ベッドから身を乗り出して、無造作に脱ぎ捨てられた二人分の服と下着を手探りで集めた。電気の点いていないこの部屋は薄暗いが、カーテンの隙間から漏れる光が、とっくに夜が明けていることを教えてくれる。カーテンを開けて太陽の光を全身に浴びる元気はまだ、ない。気怠さの残る身体を無理矢理起こし、集めた衣服をベッドの上で畳む。布が擦れる微かな音と、浴室から聞こえてくるシャワーの音を聴きながら、昨晩ここで起きた出来事をぼんやりと思い出していた。

普段はいくら飲んでもあまり酔わないし、酔っても多少饒舌になる程度で、笑い上戸や泣き上戸になることなど一度たりともなかった。酔いつぶれた友人を介抱しながら、自宅まで送り届ける役目を買って出ることばかりだったのだ。けれども昨日は――訓練帰りに皆で居酒屋に行って――何故だか酷く酔ってしまった。久し振りの飲み会だったから浮かれていたのかもしれないし、訓練のせいで昨日は特別疲れていたのかもしれない。普段通りに酒と肴を進め話をしていたつもりが、気付いたら酒に飲まれてしまっていたのだった。恐らく初めて見るそんな状態の私を面白がってか、或いは純粋な応援の気持ちからか(後者であってほしいが恐らく前者だと思われる)、諏訪や太刀川あたりが上手い言葉で唆したのだろう、

「風間のことずっと好きだったの!何で気付いてくれないの!馬鹿!」

と泣きながら本人に向かって叫んだことをよく覚えている。そのとき店内に流れていた曲も、私の語調も、驚き目を見開いた風間の顔も、全部鮮明に脳裏に焼き付いている。

その後の記憶は曖昧だけれど、一度言葉にしてしまった感情は隠せる筈もなく溢れ出て、私は風間好き好き攻撃を止められなかったのだと思う。本人も周りもさぞ迷惑だっただろう。翌朝に防衛任務を控えた隊員もいたため、それなりに早い時間に解散になって、退店後は皆徐々に帰路についた。酔いが回って上手く頭も身体も動かず、しかも風間に思いっきり恥と迷惑を掛けてしまってどうしたものかと考えていると、ここから歩いて帰れる距離だから、と彼は私を家まで送り届けてくれた。軽蔑されても仕方ないと思っていたのに、この優しさ。ちくしょうそういうところに惚れたんだよずっと好きだったんだよ一緒にいたいなって思ってたんだよ!本当だよ!家に着く頃には若干酔いも冷めつつあったけれども、もうどうにでもなれ、と酒の力を言い訳にして、風間を家に上げた。それから風間の手を握って、抱き締めて、キスをしながら腰に手を掛けて――これ以上はやめておこう。何が起きたのかはよくわかっている。

畳み終えた衣服をサイドテーブルの上に乗せ、私は再びベッドに潜り込んだ。気が付けば浴室から水の音が聴こえてこないので、そろそろ風間がこちらに戻ってくるかもしれない。どんな顔をして、どう声を掛ければいいのかわからなかった。今更ながら昨晩の行為に酷く後悔を覚えた。快楽を知ったばかりの高校生でもあるまいし、勢いに任せて相手を押し倒すなんて、いい歳した女性がして良いことじゃない。それに相手はよく知った友人だけど、長いこと想いを寄せていた相手でもあるのだ。こんな軽率な行為、まさに一夜の過ちで、これまで築き上げてきたふたりの関係にひびが入るなんてことになったら、きっと二度と立ち直れない。穴があったら入りたいと思いながら、頭まで布団をかぶった。

「起きたか、みょうじ」
「…寝ています」
「風呂と、タオルを借りたぞ。悪いな」
「良いよ、そのくらい」
「起きたな」
「………」

今すぐここから逃げたい。けれど風間の前に再び全裸の姿を曝け出す訳にはいかない(彼がお風呂に入っている間に服を着ておくべきだったと今気付いた)。しかし、今の風間の口調からして、特に怒っているとか呆れているとか、軽蔑しているとか、そういう訳ではなさそうだ。布団から顔を出しちらりと風間に視線を移すと、彼はベッドサイドに腰掛けていて、私と目が合ってしまった。風間、何でこっち見てるの。

「どうした」
「いや、あの…昨日は本当にすみませんでした」
「…謝るのは俺の方だろ?あんなに無理させて、悪かった」
「ううん、大丈夫…でも、そうじゃなくて」
「…?」
「ごめん、昨日のは…なかったことに」
「………」

昨日は特別、酷く酔いすぎてしまっただけ。普段の私なら絶対にあんなことはしない。ならば昨日の出来事はまるごとなかったことにして、また今日からいつも通りのふたりに戻りたい。「なかったことに」――完全に思いつきで、頭より先に口がそう動いてしまったのだけれど、発言の後でそうするのが最善の策だと思い始めていた。「おい、」不意に伸びてきた風間の手が私の腕をとり、ベッドに寝ていた私の身体を起こす。慌てて胸元を枕で隠した。目線の高さが揃って、顔を上げれば風間の目を真っ直ぐ見つめることが出来るけれども、彼は少しだけ不機嫌さを纏っているように見えた。あれ、怒らせちゃった、かな。

「…昨日、泣きながら俺に好き好きと言ってたのは、嘘だったのか?」
「それは…その気持ちは、嘘じゃない、よ」
「もう酔ってないか?」
「酔ってないよ!ずっと好きだったのは、本当だもん」
「そうか、良かった」

ふ、と微かな笑みを浮かべた風間。思わず見惚れていると、私の前髪をそっとかき上げて、風間は額に小さく口付けを落とした。鼓動が高鳴る。好きな人に触れられることが、こんなにも嬉しいことなのか、と改めてその喜びを噛み締めた。昨晩は勢いと流れとでぐちゃぐちゃになって、キスの余韻さえ味わう間もなかったから。気付けばベッドの上で、目の前に風間がいるなんて、願ってもみない好機だ。嬉しいけれど、恥ずかしい。途端に身体が燃えるように熱くなって、私は目線を逸らした。

ところで何故風間は「良かった」と発言し、普段ほとんど見せることのない微かな笑顔を浮かべて、私にキスをしたのだろう。その疑問に答えるように、風間は私に軽い口付けをいくつも落としてゆく。

「好きで好きで、大切にしたいと思った女しか抱かない主義なんだ。知らなかったか?」

胸元に抱いていた枕はいつの間にか外されていて、私はベッドにやんわりと押し倒された。風呂上がりの風間の身体が私の皮膚に触れる度、伝わる熱の心地良さに意識が飛んでしまいそうになる。目を閉じれば、幸せな浮遊感で満たされていく。あたたかで、やさしくて、とても心地良い。しかし、私の身体に触れる彼に与えられた刺激のせいで、目の前の現実に引き戻された。

「えっ風間、待って」
「今度は俺に主導権を握らせろ」
「やっ…あ、」
「みょうじの、気持ち良さそうな顔がまた見たいんだ」
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