって「もっとくすぐったくなった!」と反応されてしまう。

しかし、負の感情が刺さらない分俺よりいくらかましとは言え、みょうじもクソ体質持ちだなんて、こんな偶然あるかよ。そのうちキスだのセックスだのする段階になったら、互いの感情が刺さりに刺さりまくって全身おかしくなって爆発するんじゃねーの。まあ、みょうじと一緒なら、それでも良いかと思えるのだった。
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