乾杯! 高らかな声と共に、男たちが一斉にグラスを掲げる。発起人は恐らく冬島か東か、もう誰も覚えていないが、ボーダー本部に程近い居酒屋で開催されるこの成人男子会は、毎月の重要イベントのひとつになりつつあった。といっても何か特別なことをする訳ではなく、ただ酒を飲んで、コース料理を平らげて、くだらない話や真面目な話で盛り上がって、酒を飲んで、馬鹿騒ぎするだけ。翌日に残るのは、朧げだけど何故かとてつもなく楽しかったような記憶と、二日酔いに苦しむ身体。生産性があるとは言えないが、それでいいと皆思っていた。

「おい二宮、おまえ俺に言うことあんだろ」

運ばれてきた料理をつまみながら、徐々に「飲み会」の雰囲気が形成されていく中、太刀川が隣に座っていた二宮に絡み始める。二宮は、訳が分からない、といった怪訝な表情で太刀川に視線を向ける。

「おまえに言うことなど何もない」
「いーや、ある。この間出水が、焼肉屋で二宮がデートしてたって言ってたぞ!」
「…………」
「なんで俺に報告ないんだよ。詳しく聞かせてもらうからな」

太刀川の大声が個室を支配する。ひとり事情を知っている東を除いた、太刀川以外の男たちも、皆一斉に二宮のほうを向く。二宮の向かいに座っていた諏訪は、咥えていた煙草を思わず落としながらも食い気味に詰め寄る。

「二宮ァおまえ女いんのかよ!?」
「おーっ。諏訪さん、その調子で援護射撃お願いします」
「で、なに隊の誰だ!?」
「諏訪、いきなり特定してもつまらないだろう。まずは年齢が知りたい。相手の女性は大学生か、高校生か……まさかとは思うが、中学生か?」
「風間さん素面のくせにぐいぐい行くなあ」
「はあ……。本部職員で、大学院生だ」

二宮が諦めたようにそう呟くと、太刀川、諏訪、風間がおおー!と感嘆の声を上げる。男たちがビールジョッキを手に取る回数が徐々に増えてくる。

「つまり俺たちよりも年上か」
「中央オペは若い女子ばっかだし、ってことはメディア対策室か、開発室か」
「あー。俺わかったかも。技術者でしょ?」

小さく右手を上げながら会話に入ってきたのは、雷蔵だった。

「でかした雷蔵! 知り合いか?」
「多分だけど。年上で、大学院生で、二宮の好きそうな美人で、最近うきうきで定時帰りすることが増えたから彼氏でもできたんじゃないかって噂されてる人はいるね」
「二宮の恋人は、技術者なのか?」
「そうだ」
「俺当ててもいい? みょうじなまえさん?」
「……ああ、そうだ」

二宮は悪態を吐きながら答え、一気に酒を飲み干す。二宮はプライベートの話をするのは好きではないが、大切な恋人のことに関しては、嘘は絶対に吐きたくないと思っていた。

会話を聞きながらせっせと酒を追加で注文する堤のおかげで、飲めども飲めども酒は減らない。二宮の恋人が雷蔵の同僚だったことで、男たちはさらに勢い付く。

「あー。みょうじさんは二宮みたいな男がタイプかー。まじかー」
「なんだよ雷蔵、狙ってたのか?」
「いいなとは思ってた」
「なまえは絶対に渡すものか」
「言っとくけどみょうじさんは開発室の男たち皆の癒しだからね? 二宮にこそ渡したくないよ。優しいし、仕事できるし、美人だし。美人なのに普段はすっぴんっぽいのもまたいいんだよなあ」
「そんな環境で仕事できるおまえも羨ましいわ」
「おっぱい大きい?」
「まあ割と」
「ふざけるな」

太刀川の下品な質問と雷蔵の回答に切れた二宮が、テーブルにジョッキを叩きつけながら立ち上がる。まあ落ち着け、と水の入ったグラスを差し出すのは、二宮の左隣に座っていたレイジだった。二宮は水を一気に飲み干し、それから右隣の太刀川の手元に置いてあったビールジョッキを奪い、それも一気に飲み干す。もう飲まないとやっていられない、と自棄になっているようだった。

「二宮、飲みすぎるなよ」

レイジの向かいに座っている東も、二宮に声を掛ける。

「そうだ、東さんもみょうじさんのことご存知ですよね? 確か同じゼミだってどこかで聞いたことがあったような……」
「そうだな、もう何年も前からの研究仲間だ」
「東さん、いいんですか? そんなに美人でおっぱい大きくて二宮よりも前から知り合いだったのに、二宮に取られちゃって」
「あっはっは。俺とみょうじはそういう仲じゃないんだ。そういう話もしない。二宮と付き合っているのだって、本当につい最近まで知らなかったんだから」
「おい二宮ァ、おまえらいつから付き合ってる」
「……半年以上前だな」
「はあ!?」
「おまっ、冗談だろ!?」
「チッ。知られるとこうなるのがわかっていたからな、誰にも言わずに正解だった」
「まじかー。みょうじさん、そんなに前から……」

太刀川と諏訪が笑いながら大声で二宮を冷やかす。二宮は無視して酒を煽る。雷蔵は些かショックを受けた様子でテーブルに突っ伏してしまった。東、堤、レイジは落ち着いた様子で、荒波立つこの場をなんとか穏やかなものにしようと苦慮する。そんな中、酔いが全身に回って完全にできあがった風間が、淡々と二宮に質問を投げかける。

「出会った場所はどこなんだ」
「……たまたま焼肉屋で出会った」
「おいなんだなんだ、一目惚れでナンパかよ!?」
「違う。そのときは東さんとなまえが一緒で、紹介されて挨拶した」
「なるほど。では半年前、交際に至るきっかけは何だ」
「風間さん、取り調べになってますよ」
「俺が告白して、承諾された」
「いやいやそりゃそうだろうけど、もっと具体的に……どうやって仲良くなっていったのかとか、どういうシチュで告白したのかとか、そういうの知りたいんだけど」
「おまえの好奇心のために答えてやる義理はない」
「えーっ。二宮、冷たいなあ」
「よーし太刀川ァ、今からおまえに代わって風間が質問するからな。行け、風間!」
「キスはちゃんとしてるのか」
「……答える必要がない」
「ならば質問を変える。セックスはちゃんとしてるのか」
「風間さん、酔うとまじで勢いありますね」
「それも答える必要がない」
「多忙だろうが、疎かにするなよ。セックスに淡白な男はいつか振られるぞ。経験豊富な年上の女性ならなおさらだ」
「わかっている。問題ない」
「おっ、二宮の返事が変わったぞ!?」
「何だよ、結局巨乳美人とヤりまくりかよー……」
「……ッ、ふざけるな、死ね!」
「わーっ! 悪かったって二宮、ガチで怒んなよ」

荒れた場を収めるのには些か時間が必要だった。普段は理性的に近界民と対峙する男たちも、酔いが回ってしまっては見る影もない。大声で笑ったり、怒鳴ったり、殴りかかろうとしたり、喧嘩を止めようと勢いよく立ち上がったせいで、グラスに入ったままの酒をこぼしたり、未成年の部下や後輩には到底見せられないような醜態を晒している。ここまで荒れるのは想定外だったが、今夜も個室を予約しておいて本当に良かった、と東は思った。
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